11.ピリオドの打ち方
蕗の王族は呆然としていた。こんなふうに正面から断られたこと、今までなかったのかしら。見た感じ、ヨイショするひとしか周りにいなさそうだものね。友達もいなさそうだし。
人目を集め始めていたのでフードを深く被って、人混みに紛れる。そのままマルシェに行って、岩塩を手に入れた。
宿に戻り、食堂の片隅でキリアンとクレスト、メイリンに相談する。
蕗の国の王族がちょっかいをかけてきたこと。
私の居場所がバレてること。
恐らく、芋ずる式にキリアンの居場所もバレる。というかもうバレてるかも、ということ。
メイリンとクレストはどうかしら。
クレストはともかく、メイリンは聖祈師だから、蕗の王族に見つかったら厄介だわ。
「私は、明日にはネグマの街を出るわ。クレストとメイリンも、もうふたりでも大丈夫よね?キリアンはどうする?後で合流して、ケイラド国を目指すのでもいいわ」
尋ねると、キリアンは思案の末答えた。
「俺も移動するよ。留まったら、ジョアンに迷惑をかけるから」
「蕗の国は私狙いだと思うけど、ロア国はキリアンが目当てだと思う。その蕗の国とロア国は友好国。蕗の国がロア国に情報を流して、あなたを探しに来る可能性は高いと思う。ただ、そこまで王族が動くとなると、グンドウェル国も自国のことだし、出張ってくる。もう王侯貴族の相手はなるべくしたくない」
権力に取り込まれると、動きにくくなるからだ。
奉仕が、知らない間に搾取になる。それも嫌。
奉仕の強制は、搾取だ。王侯貴族との結婚は、義務がセットでついてくる。
ノブレス・オブリージュ。貴族に生まれたから仕方ないと思ってたけど平民になったのだから、もう関係ない。
「分かったわ。私とクレストも、元々の貯金があるし、移動しながら資金を貯めるのでもいいと思っていたの。私たちも明日には街を出るわ」
メイリンが決意したように言う。
「……でも、もう少しだけ、一緒にいたかったな。この日々は、とても楽しかったから」
寂しそうに笑うメイリンに、私も胸が苦しくなる。
「逢いに行くわ。落ち着いたらシーズルの街に手紙を出すから、返事をちょうだい?」
何ももう、永遠に会えないわけじゃない。少しのお別れ。
そう言うと、メイリンは目に涙を溜めながらも笑った。
「今まで世話になった。リアライド。キリアン。感謝する。きみたちがいなければ、オロラド国を出ることは出来なかった」
クレストの言葉だ。
クレストは何度もオロラド国を出ようとメイリンを誘っていたという。
ようやく果たされたのだ。感慨深いものがあるだろう。
「こんなことになってごめんなさい。今更言っても仕方ないけど、もっと変装とか、気をつければ良かった」
私が発端で、皆は選択を迫られている。謝ると、メイリンは激しく首を横に振った。
クレストとキリアンも、同じように否定した。
「リアライドは悪くないわ!いつまでも追ってくる、王族が悪いのよ!いつまでリアライド頼りにしてるのかしらね!?リアライドが死んだらどうするつもりなのかしらね!?」
最近はあまり聞かなくなった、メイリンの怒った声。それにキリアンが苦笑する。
「俺は、きみのことを言えない。俺も自分の有用性については理解しているつもりだ。自分が作るものの危うさも。オロラド国ではある程度自由があったが……」
その先は、言わない。
今日がおそらく、みんなで過ごす最後の夜。だから水を刺さないように言葉を濁したのがわかった。
分かるわ。多分、キリアンは、『洗脳でも受けて、王家の子飼いになって、魔道具を作らされるようになったら』のことを考えたのだろう。キリアンが軍事魔道具に乗り出したら、きっと、ひとつの国なんて簡単に消える。
たくさんの犠牲を生み出すだろう。キリアンにはそれを可能とするだけの能力がある。
だから、彼も慎重になっている。公爵家との縁を切り、権力から離れた。
だけど、オロラド国ではその扱いだったからと言って、ロア国や蕗の国ではどうなるか分からない。その先を憂いたのだと思う。
次に口を開いたのはクレストだ。
クレストは真っ直ぐに私を見つめていた。静かな瞳だ。
「あなたはメイリンを、僕を、連れ出してくれた。それで、じゅうぶんです。それだけで、じゅうぶんなんです。僕は、あなたに敬意を抱いています。面と向かって王に逆らって、口先だけでなく、本当に亡命を果たした。しかも今のあなたは生活に苦しむことなく、自活している。この前分けてくれた山菜、美味しかったです。ここまで引っ張ってきてくれたあなたに、僕も、メイリンも、深く感謝しています。……ありがとうございました」
クレストが頭を下げる。
そのの真っ直ぐな言葉に目を瞬く。
昼間、サイコパスと対峙したあとだから、尚更。
嬉しいな。優しいな。
こんなに、理解のある友人に恵まれて、私は幸せものだ。
その夜は、いつもより少しだけ豪華な食事をした。
いつも、食事は各自でとることも多かった。
でも、日中何をしていても、どこでご飯を食べていても、帰る場所は一緒だった。
それは一種の共同生活、ルームシェアみたいで楽しかったのだ。
翌日、私はギルドで最後にやることがあったので、そちらに向かう。キリアンは、荷物もあるのでジョアン邸に向かった。
ギルドに行くと、いつも通りニコニコのお姉さんに出迎えられて、エリュンを借りる。
初回以降、ちゃんと虫除けを持参している。アルコール度数の強い酒に香辛料を混ぜて作ったお手製虫除け剤。
エリュンは暑さや寒さら感じないのに匂いは分かるのか、初めて振りまいた時は、雨の日の虫のように低空飛行になった。どうやらだいぶきつい匂いだったらしい。虫除けだしね。
虫除け剤で不調になる、ということはエリュンは虫判定?いや、これ人間でも匂いきついもの。
今日案内してもらうのは、いつもの山菜ではない。
「鉱石ぃ?だもん?」
「魔力を帯びた鉱石。できれば、赤いものがいいんだけど……付近にあるかしら?」
尋ねると、エリュンは忙しなく周囲をピュンピュン飛び回った後、不意に私の前に止まった。
「条件があるもん!」
条件。こんな提示もあるのね。
聞いてみるだけ聞こう。
私の作る魔道具は、①に基板。②にそれを収納するための石が必要になる。基板は、耐久性のあるものならなんでもいい。できたら、鉄板、銅板、に熱を加え、細長くした板。
重要なのは②だ。これは、魔力の伴った石でなければならない。私はこれを、オロラド国ではたくさんとれる紅玉を使用していた。紅玉は、前世で言うプラスチックでできたアクセサリーみたいなもので、安価で手に入る。オロラド国なら。
だけど、グンドウェル国では、入手しにくい。そのため、代わりになるものが必要だった。紅玉の在庫はまだあるけど、今からオロラド国を通過してケイラド国に入るなら、数は揃えた置きたい。何があるか分からないもの。
オロラド国北西部の瘴気がどれほど酷いのかは分からないけど、場合によっては魔道具を使って通過する必要がある。私は聖力値が桁違いなので闇印に侵されることは無いだろけど、キリアンは危ない。
だから、この山で紅玉代わりになるものを探そうと思っていたのだ。
「条件は何?」
「僕も、きみについていきたいたんだもーん!」
「…………えっ?」
「だめもん?やっぱり、だめもん?」
私の驚きの声を拒否と受け取ったのか、しょんぼりとその白い耳がたれる。ああ、可愛い。じゃなくて。
「いいの?でもあなた、グンドウェルの妖精なんでしょう?」
「僕はこの世界の妖精もん。それに、ギルドには、分霊を残すもん。分霊なら、それくらいはできるもん」
そっか、分霊。
……あら?じゃあ。
「今のあなたは、本霊?ええと、主体?」
尋ねると、ようやく気づいたか!と言わんばかりにくるんっとエリュンがターンを決めた。
「そうだもん!僕の名前は、エリュリリンエリュン!空と自然と大地の妖精もん!」
エリュ……ええと、なんだって?




