9.わたあめの踊り
エリュンと正式に契約を結んでから、ジェーロ領を横断する。ジョアンが酷い、という理由がようやくわかった。
物乞いが多い。失職者が溢れてるのでしょうね。ボロきれに身を包み、ホームレスが地べたに座り込んでいる。
低温低湿といったって、それでも夏場は暑いし喉も乾く。
低温低湿。オロラド国の環境。だから、環境に適した野菜や植物が植えられている。
ちらりと露天を見ると、野菜や麦の値段は、以前の三倍ほどに値上がっていた。これでは平民は買えない。
馬はひいていたら取られそうだったので、神秘の森に繋いでもらった。フードを深く被って通り過ぎる私たちを怪訝に見るひとはいない。
みな、こうして物乞いに縋られないよう足早で過ぎていくからだ。
「あの……少しでいいんです。お恵みを……」
ヨロヨロと、ひとりの女のひとが近づいてくる。細い。棒切れみたいだ。無言で、私は財布から小銭をいくらか取り出すと、それを彼女に渡した。
「良いですけど、取引をしませんか?」
「と、取引?」
小銭を得て目を輝かせていた彼女が、途端顔を強ばらせる。
「で、でも、私、何も売り物なんて……」
「対価は、情報です。あなたから情報を買わせてください。教えてくれたら、少しですけど食料もつけます。どうでしょう?」
尋ねると、女性はこくこくと頷いた。良かった。これで、ジェーロの情報も手に入れられる。
「私たちは、グンドウェル国からきました。以前のジェーロ領はここまで酷くなかったと思うのだけど……どうしてこんなことに?」
女性は、私が渡した小銭を大事そうに抱えながら答えた。
「……魔道具が、壊れたんです」
「壊れた?」
「辺境の砦で使っていたすごい魔道具が、壊れちゃったみたいで。換えがないからどうしようもない。ご領主様は王都に応援を求めると言って、出たきりです。もう私たちは、捨てられたものだと思っています……」
ご領主、キリマね。
辺境の砦で使われていた魔道具は、全部で七つ。あれ全部壊れたって言うの?
予備もあったはずだけど、それはどうしたの?
まさかとは思うけど、数をチョロまかせて、売りさばいていたんじゃないでしょうね。
本来七つで守らなければならない範囲を、たとえば四つ、三つなんかで持たせていたら、そりゃあ想定期間よりずっと早くに切れるわよ。
流石にそこまでのバカとは思いたくない。
「ケイラド国から瘴気が溢れてきました。まず最初に、畑がダメになったんです。次に家畜。魔獣が増えて、家畜が殺されました。家も壊されて、住む場所がなくなって……私も、村が滅びて、ここまで逃げてきたんですっ……」
泣きながら女性が言う。キリアンと目を合わせる。状況は、酷い。瘴気が色濃くなっているとは聞いていたけど、魔道具が壊れたなんて聞いてない。
「ありがとう。これは情報料です。誰にも取られないように隠し持ってくださいね」
私は追加料金と手持ちの山菜、干し肉を渡した。
女性は闇印に蝕まれている夫がいるという。
だから、渡す時に少しだけ、山菜と干し肉に聖力を込めた。
微々たるものだけど、少しは効果があると思う。
女性の姿が見えなくなってから、私はエリュンに聞いた。
「エリュン。土地の浄化って、どれくらい力を使うの?」
ぽんっ、とエリュンが現れる。
「う~~~~ん……土地、っていうのは多分、この地のことを言ってるもん?正直、ここまで酷いと時間がかかると思うもん……」
「動けなくなっちゃう?」
今のエリュンのエネルギーは、私の聖力だ。
私の聖力で、どこまでできるのかしら。
「多分、エリュンは数日は病人もん。リアライドの聖力が豊富でも、使うのは僕。材料を気にしないで料理できても、コックが疲れるのと同じもん。あと、膨大な聖力を使うと思うもん。多分……うーん、リアライドの半分くらい……は持ってかれるもん?」
半分か。それって、どれくらいなのかしら。
私は未だに、自分の聖力の限界値というのがわからない。少なくとも未だに聖力切れを起こしたことがないので、限りなく無限に近いとは思っている。例えるなら999+、みたいな。
それをもってしても、半分は持っていかれるのね。
やっぱりそれくらい酷いの。
「……じゃあ、全体じゃなくてピンポイントに一箇所だけ、とか範囲指定したらそこまで疲れない?」
たとえば、今もジェーロ領民が頑張って守っている畑。まだ野菜や麦が流通しているのだから、どこかは踏ん張っているのでしょう。瘴気に蝕まれた畑は回復に時間がかかる。
だからまだ、手の打ちようがあるところ。
尋ねると、エリュンは「ギルドくらいの範囲で四、五箇所くらいなら大丈夫だと思うもん!」と元気に答えてくれた。
私はキリアンを見る。キリアンはキリアンでなにか考えていたみたい。パチッと目が合って彼がハッとしたように瞬く。
「ごめん、考え事をして聞いてなかった。なんだって?」
「何を考えていたの?」
「魔道具のこと。畑が瘴気に蝕まれた……っていうなら、きみが以前作った聖力排出機が使えないかな、と思ってさ。だけどあれは高価で、平民には手が出せない。それなら、手持ちサイズのジョウロにして、中身は聖水が常に満たされるシステムにすれば、いけるんじゃないかな。既存の魔道具に水魔法を足せば、できなくもないと思う。だけど、ジョウロで水やりって手間がかかるよね。それを考えてた」
ああ、前に作ったスプリンクラー。
聖水が振ってくる地獄のシャワーならぬ、天国のシャワーね。
「聖水が満たされるシステムって、聖水維持装置?でもあれは複雑な魔法式と魔法陣が必要で、とても量産化は無理よ」
聖力維持装置、通称ウォーターサーバー。
これ私が心の中で勝手に呼んでるだけだけど。
ジョウロに聖力維持装置を組み込むのは、多分無理。そもそも聖力維持装置がそんなにポンポン作れるものじゃないもの。あれ、作るのに私も一心不乱で取り組んで半年はかかったし。
「いや、そこまで複雑なものにはしない。水魔法で水を生み出して、それを都度浄化する形にする。対象の聖力を汲み上げる形にすれば、そこまで難しくはない」
「ほぁー……」
すごい。天才がここにいる。その発想はなかった。
確かに対象から聖力を充填すれば、魔動力の問題は解決する。魔動力はいつだって聖祈師と魔術師の悩みの種で、それを解決するために、魔力を込めた器を用意する。
この器というのが、とにかくバカでかい。器というバッテリーからエネルギーを充填するので、それを回す回路も複雑で、その魔法式と魔法陣を細かく書き込むので、手間もかかる。
だけど、魔動源を使用者にしてしまえば、一気に小型化が可能になる。
まあそれを果たすには、簡略化した魔法式と魔法陣、そして対象の聖力だけで賄える程度の魔道具にしなければならない。
そうでなければ、コンパクトだけど消費量がえげつない燃費の悪い魔道具になってしまう。
そんなの多分、私くらいしか使えない。
けど、キリアンは小型化に成功させるのでしょうね。
「すごいわね。流石オロラド国の天才。あ、この呼ばれ方は嫌だったのよね?ごめんなさい。でも、びっくりしたわ。もしそれが普及したら、ジェーロ領だけじゃない。各国の畑が守られるわね」
キリアンは苦笑して答えた。
「いや、いいよ。俺が嫌なのは、色眼鏡で見てくるやつらだから。きみの言葉は、賞賛だって分かってる。だから嬉しいよ。普及したら一気に野菜や麦の値段が抑えられると思う。……けど、今はそんな余裕もなさそうだね」
普及させるのだって時間がかかる。
結局、私のやり方が今は最善で最短と判断し、私たちは被害の深刻そうな畑へと足を向けた。人目を避けて、妖精の森から馬を連れ出して、瘴気の濃度を測る魔道具を取り出す。
これ聖祈師本部に提出していなくてよかった。
魔道具を納めた紅玉に聖力を込めて発動し、穢れ具合の酷い畑に馬で向かう。
畑が近づいたら降りて、妖精の森に預けて、こっそり畑に近づき、浄化する。
エリュンが不思議な踊りを踊っていた。これが、空と自然と大地の力を使う正式なやり方なのかしら?エリュンが踊る度に、ふわふわの白い耳と丸いしっぽが揺れる。マシュマロみたい。わたあめみたい。
エリュンが踊る度に金粉が舞う。マラカス、持たせたくなっちゃうわね。マラカスがあったらもっと可愛かったのに。




