2.撫子
希望通り魔石を採取した後、私はギルドに向かった。エリュンを貰い受ける挨拶ではなく、カインゼルを探してだ。
カインゼルはギルドにいなかった。なので、彼女の家を目指す。その途中、偶然カインゼルと行きあった。ちょうど、ギルドに向かおうとしていたらしい。入れ違いにならなくて良かった。
夏場も近づいてきて暑いから、とカインゼルを食堂に誘った。私がほぼ毎日足を運んでいたオレリアンラプソディだ。
丸テーブルを囲うように席に着く。
カインゼルも暑かったようで、彼女はレモン水を頼んでいた。私も同じものを頼む。
流石にもう、蕨……じゃなかった、オロビ草の旬は終わってるかなと思ったけど、まだあった。オールシーズンの薬草らしい。
との季節でも蕨が食べられるの!?
羨ましいことこの上ない。
私とカインゼルは、どちらも山菜のバター焼きを頼んだ。互いに顔を見合わせる。
「どうみても蕨だよね」
「蕨だと思うわ」
「私、実家が田舎だったの。だからよく食べてた。異世界でも食べられるなんて嬉しい」
頬を赤く染めて、カインゼルが喜ぶ。
その様子は微笑ましいけど、早く伝えなければならないことがある。というより、それが本題。
「カインゼル。昨日、蕗の国の王族が私に接触してきたわ」
瞬間、ガタガタッと音を立ててカインゼルが席を立つ。その顔からは、血の気が引いていた。さっきまで赤みをさしていたのに。
「……カインゼル?」
「お、王族?どうして、リアライドに?」
…………そうだわ。まだ、私はカインゼルに素性を知らせていない。
だけど、もうこうなったら伝えた方がいい。
私はもうこの街を出るのだし、カインゼルは私の名を聞かれても知らぬ存ぜぬと答えなければならない。そうじゃないと、あの王族が何をしてくるか分からないから。
「私の名前は、リアライド・デ・フェルゼ。ラストネームはもう捨てたんだけどね。オロラド国の貴族だった。オロラド国の宝箱……聞いたことがない?」
「ある。あるわ。……でも、まさか、あなたがそうだって言うの?だって、もっと」
その先を言おうとして、ハッとしたようにカインゼルが顔をしかめる。言いたいことはわかるので苦笑する。
もっと、強そうなひとだと思ってた、とか。
女傑だと思ってた、とかだと思う。
私は、険のない顔立ちをしている。たぬき顔に近いかもしれない。たぬき……。うん。まあそれが一番近い例えだと思う。
つまり、間が抜けてるように見えるし、なんかお人好しに見える。道案内とか、よく聞かれるタイプ。セールスとかの勧誘にも、よく声をかけられるタイプ。
たぬき顔の銀髪七色グラデーション。
髪が独特なので、編み込みをやめれば目立つとは思う。けど今は髪も編み込んでいる。
「時間が無いの。私はもう、この街を出るわ。また接触してくるとも限らないから。カインゼルも、気をつけて。あなたは……蕗の国から逃げてきたのでしょう?」
カインゼルは、聖祈師だ。
蕗の国では、聖なる遣い手って言ったかな。そして、蕗の国では聖なる遣い手を、人身御供に捧げて瘴気を食い止めている。
聖祈師は、厳重に国によって管理され、逃亡は許されない。だけど、カインゼルはこのグンドウェル国にいる。逃げてきたのだと思う。
「う、うん……。でも、私」
「リアライド・デ・フェルゼの名前を聞かれても、知らないって答えて。それと、しばらくギルドには行かない方がいいと思う。聖力があって、蕗の国出身ってバレたら、連れ戻されるかもしれない」
連れ戻される。その言葉に、カインゼルの顔は青くなった。
「やっ……やだ!リアライドはこれからどうするの?」
「私は、ケイラド国に行くわ」
「ケイラド国に!?どうして!?」
カインゼルは悲鳴のような声を上げた。
「瘴気は、ケイラド国が一番酷い。だから、どうなっているか見に行きたいの。前から、調査隊を派遣しようという話は出ていたし。でもできるなら、私が行きたかったの。瘴気を祓うにしても、根元を正さないとどうしようもない。腐ったものを上辺だけ切り取ってもキリがないもの。それに、どうして瘴気が生み出されるのか、個人的にすごく興味があるの」
瘴気は、自然発生するもの?それとも、闇堕師とかいうひとが本当に生み出しているの?だとしたら、その目的は何?どういう境遇で、どういう生い立ちで、何を思って、そうしたのか。個人的に興味で、私はケイラド国に行こうとしている。
あと、オロラド国の様子もちょっと気になるし。
王太子殿下、頑張ってるかしら。
確か二児の父だ。子供たちはどちらも年齢一桁た。今が一番大変な時期だろう。
王太子妃も苦労しているだろうな。
私が国を出たために起きたトラブルだ。
何かしら埋め合わせはしたい。
陛下は酷かったけど、王太子殿下は頑張ってくれている。
今も、陛下から権力を奪い取り、失脚させようとしている。
完全に味方するつもりはないけど、助太刀くらいなら、うん。
私の言葉にカインゼルは顔をひきつらせた。ケイラド国での瘴気調査。本当に実在するかも怪しい闇堕師。
どうみても、命の危険性しかない。
「そ、そうなの。そっか……。ケイラド国には、流石に行けないな。私くらいの聖祈師だったら、多分潰れちゃう。私に言われるまでもないと思うけど……気をつけてね?私は……どうしようかな。とりあえず、一時的にシーズル国まで避難しようと思う。このネグマの街には、ほかにも蕗の人間がいるの。教えてくれてありがとう。逃げる時間があるのは救いだわ」
「ううん、蕗の国の王族が来たのは私のせいかもしれない。ごめんなさい」
謝ると、カインゼルは首を横に振った。
「リアライドのせいじゃないわ。いずれ、来てたと思う。逃げた聖祈師を探しに」
カインゼルは視線を伏せた。
「……上層部は、亡命した聖祈師を探してるの。部隊を編成して、追っ手を放っているって有名。もしかしたら、私たちを探してここまできたのかも。リアライドを見つけたのは、偶然だったかもしれないわ。逆に、私たちが迷惑をかけちゃったのかもしれない。順序なんて分からない。……だから、こうしましょう?おあいこってことで」
ニコッとカインゼルは笑った。
そう言えるカインゼルは、強い。
「ありがとう」
蕗の国の王族が来ると伝えた時は、血の気が引いていたけど今はだいぶ落ち着いたみたいだ。
冷静になると、次は時間との勝負になる。
その時山菜のバター焼きが運ばれてきた。互いに、いただきますの挨拶をして、素早く食べ進める。
「そういえば、カインゼルっていう名前。私最初、男のひとだと思ったの。蕗の国では一般的なの?」
レモン水を口に含む。さっぱりする。
尋ねると、カインゼルは目を瞬いた。それから、困ったように笑う。
「あはは。それよく言われるの。そうなの。蕗の国って独特で、ミドルネームは、男女反対の名前をつけられるのよ。女の子なら、男の子のように勇ましく。男の子なら、女の子のようにしなやかに強く。そんな願いを込められて、つけられるの。あ、真名はちゃんと女の名前よ?」
出た。真名。
「真名って、結婚相手にしか伝えないって本当?」
そんなことを、あの王族が言っていた。
山菜のバター焼きを食べ終わったカインゼルが、レモン水を一気に煽る。
「異性の場合は、そうね。同性ならそんなに」
やっぱりそうなんだ……。
初手であの男、名乗ってたわよね。最初から狙ってたのか。
「ちなみに私の真名は撫子って言うの。ちょっと、恥ずかしいけどね」
「よく似合ってると思うわ」
カインゼルは照れくさそうに笑っていた。
撫子、素敵な名前ね。




