1.可哀想なひと
子爵令嬢リアライド・デ・フェルゼは、このオロラド王国の【宝箱】である。
彼女が作る魔道具は瘴気を払い、瘴気に侵されたひとたちを救った。
圧倒的な魔力量と、聖力値。さらに五大属性も使用可能。
高難易度魔法をも使うことができる。
彼女なら、瘴気に侵されつつあるこの国をいずれ救ってくれるだろう。
……だけどそれは今すぐではない。
それに、万が一、彼女が失われることがあったら?
それはオロラド国の多大な損失だ。
最悪、国が滅ぶか、隣国に接収されるか。
あるいは瘴気に侵されて荒廃の一途を辿るかもしれない。
その不安は貴族を恐怖させた。
有力貴族から訴えられ、事態を重く見た王は、彼女に命を下す。
曰く、結婚し、子をなし、その能力を次世代に引き継がせよ、と。
☆
「弁明を、お聞きしても?」
リアライド・デ・フェルゼ。
それが私の名前。私は今、自分がとても冷たい声を出していることを知っていた。
それでも、ここで優しさを見せる気は無い。
「ち、違うの。これは、事故で……」
今更ながら彼女は、自分が何をしたか自覚したのだろう。
化粧をしているために頬には薄紅が乗っているが、顔からは血の気が引いていた。
彼女もようやく、理解したからだろう。
リアライド・デ・フェルゼ──。
オロラド国の【宝箱】であり、次々に有能な魔道具を作り出す稀代の天才。才女リアライドが新たに開発した品を、自分が壊してしまった、と。
もっとも、その肩書きの裏側には、あるカラクリがあるのだけど、それは誰にも言わない。
「事故?おかしなことを言うわね。あなたはさっき、コンラートと離縁しろと私に迫った。それに私が答えなかったから、あなたはそれを叩き壊したのでしょう?ねえ、知ってる?それがどれほどの価値あるものか」
「わ、わざとじゃ……!」
わざとじゃない、と言いたいのだろう。
「聖金貨10枚。通常の金貨換算で500枚ね。これがどれほどの損失なのか、分かるかしら?」
分からないのだろう。
分からないからこそ、そんな浅慮なことをした。
私は怯えて震える夫の恋人──ゼフィラを見ることなく、彼女が叩き壊した魔道具に膝をついた。もっとも、これは完成品ではなく、完成一歩手前までいっていたものだ。
この世界の魔道具の作り方は、魔道具となる器に魔法を付与して使うものだが、私は異なる手法を取っていた。
魔道具として起動させるために魔法は必須。
書き込んだ魔法陣と魔法式に魔力を流すことで起動する。それは変わらない。
だから、私はそれを基板のように書き出し、器を先に作ってから、それを別の器に吸収させる形をとっている。
端的に言えば、半導体基盤のように薄い板に魔法式と魔法陣を書き込み、それを別の小さな器に吸収させるということだ。
ここまでいえばお分かりだと思うが、私は純粋なこの世界の人間ではない。
私は転生者というやつだった。
そっと、壊された基板を確認する。
睡眠を削り、限られた時間で何とか間に合わせた完成品は、残念ながらこの女に壊されてしまった。
努力の結晶が女のくだらない癇癪によって無駄になった。猛烈に腹が立っている。睡眠不足のせいも、多分ある。
直りそうに……ないわね。
素材集めも頑張ったのに。
魔法式を限界まで縮小させるために無理をしたのに。
聖力に無理を言わせて何とか形にしたのに。
悔しさのあまり、涙まで滲む。
精神が安定しないのもまた、連日の睡眠不足と疲労のせいだ。悔しい。
魔道具になるはずだった、魔道具の卵の亡骸(仮)を悼んでいると、ゼフィラが高い声を上げた。
「で、でも!リアライド様だって悪いと思うんです!」
「何がでも、なの?」
経緯もそちらに非があるというのに、この期に及んで他責?
「だって……コンラート様があまりにおかわいそうです!」
しかも可哀想ときたか。
コンラートとは私の夫である。
そして、このゼフィラは夫の恋人。
政略結婚だから、こういうこともあるわよね。
無言で魔道具の亡骸を手に持って立ち上がると、ゼフィラがひっと悲鳴をあげる。
「リアライド様はコンラート様のこと、好きじゃありませんよね……!?コンラート様は、リアライド様に歩みよる努力をなさっていました!それなのに……それなのに!」
「それだけ聞くと、私が悪いみたいね」
あっという間に私が加害者に仕立て上げられてしまった。
「ゼフィラ!……何をしてるんだ!?」
その時、ようやく夫の到着だ。
日が昇るまで愛し合っていたからか、ふたりの目覚めは遅かった。だ
けどゼフィラの方が先に目覚めたようで、部屋で作業していた私のところまでやってきたのだ。
それで、この結果。
コンラートは慌てて来たのか、まだ寝巻きだった。
着崩れたローブは、いかにもさっきまで睦み合っていました、と言わんばかり。
情事の色香を残した夫にうんざり。
こんな世界だし、私は貴族だし、政略結婚なのだから、愛人を持つな、とは言わないわよ。
でも、ひとつ屋根の下なのだからもう少し配慮してほしい。……とは以前言ったのだけど。
正妻の嫉妬と取られて全く話にならなかったわね。
コンラートは銀髪に甘い顔立ちをした童顔である。
紫の瞳は丸っこく、その体躯はしなやかで細身だ。
だけど物言いは冷たいので、そのギャップがいいのだと、社交界通の友人から聞いたことがある。
「コンラート様っ……!!」
救世主が現れたと思ったのか、ゼフィラは駆けてコンラートに抱きついた。
主人の修羅場に、集まったメイドたちは困惑顔だ。
だけど私を見れば、その目は途端厳しいものになる。
「先程、ゼフィラが、あなたが可哀想と言いました。あなたは可哀想なんですか?」
私が尋ねると、コンラートは絶句した。




