2.書類をください
それはそうよね。
だって、コンラートは彼女を保護した側だ。
彼女は、オロラド国の北西にあったケイラド亡国から亡命してきた難民。
ケイラド王国は十数年前に、瘴気に侵食されて壊滅した。
王家は離散、今あの地にいるのは各地から集った強盗目当ての荒くれ者ばかりと聞く。
ケイラド国とオロラド国は地続きだ。
ゼフィラは瘴気に侵されて死ぬ前に、と逃げ出してきたケイラド人のひとりだった。
しかし彼女はオロラド国に入ると、倒れるように気絶してしまう。
その気絶した場所が、コンラートの実家であるフェアクロス領。
瘴気は聖力をもって祓われる。
それを可能とするのが聖祈師。
つまり、私の所属する部署だ。
聖祈師団には実働部隊と本部のふたつがある。
私はその、本部所属だった。
貴族の娘が勤め人など前代未聞。
だけど色々あった末、私は聖祈師の本部所属となった。
本部は主に、聖力を込めた魔道具を開発したり、聖祈師を派遣したりする、企画開発と総務が合体したような部署。
本部所属の私がフェアクロス領に派遣されたのは、開発した魔道具の出来を確かめるため。
そして、当時婚約者だったコンラートは、領主の息子であり、私の婚約者だっために同行した。
ゼフィラとコンラートの出会いはフェアクロス領の、正教会の中。
あまり長々と思い出す気もないので割愛するが、とても可愛らしい出会いだったと思う。
これが、その相手が自分の夫でなければまあ微笑ましいわね、くらい思っていたかもしれない。
『連れて行ってください、わたしも……!!』
泣いて縋るゼフィラに根負けして、コンラートが彼女を連れてきた。
『可哀想だと思って』とは彼の言葉だ。
同情込みで連れてきた彼女に、まさか自分が可哀想と言われる立場になった。
「ゼフィラが誤解しているようだから言っておくけど。私が彼との閨を拒んでいるのは、このひとが乱暴だからで、こんな男に抱かれたくないと思ったからよ。幸い、白い結婚を三年も続ければ、離縁もできるもの。だからそれまで、あなたたちは愛を育んでいれば良かったのに」
コンラートだって、私との結婚は望んだものではない。
その同情もあって、多少は目を瞑るつもりだった。
三年間、大人しくこの邸に身を寄せていようと思っていたのだ。
ちなみにコンラートとの初夜は、失敗に終わった。
彼が無理に私のネグリジェを引っ張って生地が裂けた挙句、あちこち鷲掴みにされて痛みを覚えた私がキレて、彼を張り倒したからである。
酷い初夜だった。
翌日、私は暴漢にでも襲われたの?と勘ぐりを受けるほど酷い有様だったのだから。
「魔道具の弁償は不要ですわ。聖金貨10枚なんて、フェアクロス家でも厳しいでしょう」
払えないことはないけど、払ったら家が火の車だ。
ゼフィラは、赤い髪に青の瞳の可愛らしい少女だ。
彼女よりは大人っぽいとは思うが、私は年齢より年下に見られるタイプだった。
つまり、御しやすそうと思われるのである。
だから、こうやって舐めてかかられることも多い。
ゼフィラはコンラートに縋り付き、コンラートは今になって何が起きたか理解したのだろう。
動揺して何も言えないようだった。
「その変わり、離婚しましょう?判を押さないなら仕方ありませんが、国を出ますわ」
つまり、亡命だ。
私の言葉に、ゼフィラとコンラート、揃って顔を青くした。
「ま、待ってくれ。ゼフィラもわざとではないんだろう?それなら今回だけ目を瞑ってくれないか」
「お断りしますわ。私は、私の作る魔道具が大切ですもの。見てください、この子の哀れな姿を」
「この子……」
「この子は、あと少しで完成品となるはずだったのですよ?そうしたら、たくさんのひとにお披露目して、オロラド国とケイラド国の辺境の地に住むひとたちの光になるはずだった。それを、彼女が壊したのですよ?私のこの数ヶ月の努力を木っ端微塵にされたのです。これで怒るな、なんて無理があるのではないかしら」
「きみの気持ちはわかる」
分かってたまるか。
「旦那様が夜、そこのゼフィラと愛を深めている間も、私はせっせとこの子を成長させていたのです。ギフトを無理に使ったために、色々限界で。食事すらとれなかったのですわ。ほら、おかげで厳しいダイエットに成功したかのような有様です」
頬に手を当てて、注意深くゼフィラとコンラートを見る。
ゼフィラを許すという選択肢は、私には無い。
「僕に免じて、今回だけ許して欲しい」
「あなたの何に免じるのです?」
「……………夫の顔を立てて欲しい」
「夫らしいことを何一つされていないのに、そう言われましても」
夜会すら、出ていないし。
それは私の夜会嫌いももちろん理由のひとつなのだが、このひとは、私不在の夜会にゼフィラを伴い参加している。
愛人ですと紹介して回っているようなものだ。
「僕はきみを愛している」
今度は口説き文句できたか。
往生際が悪いひとである。
そういえば初夜の時もしつこかった。
あまりにうるさいので、最後は貴重な魔道具を扉に仕掛けて施錠し、締め出したのだった。
「そうですか。ありがとうございます。私は愛しておりません」
それにその愛はゼフィラにも配られるものだ。
私は、恋をするならその相手は私だけを愛するひとがいい。
前世の記憶に引っ張られて、意識の根底にそれがあるからだ。常識を変えるのはなかなか難しい。
夫を共有?とかちょっと、私の常識ではありえない。
「そんなに……そんなに僕が嫌いなのか?」
沈んだ声でコンラートが言う。
私は遠巻きにこちらを見るメイドたちに視線をめぐらせ、その中から執事長を見つけた。
「離縁届を取り寄せてくださる?あるわよね?万が一に備えての控え用が」
「待ってくれ!リアライド、きみだって悪いだろう!?そもそも!きみが抱かせてくれないから僕はゼフィラを連れてくるしか無かった」
何言ってるのかしらこのひと。
「あなたのこと、好きか嫌いかでいえばもちろん嫌いです。ですがそれは可愛らしい嫉妬云々ではありません。人間性とその性根が理由ですわ」
早く書類を持ってきてくださる?
そんな気持ちで執事長を見るが、彼らはみな、坊っちゃま、つまり、コンラートの味方である。コンラートの顔色を伺う彼らに諦め、私はコンラートに向き直った。
コンラートは人間性を否定されて唖然としている。
面と向かって人間と性根が無理、と言われたのがそんなに堪えたのかしら。だとしたら、甘やかされて育ってきた。
「抱かせてくれないからほかの女に走った?それ、最悪ですわね。最悪です」
まるで身代わりのようにゼフィラを連れてきたみたいな言い方だ。ゼフィラだってこんな言い方されたら傷つくでしょうに。
見れば、彼女はその薄青の瞳めいっぱいに涙をためて私を睨みつけてきた。どうして。
その矛先はあなたの恋人にして欲しい。
お門違いもいいところだ。
コンラートに視線を戻すと、彼は呆然としたままだった。
「自分の行動の責任すら取らない。取れない。他人に責任を押し付け、保身に走る。ひとはそれを無責任、というのですよ?あなたと白い結婚のままで良かったわ。早く書類をくださらない?」




