3.マナー違反
ネグマの街門を出た先でキリアンと落ち合った。
エリュンのこと、キリアンには、言っておいた方がいいわよね。何より、彼の頭脳は頼りになる。それに、彼は妖精の存在を知っても悪用しないひとだ。
私はエリュンを呼び出して、彼に紹介した。
「紹介するわ。この子が、妖精のエリュン」
「初めましてぇ~~!僕はエリュン!きみと会うのは初めてだね。きみも優しい香りがする!穏やかな、陽だまりみたい!」
合流してそうそう妖精を紹介されたキリアンは硬直していた。びっくりするわよね。わかる。
「ええと、グンドウェル国のギルドは妖精の分霊が案内役になっていて、この子はその本霊……?みたいな」
「妖精は知ってる。知ってるけど、ギルドから絶対に出ないって有名なんだ。あと、ひとを選ぶ」
「ひとを選ぶ?」
キリアンはエリュンを凝視している。
エリュンは、私の肩に座っている。重みはない。残念なことに、エリュンを触ることはできない。透き通っていて、通り抜けてしまうのだ。
頑張れば、僕のこと触れると思うけど~~疲れちゃうもん……と寂しげな返事を貰ったので、諦めている。仕方ないわね。
「その人間の魔力質と、人間性。それによって、現れるかどうかが決まる。ギルドのクエストを受けたからと言って必ず会える訳じゃないんだ」
「そうなの?」
エリュンに聞く。
「う~~ん……確かにそう、もん?」
本妖精的には意識してなかったのかもしれない。
「魔力の質は大事もん。次に、魔力量。でも、魔力量は最悪欠片しかなくても構わないもん。ぼくは空気から魔力を得る妖精だから、人間から得られなくても特に問題は無いもん。けど、あると嬉しいかなぁ?」
「へぇ……初めて見た。思ったより、その、可愛い、んだな?」
戸惑いまじりにキリアンが言う。まじまじ見られてエリュンは照れくさそうにその場を飛び回った。
「えへへ~~人間の愛とか、綺麗な感情とか、ピュアな思いとか、僕たちの嗜好品だからね!人間が思う可愛いが形になったのが、僕もん!」
「そうなの?じゃああなたは、誰かの好みの具現化?」
「そうかもしれないし違うかもしれないもん。みんなの気持ちがちょっとずつ集まって、生まれたのが僕もん」
エリュンを紹介し終えたあとは、今後の旅程。
私はギルドで買った地図を広げた。街門からは見えないだろうけど人目を避けて森に近づく。
「まずは、来た道を戻る形で進もうと思うの。できるだけ、中央には近づきたくないわ。だから、観光名所のフリア湖に沿う形。西のゼットントリデ国の国境沿いを進もうと思う」
オロラド国の周辺国は全部五カ国。
北西のケイラド国。
東北の蕗の国。
西のゼットントリデ国。
東南のロア国。南西のグンドウェル国。
そしてグンドウェル国の西にあるシーズル国。
時計回りで、オロラド国の右上から、蕗の国、右下ロア国。左下グンドウェル国。その左のシーズル国。その上のフゼットントリデ国、フリア湖を挟んでケイラド国、となっている。
「北上すれば、馬で一ヶ月でケイラド国との国境に着くわ。着き次第、旧王都を目指すつもり。どうかしら?」
「いいと思う。俺の方も、ジョアンから情報を貰ってきた。ケイラド国の瘴気だけど、北西から汚染が始まった、というのはきみも知っているよね?ちなみに、きみはケイラド国王族の最期を知っている?」
ケイラド国は突然瘴気の猛威に晒され、壊滅した国だ。対策を立てる時間すら与えられなかったという。
最後の王族……。
「確か、国王陛下は最期まで王城で指揮を取っていて、王子たちは各砦に派遣されたのではなかったかしら」
「そう、その後」
「それは……王子たちは帰らず、城は瘴気で朽ち、魔獣の侵攻を受けて、陥落した」
現状、それからどの国もケイラド国を調査できていないので王城がどうなっているかも不明。だけどそのままなら、王の遺体も、兵の遺体もそのままなんじゃないかしら……。
「そうだ。王は、城とともに落ちた。だけどその裏には、王子の手引きがあったのでは、と言われてる」
「王子が裏切った?」
「ケイラド国から亡命してきた難民の何人かが証言した。落ちた城と、魔獣を従える王子を見た、と」
「一大事なんてものじゃないわね。王子が、闇堕師ってこと?爆発的に瘴気を蔓延させ、国を落とし、王を殺して、彼の目的は何だったの?」
「分からない。ただ、その王子は第一王子で、王太子として指名されることが内定していた。翌年には、立太子されることが決まっていたんだ」
「その情報も、ジョアン・デアーレから?」
尋ねると、キリアンは頷いた。
「ああ。ケイラド国に行くと言ったら、情報をくれた。ついでに、ケイラド国調査でわかったことがあったら、教えてくれとも言われたな」
王子が闇堕師か……。その線は考えていなかったわね。ということは、ケイラド国の滅亡は、お家騒動だった?間もなく立太子されることが決まっていた王子。
「王子は何かトラブルでも抱えていたのかしら。それに、闇堕師っていうのは生まれた時からそうと決まっているものなの?王子は自国では、慕われていたのかしら?」
「どうだろう……。そこまでは聞いていない。だけど、難民は驚いていたらしいから、いい王族ではあったんだろう」
城は朽ち、魔獣の侵攻を受けて王は死んだ。
それなら、王子は?
「王子たちはどうなったの?」
「王子たちは、消息不明が多数。だけどその殆どは、きっと死んでる」
ケイラド国は全土において酷い有様だったという。最終防衛ラインの砦まで落ち、街は荒らされ、農地は焼かれ、潰された。
王子が息絶えたとしても、それを知らせるひとすら残っていない。
きっと、爪痕は酷い。
「気が、重いわね」
今なお、ケイラド国を起点として瘴気は広がりを見せている。隣国の蕗の国と、すぐ南にあるオロラド国は他人事ではない。このままだと近いうち、数年以内に、ケイラド国のように猛烈な勢いで、とは言わないがじわじわと蝕まれていくことだろう。
ケイラド国に入ったら、まずは廃墟の確認。
書斎に本が残っているならそれは情報源になるし、家の荒れ具合を見れば、逃げる時の光景が少しは予想できる。
ケイラド国の王都から一番遠い街、オロラド国から一番近い街であるヌムノネリには、ケイラド国王都から逃げ込んできたひとが多く、辛うじて彼らの生活は成り立っていると聞く。
馬の調達は、オロラド国に入ったら。
オロラド国の情勢を考えて、関所を通るのは危険。エリュンに妖精の森をワープポイントにして、飛んでもらうことは出来ないか聞いてみた。
「う~ん……ケイラド国って、ここだよね?ちょっと、遠いもん……」
ケイラド国までひとっ飛びできないかしら、とダメ元で聞いた私はそれでも肩を落とさざるを得ない。転移できたらめちゃくちゃ時短できるのよね。
「できないことはないんだけど~~」
何やら歯切れが悪い。
なにか理由がありそう。視線を向けると、エリュンは言いにくそうにしながらも言った。
「ここの妖精と会ったことないもん……。いきなり飛ぶのは、失礼もん。特大級のマナー違反もん」
なるほどね。それはダメね。
会ったこともないひとにお金貸してって言うようなものかしら。ちょっと違うかな。
名前しか知らない職場のひとに、家に泊めてって突然言うようなものかな。それは失礼ね。




