8.噛みそう
そのまま駆け出して、エリュン妖精の森へと繋げてもらい、逃げ込んだ。
どれくらい走ったかしら?
体力切れを起こしたのは、私だった。そのままヘロヘロと崩れ落ちた私の横に、キリアンがしゃがむ。
呼吸を整えながら、私はキリアンを見た。
「ごめんなさい、突然引っ張ってしまって」
「……うん?」
キリアンは首を傾げて、耳を近づける。
「ごめん……ちょっと、音が、遠くて」
その言葉に私は血の気が引いた。
キリアンは私のすぐそばにいた。それであの絶叫だ。うるさいなんてもんじゃないわよね。鼓膜大丈夫かな。
「ごっ…………ごめんなさい!!耳は大丈夫?この声、聞こえてる!?」
身を乗り出すと、キリアンは苦笑した。
「聞こえる。大丈夫。少しすれば戻ると思う……けど、すごい絶叫だったね。あんなに声、出るんだ」
しみじみ言うので、私は自分がどれほどの声量を出したのか、我ながら気になった。耳を抑えると、リミッターが外れるのよね。突然街中で騒ぎ出すやばい女。これにドン引いて、エリーセが引いてくれたらいいのだけど。
少しして、キリアンの耳は回復した。良かった。
少し休んで、夜になってから移動を開始する。
もう、寝る時は妖精の森が安全なのでは?という意見に落ち着いて、宿は取らない。
近くにまだ蕗の国軍団が潜んでいるかもしれないので、馬は次の街で買い上げることにした。どこで鉢合わせるか分からないって、怖いわね。Gみたいな恐ろしさを感じる。
……多分、張ってたんでしょうし。
ネグマの街で、弟王子と鉢合わせたことをエリーセは知っているはず。
そして、私がネグマの街を出て、向かうとしたらオロラド国だと踏んでいた。だから、関所すぐのこのベルエナの街で張っていた。
これからはもうちょっと、警戒しないといけないわね。
次の街で馬を買い、北上する。
北上するにつれ、瘴気が濃くなってきた。エリュンはその影響をもろに受けて、だんだん小さくなってしまっている。
もはや今はぬいぐるみサイズからキーホルダーサイズに。これ以上はエリュンが消えてしまう。
ジェーロ領に入る時もとても辛そうだったので、ケイラド国にはついてこないでここで待っているよう伝えると、エリュンは嫌がった。
「嫌もん……!!僕も行くもん!」
そう言うけど、毛並みはパサついてるし、耳も元気がない。目もしょんぼりしているし、浮遊している場所もどんどん低くなっている。声も辛そうだわ。それに消えちゃうかもしれない。それは嫌。
「必ず戻ってくるわ」
「………そうやって、人間は置いていくって知ってるもん」
……口減らしの話かしら。
もしかして、過去エリュンがついていった人間には、そうやって捨てられたひとがいたのかもしれない。エリュンがそうされたことがあるって話じゃ、ないわよね?
私はエリュンと視線を合わせるように腰を曲げる。エリュンは泣きそうだった。
ううー、胸が痛むわね……。別に、本当に置いて迎えに来ないつもりは無いんだけど。
でもやっぱり、寂しくて不安なんだろうな。
ちら、とキリアンを見る。
「俺は、きみに同行する。ここには残れない」
「そうよね……」
キリアンとは約束しちゃったし、エリュンと待ってて、とも言えない。
私はエリュンを見て言った。
「約束じゃ、だめかしら?……不安?」
「契約……」
「ん?」
「契約、したら、安心するもん……。置いてけぼりにされずに、済むもん。僕は、きみから聖力を受け取れるから、弱らずにも済むもん……」
契約。やっぱりそういうシステムってあるのね。
そんなの全然お易い御用よ!……気分的にそう。でもなんかこういうのって対価がセットにならない?
僕と契約して魔法少女になってほしいもん!とか言われたらどうしよう。エリュンのこと信じてないわけじゃないけど、妖精って根本的なところから人間と違う。確認は必要。
「契約したらなにか変わることはある?」
「僕の体調が劇的に改善するんだもん」
「私側に変化は?」
「変化……うーん。僕も、人間と契約したことがないからはっきりとは断言できないけど……僕の力の一部を、使えるもん?」
「一部?それはどういうの?対価は何が必要になるのかしら?」
「僕の……ええと、僕が、空と自然と大地の妖精なのは知ってるもん?」
「ええ。あなたが自己紹介してくた」
というか今更だけど三つも兼ねてるのか。もしかしてエリュンってすごい妖精なのかしらね?
「僕の力は、自然に強く及ぶもん。たとえば、土地の浄化。大地の浄化。空気の浄化。流れを変えたり、中身を変えたり、そういうのができるもん」
んん?なんかそれって。
「だいぶ凄くない?」
「だいぶじゃなくて、かなりだよ。エリュン。それは、つまり空気の内容物を変えたり、大地の土壌の質を変えたり……天候を操ったり、そういうことができるってことであってるか?」
キリアンが聞くと、エリュンはぱちぱちと何度か瞬きした。
「空気の、内容物……?ううう~~~ん……うん、できるもん!難しいのは、分からない。でも、具体的に教えてくれたら、できるもん。昔は、巫女っていうひとのお願いを聞いて、それを叶えたりしたもん。最近は、瘴気で弱っちゃって、ちょっと、大地に元気を与えたり、霧雨を降らせたりくらいしかできなくなっちゃってたもん……」
私はひっくり返りそうになっていた。
エリュン、そんなにすごい妖精だったの?
そういえばなんか、えらい名前長かったものね。
巫女って、何年前の話?少なくとも十年二十年ではない。
多分エリュンはその昔、神様と崇められていた存在だ。
「どうしてエリュンはグンドウェルのギルドにいたの?……いるの?」
分霊はまだいるのだったっけ。
尋ねると、エリュンがにこにこと答えた。
「お願いされたからもん!巫女の、最後のお願いだったもん。この先の、この土地を見守ること。僕は、その子供の子供のずっと子供……彼らを見守っているもん」
……そっか。あのギルドは、巫女の子孫が立ち上げたものなのね。だからエリュンは、巫女との約束を違えず、あの地で、あの血族を見守っている。
「ええと、あとは対価?対価は、きみの聖力。僕は、契約主の聖力をもらって、力を得るもん。……僕は、大食らいだから、疲れさせちゃうかも、しれないもん」
しょんぼりとエリュンが言う。
そりゃあ、これくらいの大妖精だものね。
それくらいは仕方ないでしょう。
妖精は嘘をつかない。なら対価は聖力だけ。私にはギフトという名のチートがある。いける。
これならエリュンと契約できる。
私は笑ってエリュンに答えた。
「分かった。契約するわ。どうしたらいいのかしら」
エリュンが目を輝かせる。
それから、契約の仕方を教えてくれた。
「名前を教えて欲しいもん」
「名前を?でももう知ってるのではない?」
何回もキリアンに呼ばれているし。
「そうだけど、そうじゃないもん。僕は、妖精たちは、人間の名前を呼ばないもん。呼ぶ相手は、契約主だけもん」
そういえば、エリュンが誰かの名前を呼んでいるの、聞いたことがない。そんなルールがあるのね、妖精界。
私は頷いた。
改めて、自己紹介だ。
「私はリアライド。あなたと契約して、主になります」
リアライド、だけだとなんか寂しいのでつけ加えた。良かったかしら。エリュンの目がきらきらと輝く。良かったみたい。
「うん!僕は、空と自然と大地の妖精。エリュリリンエリュンだよ!名前を呼んで!リアライド!」
ぱぁ、と光が弾けた。これが、契約。
名前を呼ばれたからかしら。エリュンを中心にして、大きな光の輪が生まれる。
私はゆっくりと深呼吸してから、エリュンの名前を呼んだ。正式な名前を。
「よろしく、エリュリリンエリュン」
よし、ちゃんと言えた。
噛まなくてよかったわ。




