10.ケイラド国の内情
エリュンが踊ったあとの畑は、瘴気がかなり薄れていた。
畑の管理者にバレないうちに、撤退する。それを四回ほど繰り返してから、私たちはようやくケイラド国とオロラド国の国境に辿り着いた。
途中、国境で力尽きた魔道具を発見した。オロラド国軍と分かるように、王国紋章の入った剣と国旗が掲げられている。
この剣と国旗を超えれば、ケイラド国。
その剣の鞘には、私が作った魔道具を納めた紅玉が埋め込まれている。だけどもう作動していないのはひと目でわかった。
紅玉が砕けているから。
本当に、魔道具は壊れてしまっているのね。これを、放置してたの。キリマ・ジェーロは。
あのひと、いつも焦ってたわ。魔道具を横流ししていたからなのかしら。
もっと、注意して見ておけばよかった。
今更言っても仕方ないけど。
貴族の監視は私の管轄じゃない。陛下の仕事だ。……でも魔道具は私が作ったもの。
私が責任をもって、その行先は管理するべきだったわね……。
ジェーロ領に与えられている魔道具は十四個。七個は予備。本来なら、使用期限は三年ほど持つ予定で、この魔道具はまだ使用期限が来ていないはず。それなのに壊れたということは、伝えた通りの使い方をしていなかった可能性が高い。
仮に、なにかのトラブルで壊れてしまったのだとしても、予備の七個は?
それも紛失、あるいは消費済みというのなら、どうしてその報告を王都に上げなかったの?
……上げられなかったのではない?不正がバレるから。自己保身に走って、民を見捨てた。
苛立ちのあまり、顔が険しくなって、眉が寄る。キリアンが私の手を取った。気づかないうちに、強く拳を握っていたみたい。
「今は、ケイラド国に急ごう。ジェーロ辺境伯なら、王都で拘束されるだろう。この有様なんだから」
「……そうね。ありがとう、キリアン」
今は、怒っていても仕方ない。
ケイラド国を調査して、なにか分かれば御の字。何も分からなければ、そのまま戻って王太子殿下を訪ねる。
私には、魔道具を作った人間としてキリマを責める資格があると思う。結局、権力者は私の作る魔道具など金儲けのひとつにしか見ていない。クズだ。死ねばいいのに。
手持ちに、似たような魔道具あったかしら。
麻袋リュックを探ると、ジェーロ領に与えた魔道具の予備がふたつあった。壊れた紅玉の代わりにふたつ、それを嵌めて発動させる。
ちょっと心もとないけど、ないより断然マシだろう。これで、瘴気の被害が少しでも収まるといいのだけど。
「……すごいな。一気に、ここが聖地になった」
聖力の流れを見て、キリアンが目を見開く。
そういえば、キリアンは、私が私の魔道具を発動させるところを見るのは初めてかもしれない。
「いつまで持つかは分からないけどね」
とはいえ、今にもこちらに侵入しようと牙を向いていた魔獣の群れは消滅した。一応、ギフトボックスに突入した時の毒も持ってるけど、やっぱり聖力で浄化が一番早い。
ケイラド国に入って、まず一番近くの街ヌムノメリに向かう。このヌムノメリ、沼っぽい名前なだけあって、沼地に囲まれている。そのため、魔獣たちもそこで足を取られ、その間に人間が倒すというシステムを取っている。地の利を有効活用してる。
ケイラド国に入ってすぐ、私が作った魔道具の聖力維持装置が役に立った。ゼフィラに壊されて、キリアンが上位互換に修復してくれたあれ。
ジェーロ領での土地浄化作業は不慣れなのもあって、思った以上に疲弊した。聖力はそこまで削られてないけど、筋肉痛を引き起こしたのである。
太ももが、痛い。このままベッドにこもりたい。妖精の森で野宿だったので、耐えられた。宿を取っていたら危なかった。ベッドの誘惑に負けていたかもしれないもの。
だけど筋肉痛と、肩こり?腰痛?のフルコンボで、既に若干調子が悪い。アラサーの日常?
そんな時、活躍したのがキリアンの改良してくれた聖力維持装置!最初に少し魔力を込めれば、それから一定期間、対象範囲に聖力結界を張ってくれる。
これ、簡単に言うけどとんでもない代物じゃない?結界魔法とか初めて聞いたけど。固有魔法って何?キリアンが開発したキリアン印の魔法ってことなんでしょうけど。
この魔道具のおかげで、無駄な聖力を使うことなく、私たちは街へと進んだ。キリアン様々だわ……。
ヌムノメリの街は、ひとはまばらにいたけど活気はなかった。みな、顔色が悪い。すれ違ったひとのほとんどに闇印が出ていた。……壊滅目前だ。
そのまま足を伸ばし、捨てられた家屋を目指す。
少し先に、大きな館があった。この土地の所有者が住んでいたのかしら。
ほとんどの部屋は強盗に荒らされていたけど、書斎には本が残っていた。本は嵩張るから持ち運ぶに不便だ。だから、置いていかれたのと思う。あと、強盗には価値がわからないんじゃないかしら。どれが高価な本か見分けためには知識が必要になる。
本を仕分けていると、キリアンが一冊の本を手に戻ってきた。
「こっちに当主の手記があった。これを見るに、瘴気はあっという間に広がって、身一つで逃げるほかなかったみたいだな」
ぱらぱらとキリアンが手記を捲る。
確かに最後のページには、乱雑な文字で不幸を嘆く文章が書かれていた。
「ここの当主はハンバリ・ラリソン。辺境伯に仕えていたこの土地の管理者だな。特に気になることは書いて無さそうだが……」
キリアンの横から、覗き込むように私も見る。
確かに、手記には毎日の記録と所感が書かれているくらいだった。
何ページも手繰り、キリアンが手を止める。
「………ん?これは……立太子の話か?」
ページを見る。そこには
【ついにリカルド殿下の立太子が決まったとのこと。伯爵もお喜びになられるであろう。誰よりも、王にふさわしい方。ケイラド国に祝福あれ】
と書かれていた。
「辺境伯は第一王子を推していたのね」
キリアンはさらに前のページをめくっていく。前にいくにつれ、手記の内容は不穏さを増していた。




