4.納豆
蕨を食べたら、水なすも食べたくなってきた。
旬はこの季節だと思うんだけど、どうかしら。
異世界ってどうなの?そこのとこ。
ナスはあるけど、水なすってあるのかしら。
あれって確か日本の品種よね?
ああああ~~思い出したら食べたくなってきた。水ナス。丸ごと食べるのが好き。塩をつけて食べるの。ジャスティス。食べたい。無理。
今は七月。
水ナスの時期は、日本なら六月末までが市場に出回りやすい。でも、この時期に蕨があるならワンチャン?ないかな?って?思ってるのだけど?
翌日、私はふたたびその食堂【オレリアン・ラプソディ】を訪れた。こぢんまりとした、店主と給仕がひとりずつしかいない小さなお店。店主は厨房にいることが多いらしい。
昨日と同じメニューを注文すると、給仕のお姉さんがやってきて、あっと声を上げた。
「昨日のお客さん!また来てくれたんですねっ」
さすが接客業。記憶力がいい。
「山菜バター焼きが美味しくて、また来ちゃいました」
「本当!嬉しいです。あ、そういえば以前もお客さんみたいに、感動してたひとがいたんですよ。わ……わら?ワラビ、って言ってました」
蕨!?それはまさか、まさかまさかもしかして!!
固まる私に、お姉さんが苦笑する。
「その後、そのひと、食堂を開いたと聞きましたが……ちょっと?かなり?変わった味覚の持ち主で……。苦情が殺到したみたいで、店を畳んだそうです」
「変わった味覚?」
「こう……腐ったものが好き?みたいで」
これは、ほぼ確定じゃない?
オロビ草を食べて蕨って言うのはもう日本人しかなくないかしら?
この世界に蕨ってないわよね?蕗の国にあったりするのかな。
いや、それなら給仕のお姉さんも知ってるはず。ワラビ?何それ?みたいな反応だったことから、おそらくこの世界に蕨はない。
あるのはこの薬草オロビ草。
私は一縷の期待を抱いて、山菜バター焼きを有難くいただいたあと、お姉さんにそのひとは今どこにいるか尋ねてみた。
今、そのひとはギルドに登録して冒険者をやっているらしい。
腐敗。
それは発酵過程で誰しも通る道だ、と思う。
私、前世で甘酒作りすら失敗したし。ヨーグルトメーカー使ってるのに腐らせたこともある。なんかよく分からんカビ菌が繁殖した結果だと思うのよね。
今世の、邸での失敗はもっと酷い。
生死さまよったもの。
食堂開いて腐ったもの出して苦情殺到。
ううん、普通に衛生管理の悪さが原因だったらどうしよう。
賞味期限切れの食材使ってたとか。
常温放置で腐らせてたのを提供してたとか、激ヤバ人為ミスによるものでないことを願おう。
私は、食堂を出るとギルドを目指した。
グンドウェル国には、ギルドというシステムがある。
基本的に、オロラド国は、国王陛下直属の聖祈師実働部隊に王命が降り、それに従って瘴気祓いに行く。聖祈師以外が瘴気祓いをすることはできない。
国に管理されている。
対してグンドウェル国は、報酬制。
お抱えの聖祈師もいるんだろうけど、それは王都だけ。王都の露払いはするし、街が壊滅寸前まで追い込まれるようなら派遣されるのだろうけど、そうなる前にだいたい解決する。
それぞれの街のギルドに所属している冒険者たちが倒すのだ。
ギルドの手に余る瘴気や魔獣は、王家から専門職が派遣される。そんなシステム。
瘴気は、聖力をもってしか払えない。だけど魔獣は、急所さえ潰せば倒せる。私の毒が効いたのと同じ理論。
だから、ギルドでは魔獣討伐のクエストがよく出ているのだとか。
ギルドは、ネグマの街中央の噴水広場の奥にあった。噴水広場には屋台が出ていて、クエスト帰りの冒険者と思わしき人達が、買い食いしている。酒も飲んでる。
そのひとは、黒髪に風変わりの装束を身につけているという。和服だ。
もしかしたら、蕗の国のひとかも。
蕗の国がメシマズって言われているのはてもしかして、発酵過程の失敗が理由だったりする?それなら俄然、蕗の国にも行きたくなってきた。
ギルドの扉を開くと、鈴の音がする。扉につけられてるのね。入ってすぐ、カウンターがある。なかなか賑わっている。銀行窓口みたいだ。
「七番の木札をお持ちの冒険者様~~!勘定が終わりました。こちらです」
ギルド員に呼ばれて、ひとりの男のひとが進んでいく。筋骨隆々。背中にはナタっぽい。武器。あれで魔獣倒すのかしら。
「本当は、銀貨二枚なのですが、エリュンがあなたの働きぶりを評価しました。なので三枚です」
「お、本当か!?やったな、今回取りこぼしもあったから、もっと少ないかと思った」
「人間が評価したらそうかもしれませんね」
ギルド員と、男のひとの会話。オロラド国にはない、ギルドのシステム。ちょっと、ワクワクする。RPGっぽい。
ここで仲間を探したりできるのかしら?酒場じゃないけど。
ここに、例の異臭騒ぎになった元店主がいるはず。名前はカインゼル。髪は黒。変わった服……多分、和服を着てる。髪はともかく、和服は目立つからすぐ見つかると思ったのだけど、ううん、難しい。
一旦出直そうかしら。
私もギルドの登録だけ済ませておこうかな、と思った時だった。
「今日はなかなかの戦果だったなー!」
「カインゼルがこんなに有能だと思わなかったよ」
「お前、聖祈師として実力十分なのになんでメシマズ食堂なんて開いていたんだ?」
鈴の音。背後の扉が開く音。
続けて、数人分の足音。振り返れば、そこには今まさにクエスト帰りの男たち。
ここに、麹菌に繋がる手がかりを持つ男がいるかもしれない……!!
素早く私は視線を走らせた。
和風、和風、和風の男……!!
「あれは違うんですよ!ちゃんとした食べ物です!私の故郷では、みんな食べてました!」
「揃いも揃って味覚音痴なのか?」
「喧嘩なら買いますよ!?」
高い声。低い視線。
つぶらな瞳。
紺の着物?いや違う。あれは、浴衣?に身を包んでいるのは──
女の子!
黒髪青目の女の子!
カインゼル、というからてっきり男かと思った。女の子なの!?
凝視しすぎたせいで、彼女とバチッと目が合った。
「?……どうかしましたか?」
声をかけられた。
「あの、その故郷の料理って、私も食べられますか?」
思わず、口走っていた。
故郷ではみんな食べていた、臭いのきつい、西欧人には受け入れられにくい食べ物?
もしかして……納豆!
お嬢ちゃんやめとけ、死ぬぞ、と周りの男からさんざん止められたが、私はカインゼルに拝み倒した。
「お願いします!食べさせてください。お礼なら、あ、ええと、お金なら払いますから!おいくらですか?銀貨二枚?三枚?」
「え?そっ、そんないらないですよっ。別に、食べたいならいいですけど……。文句言わないでくださいね?」
渋々、というより不安そうに?カインゼルは言った。
彼女に案内されたのは、彼女が借りているというアパートメントの一室。この一軒家には、部屋が三つあって、ほかの冒険者とルームシェアしてるのだそうだ。
カインゼルは、戸棚から皿を出し、それを調理台に置いた。その上で、呪文詠唱。
数秒して、慣れ親しんだ──この二十三年間、嗅いでこなかった懐かしい匂いがして、卒倒するかと思った。
私の反応をどう受けとったのか、カインゼルが困ったように眉を下げる。
「苦手なら、無理しなくても……」
「違いますわ!あの、いただいても?本当に?ありがとうございますいただきます」
今から、やっぱりダメですと言われても引き下がれる自信はなかった。食い意地が張っている?上等。私は米麹欲しさに世界津々浦々することすら厭わないわ。食への興味は人一倍あります。食事は大事。譲れない。
カインゼルは困った顔をしながら、皿を手にこっちにやってきた。
私の前のテーブルの上に皿が置かれる。
茶色い、豆。
粘ついた、豆。
粘液。白い発泡スチロールが似合いそう。
「は、はわ、はわわ……」
もはや言語は紡げなかった。はわわ。
「無理なら──」
「納豆!!」
カインゼルの言葉と、私の言葉が重なった。




