6.天才の無駄遣い
さて、どうしようかしら。ゼフィラは多分、私がリアライドだともう気づいている。至近距離で顔見られたものね。
このまま野放しにするのは……リスキーかしら?
このまま娼館にでも連れていこうかな。娼婦の言葉なら、本気で取り合うひとも少ないだろうし。
身ぐるみ剥いで、娼館の裏に投げ込む?そうすれば拾ってくれるんじゃないかしら。
そう考えて、彼女の手首を引いた時。ゼフィラの顔が恐怖に歪み、近くから男の声が聞こえてきた。
「まあ待ってあげてよ。そんな乱暴にしないで。可哀想に」
「!」
すぐ後ろから声が聞こえてきて、ゼフィラの手首を解放し、数歩飛び退る。現れたのは、銀髪黄色目の男。装束は……和装。
最悪だわ。蕗の国の王族だ。
「ゼフィラ、大丈夫かい?ああ、赤くなってしまってるね。可哀想に。リアライドは手加減もなく、掴んだね」
男は、ゼフィラの手首をとって怪我の確認をしている。ゼフィラはもう、今にも泣きそうだ。
「エリーセ様ぁ……」
高い声。コンラートの時よりあからさまだ。もしかして本命はこっち?
その時、ハッとした。
ずっと微妙に気になっていた。
ゼフィラはなぜ、ケイラド国とオロラド国の国境ジェート領ではなく、その先のフェアクロス領で行き倒れたのだろう?
推測は、すぐに確信に至った。
ゼフィラと、蕗の国の王族が親密にしているのが全ての答え。
「先に掴みかかってきたのはゼフィラよ。……おかしいと思っていたのよ。ゼフィラは、オロラド国に入国してすぐ行き倒れたと聞いたわ。だけど、倒れた場所はオロラド国とケイラド国の国境近くのジェート領ではなく、その先のフェアクロス領。瘴気に蝕まれているというのなら、ジェート領で癒せばいいのに、無理を押して前進した。結果、フェアクロス領で倒れ、聖祈師の世話になった。全部、蕗の国が関係していたのね?」
仕組まれていたのね、全部。
恐らくは、私を得るために。
だけど私は、コンラートと結婚してしまった。離縁させるために、ゼフィラは寄越された。恐らく、蕗の国から。
コンラートとゼフィラの出会いはとても可愛らしいものだった。だけどあれも、仕組まれたものだったのだろう。シナリオがあった。
私の言葉に答えたのは、ゼフィラだ。
彼女は得意げに鼻を鳴らした。
「ふん!ようやく気付いたの?そうよ。コンラートに抱かれていたのも、仕事!じゃなきゃあんな下手くそ男に抱かれないわよ!仕事だから、仕方なく、だわ!私の愛してるひとは、エリーセ様だもの!」
ゼフィラはエリーセという男の腕に抱きついた。エリーセ……女の名前。カインゼルの言葉通り、蕗の国では男女逆のミドルネームをつけられているのね。
エリーセは、抱きついたゼフィラに構うことなく私を見ている。ネグマの街で見た王族は、猫っぽい美形。こっちは、甘い感じの美形。蕗の国の王族、すごいわね。顔面偏差値が高い。ふたりだけなのかしら。両親もそうなのかな。
遺伝子ってすごい。
というかやっぱりコンラート、下手くそだったんだ。
仕事だから仕方なく抱かれてたけどあいつクソヘタ!と街中で暴露されたコンラートは、ちょっと不憫。でも自業自得。
「リアライド。ネグマの街では弟が世話になったね」
あ、こっちが兄。
「覚えがございません。私に話はありませんので御前失礼いたします」
「はは。つれないって聞いてたけど、本当だったんだ。リオの何がダメだった?顔?タイプじゃなかったのかな。ちなみに、俺はどう?」
何がどう?なの?隣にゼフィラを侍らせているくせに。
……不愉快。
「私の好みは、気遣いに溢れ、他人になにかを強要することなく、自立しており、過干渉せず、不快な物言いをしない銀髪ではない男性です」
つまりお前じゃない、と面と向かって言われたのを理解したのだろう。エリーセが苦笑する。ゼフィラは私たちと話を全く聞いていない。うっとりとエリーセを見ている。逆上せてる。まさにそんな言葉が的確。
「それなら──」
「あいにく、リアライドは俺と付き合ってる。控えてくれないか?」
腰を抱き寄せられ、そちらに体がよる。
びっくりして固まる私に、近くで聞こえてくる声。キリアンだ。……キリアン!?
顔を上げると、キリアンは真っ直ぐにエリーセを見ていた。目力、強いわね。攻撃力が高い。でも、これは良くない。キリアンの気遣いなのだと思うけど、蕗の国の友好国が求めているのはキリアン。
そっと離れようとすると、さらに抱き寄せられた。
「お前は……うん?その顔!どこかで見たと思ったら、キリアン・ルア・グレイフォードか!!相変わらずものすごい美人だな。なるほど、これならリアライドが落ちるのも仕方ない」
ああもう、ほら、気付かれちゃった。
こうなったらもう、体を離しても意味が無い。キリアンにされるがままになると、エリーセたちから見えない位置で、ポンポンと宥められるように背中を叩かれた。任せて、ということなのかしら。任せて、いいのかな。
「ああそうだ。俺が必死に口説いて、ようやく頷いてくれた。お前は、顔が良ければ女を口説き落とせるとでも思っているようだけど、そんな簡単じゃない。実際、俺は今まで何回もリアライドに振られてきた。それでも諦められなくて、執念で彼女のそばにいることを選んだ。彼女がお願いに弱いのを知って、無理に頼んだんだ。お前たちが入り込む隙間はない。自重してくれ。あと国に帰れ」
あ、ちゃっかり最後に本音を混ぜた。
しかし、すごい設定を盛り込んでくるじゃない……?必死に口説いてようやく、とか。
何回も振られてきた、とか完全なる嘘だ。
この場をしのげたとして、今後どうするつもりなんだろう。ちらりとキリアンを見るが、彼は真っ直ぐにエリーセを見ていて、その瞳に嘘はなさそう……に見えた。
その目の力強さに押されたのは、私だけではない。エリーセまでもが、苦々しげに口を開く。
「なにも、ひとりと決めなくてもいいだろう。俺は一夫多妻も、一妻多夫も賛成だ」
何言ってるの?このひと。
「理解不能だな。俺には受け入れられない。俺は、リアライド以外の女性は不要だし、リアライドにも、俺だけでいてほしい。もし彼女が愛人を持ったら、きっと俺はそいつを呪うだろうし、危害を加えてしまう。そうだな、殺してしまうかもしれない」
殺してしまう、その言葉で場がしんと静まり返る。稀代の天才が本気で殺そうとしたら、それは多分、果たせる。
誰が相手だろうと、確実にことをなすだろう。




