9.煮るなり焼くなりお好きにどうぞ
宿に戻り、キリアンと落ち合う。
野菜が手に入ったこと、ノンオイルサラダ、これで作れます、と言うとキリアンは目を輝かせた。このグンドウェル国では、かなり胃に負担のある食事生活だったらしい。
「払うよ、いくら?」
いそいそと財布を出そうとするキリアンに待ったをかける。
「私はあなたから情報を買うわ。その対価がこれ、どう?」
「…………いいの?今日は、大した情報は入手できてないんだけど」
「構わないわ。私は、ジョアン・デアーレに会うつもりは無いの。以前紹介してくれるって言ったのにごめんなさい。もう、相手を探す必要はなくなったし」
「ああ、いや。前とは状況が違うし、別にそれは構わない。むしろ、俺の方が悪かった。きみが再婚を望んでいないのは分かっていたのに、紹介するようなことを言って。俺も、縁談を強制されて、嫌だった。きみの気持ちはわかったはずなのに、後押しするような真似をした」
キリアンは頭を下げた。
頭頂部が見える。それに慌てたのは私だ。
「ええ?別に構わないわ。候補があるってだけ有難かったもの。それに、キリアンの知り合いなら安心できるし」
人となり、素性が保証されているのは大きい。
婚活でも、友人からの紹介って、街コンとかで会うのよりずっと信頼できたしね。
だから顔を上げて欲しい。そう言うと、キリアンはホッとしたような顔になった。
「リアライドは強いな。どうしてそんなに割り切れるんだ?」
「強い……かしら。結構割り切ってると思うわよ?こう、私の中では明確な線引きがあって。それを超えたら嫌。超えなければ許容範囲内、って感じで」
縁談も、貴族の娘だから許容範囲内だった。
コンラートの子を産むのも、政略結婚だから当然。コンラートが愛人を囲った時は、まだ子供もいないのに手が早すぎると苦虫を噛み潰したような思いをしたが、それ以外に思うことはなかった。
ゼフィラについても、手癖が悪くなければおそらく何も思わなかった。
私にとっての一線は、ゼフィラが私の魔道具を壊したこと。
コンラートとの子作りは、正直うんざりしていたし、気が進まなかったけど義務だから臨むつもりではいた。だけど相性というのかしら。
うまくいかなくて、半年くらい白い結婚になってしまったのだけど。結果的にね
「それがすごい。普通のひとはそうはできないよ。俺は、嫌なことは嫌だし、理不尽だと思ってしまうと、抗わずにはいられない。多分、貴族としての生き方が向いてない」
「それはそれでいいんじゃない?無理をしていいことなんてひとつもないし」
「…………俺は、これと思う相手とじゃないと結婚はしたくないんだ」
わあ、乙女。
とか言ったら傷ついちゃうかな。
でも、ロマンチックな考え方だ。私と足して割ったらちょうどいいかもしれない。私は結婚に夢を見ていないから。
「今のあなたは、もう何にも縛られてないじゃない?」
だから、恋愛も自由。
それこそ、このグンドウェル国で彼女を作ってしまえばいいのに。そう言うと、キリアンは苦笑していた。
「恋愛って、どう始めるんだろう?」
「…………」
それは、私にも分からない……。
その日は、恋愛初心者議題をして終わった。
部屋に戻ると、メイリンから打ち明けられた。
「私たち、このまま西のシーズル国に行こうと思うの。クレストの親戚がね、シーズルに住んでいるらしくて。そのツテを辿ろうと思う」
ベッドに座り、メイリンを見る。
メイリンとクレストは、ギルドにパーティー登録し、冒険者としてクエストをこなしていた。パーティーは、メイリンとクレスト以外にふたりの女性がいて、なんとクレストハーレム状態だ。
メイリンとクレストとのお別れが近い。
メイリンとの別れは寂しかった。
「いつ頃にするかは決めてるの?」
「資金が溜まったら、という話はしてる。ギルドは、グンドウェル国内にいくつもあるらしいから、南下しながらクエストをこなして資金を貯めるのもいいかなって」
それにね、とメイリンが恥じらうように言った。
「シーズル国に着いて、生活が落ち着いたら……。結婚しようって話をしてるの」
結婚。メイリンとクレストが。
「おめでとう!」
少し気が早いけど、手を叩いて喜ぶとメイリンが嬉しそうに笑った。
「えへへ。だから、今のパーティーには長くいないわ」
「だから?」
「今のパーティー、クレストを狙ってる女の子がいるの。あれは絶対クレスト狙いよ。私にはわかるの。でもクレストは鈍いから気づいていないのよ」
それは……どうだろう。クレストなら、気づいてそうな気もするけど。彼は、視線に敏感なひとだ。メイリンに気づかせていないだけで、上手く立ち回っている気はする。
「リアライドは明日、どうするの?」
明日の予定を自分で決められる生活。
前世でもなかなかなかった。
「ギルドに行こうかなと思ってるわ」
ちょっと、気になることもあるし。
翌日、ギルドに足を運び、エリュンを貸し出してもらってふたたび山菜採取。薬草も何枚かちぎって持ち帰る。そろそろ、冒険者のようなクエストを受けてもいいかもしれない。
なんて言っても、報酬が魅力的だ。無駄遣いはしていないのでまだ手持ちに余裕はあるものの、贅沢はできない。
明日は資金集めのクエストにしようかしら。
そう思いながら重い麻袋を宿に置く。
荷物整理していたら塩が切れそうなことに気がついた。今日は多めに採取してきたから、私もご相伴にあずかりたい。そうなると塩は買っておいた方がいいわね。
そう思って、財布を手に持ってローブの内側のポケットにしまう。この内側ポケットは、グンドウェル国に着いてから私が縫いつけた。外側のポケットだと、スられそうで怖い。
この聖祈師のローブは、国の紋章が刺繍されているので使いにくいなと思っていたけど、長旅で擦り切れて目立たなくなっていた。
これなら使ってもオロラド国の聖祈師とバレない。まさか他のひとも、こんなに擦り切れたローブをオロラド国の聖祈師が着るとは思わないだろう。
布って高いのよね。できるだけ節約したい。
そのまま大通りに向かって歩いていた時、後ろから声をかけられた。
「お嬢さん」
私かな?いやまさか。
無視して歩いていると、ふたたび呼ばれた。
「お嬢さん?お嬢さん、あなたのことですよ、リアライド・デ・フェルゼ」
流石にフルネームを呼ばれたら、無視はできない。振り返ると、いかにも~な連中が揃っていた。
何、その黒のローブ。ひとのこと言えないけど。でも、ひとを呼び止めるなら、フードくらい外しなさいよ。
「顔も見せない相手と話すことはありません。さようなら」
進んで怪しい相手と話したいはずがない。
不審者を前にしたら逃げる一択。
小学生でもわかる。
踵を返そうとすると、慌てたように後ろから声が飛んできた。
「コンラート・フェアクロスがどうなってもいいのか!?」
…………おっと?
コンラート、やっぱり誘拐されてたのね。
だけどあいにく、そんなこと私に言われても困る。関係ないもの。
「お好きになさったらいいのでは?私に何を期待しているのか知りませんけど、私に話すことは無いです。さようなら」




