11.夏場のアスファルト
【第二夫人には困ったものだ。辺境伯の贈り物を断られた。毒を警戒しているのだと言っているも同然。辺境伯は恥をかかされた!】
文字は、段々と乱れていく。荒い筆跡で、罵詈雑言が並べられていた。きっとこれ、処分するつもりだったのでしょうね。でも瘴気が猛烈な勢いで広がって、存在自体を忘れていたのかしら。
【ビッチ!王に取り入った魔女め!役立たずのお荷物が!】
さらにページを戻る。ハンバリ・ラリソンという男は使命感に熱く、辺境伯共々第一王子に忠誠を誓っていたようだった。その文字の筆跡は力強く、彼の熱意を伝えてくる。
「ハンガリ・ラリソンは、辺境伯に仕えていて、辺境伯は第一王子を王にしたかった。第一王子と辺境伯の関係は?」
そういえば、そこは調べてなかったわね。
知っているかキリアンに聞くと、彼は眉を寄せて記憶を手繰るようにしながら答えた。
「確か辺境伯と第一王子は遠戚だったはずだ。第一王子から見て、辺境伯は大叔父だな。俺と、陛下もそうだ」
そういえば、キリアンの祖母の兄の子供が陛下だ。キリアンの父と陛下は従兄弟。キリアンと王太子殿下はハトコの関係になる。
遠いけど、遠すぎるわけでもない。
「それと、ケイラド国王は博愛主義で正妃と第二夫人に差をつけなかったことで有名だ。どちらを立てるとか、そういうことはしなかった」
「正妃は、それに怒っていた?」
「どうだろう。だけど、不快ではあったかもしれないな。第二夫人は平民出身だ。聖力の強さを見出されて、貴族に養子にされた。生まれは変えられない。能力ありきで見出された彼女に、不満を抱いていたとしてもおかしくない」
「ますますお家騒動の可能性が濃厚ね……」
キリアンはぱたん、と手記を閉じた。
館を出て、私たちはさらに北西を目指す。瘴気はどんどん濃くなってきて、中央を過ぎるあたりには、もう誰も歩いていなかった。ひとどころか、動物すら見かけない。虫もいない。食料が不安視されるところだけど、山菜ならエリュンが妖精の森に繋いでくれるので、いつでも採取可能だ。
連れてきた馬も魔道具の範囲内にいるので、この子は元気だ。キリアンが改良してくれて本当に助かったわ。
もし改良がなければ、馬をここまで連れてくることはできなかった。
フリア湖沿いに北上していると付近の海が黒く濁っているのが見えた。これは、魚も全滅でしょうね。
「あれは、瘴気?」
「瘴気に蝕まれているな。水自体がダメになってる。ゼットントリデ国も頭の痛い問題だろうな」
フリア湖は、東南にオロラド国、東にケイラド国、西にゼットントリデ国に囲まれている湖だ。
「これ……魔道具が壊れたら相当まずいわよね?」
空気が黒い。
火事場の煤みたいに、黒い煙が視界を埋め尽くす。前が見えにくい。
「多分、俺は三分も持たない。きみは……聖力値が未知数だから分からないけど、行動不能状態になるんじゃないかな。虫の息ってやつだ」
「虫の息で行動不能。それって死ぬより辛いやつなのでは?」
じわじわと責め苦を受けるとか、拷問?
私はポケットに入れてある魔道具に触れた。大丈夫。壊れてない。こんなことなら予備も作ってもらえばよかった。
いや、そんな時間なかったわね。
「同じものをもう一個とは言わないけど、なにか対策が必要ね。命綱がひとつって不安極まりないもの」
「そしたら、その時は妖精の森に避難するもん?」
「そうしたい。お願いできる?エリュン」
「任せるもん!」
よし、これで真夏のアスファルトに転がるミミズにはならずに済みそう。だけど、妖精の森に避難しても、先に進むことは出来ない。
何か、ないかしら……。
「最悪、俺の固有魔法で結界を作って、その内側をきみが浄化する形なら移動可能だと思う」
「……それだわ!」
思わず、びしっと指でさしてしまう。はしたない。そっと指を下ろす。
役割分担できるならその方がいい。
相性って、こういうことを言うのよね!
途中で馬を何回も休ませ、食料が切れては妖精の森に駆け込み、完全なベジタリアンと化した私たちは、一ヶ月半をかけてようやく旧王都に到着した。
もう完全な夏真っ盛りだというのに、全く暑くない、どころかめちゃくちゃ寒い。
それはこのケイラド国が北方にあるせいではない。瘴気に蝕まれているせいだ。
夏の服装なので、私は薄着のワンピースに聖祈師の黒マント。足元から込み上げてくる寒さに身震いした。
キリアンがローブを肩にかけてくれる。
「あ、ありがとう。でもあなたが寒いのではない?」
「俺はそんなに寒くないから大丈夫だよ。それより、結界に火をつけようと思う。リアライド、きみの協力が必要になるんだけど、いい?」
「何をするの?」
「結界の中に火魔法で火を起こす。頭上に浮かせておくから引火する危険性はない。ただ、結界は密室だから、この中で火を使うと中毒死する。だから、一箇所結界に穴を開けたいんだけど、そうすると瘴気に汚染された空気が入り込んでくるんだ。それを……」
「なるほど、浄化すればいいのね。OK、任せて」
一ヶ月半移動していたとはいえ、何だかんだ妖精の森で熟睡出来ていたので、すっかり回復していた。妖精の森、繭のベッドとか言うものがあるのよ。ふわふわで柔らかいの。あれは絹のベッドにも劣らない。枯葉ベッドで寝ていて体を痛めた私を見かねて、人間の寝心地が良さそうなベッドをエリュンが探してきてくれたのだった。
話は纏まって、キリアンがまず結界に穴を開ける。途端、流れ込んでくる高濃度の瘴気。それを手動で浄化していく。うわ、追いつかない。
でも、スピードは一定量だし、慌てなければ大丈夫。早く暖まらないかしら。
その間にキリアンが火魔法で頭上に火をつける。途端、暖かな温もりがじんわりと結界に広がった。
よし、これで風邪をひくこともなさそう。徐々に、鳥肌も震えも収まってきた。
「キリアン、上着返すわ。手が離せなから取ってくれる?」
ただいま、馬の手綱を操りながらもう片方の手で瘴気を浄化中。
そのため、上着を返せない。そう言うと、キリアンは緩く首を横に振った。
「いや、まだ羽織ってた方がいいよ。ちゃんと芯まで暖まった方がいい。リアライドは冷え症でしょ?」
まるで心配性のお父さんのようね。




