1.日本食が恋しい今日この頃
日本人として、食はやっぱり大事だと思う。
異世界に転生したけど、食べたいわよね?
和食。
というわけで実は、ずっと挑戦してきた。
米麹作りに。
十歳。
どうしても味噌汁が飲みたくなった。
味噌汁。日本人のソウルフードよね。
しかし困った。味噌がない。
味噌作りやってみる?ど素人の私が?
発酵させてるつもりがカビてたりしない?腐らない?いえ、まずは何事も挑戦。何事もやってみないことには始まらない。
味噌を作るには何はともあれ米が必要。
あと麹菌。
…………麹!!!!
大豆と塩は、まあ、代用できそうなものは探せばある。
だけど、麹。これは無理。本当に無理。
どこにいるの?
あなたは一体どこに?
そもそもこのオロラド国。
涼しい気候、低温低湿。
つまり、麹作りに死ぬほど向いてない。
十歳。
パンの白カビを採取して、麹代わりにする。
撃沈。三日三晩生死をさまよい、家族に泣かれた。
失敗。
十三歳。
米っぽいモドキを取り寄せて、蒸す。四十度で保管。二日後、なんかやばいものが出来上がっていた。色が青。匂いが納豆。
納豆は恋しいけどこういうことじゃない。
失敗。
十五歳。
イースト菌を麹菌代わりに使った。
ヨーグルトっぽい気泡混じりの何かが出来上がった。酸っぱい匂いがする。これは絶対味噌じゃない。
だけどもしかしたら味は味噌かも。一口味見した。吐いた。
失敗。
十七歳。
南国のシーズル国から、米もどきを発酵させて作った酒を使って、ふたたび味噌作りに挑んだ。結果、甘酒っぽい腐敗物ができた。甘いのに匂いは腐ってる。
失敗。
ここまで失敗を重ね、私は家族から厳命を受けた。
キッチンを実験場にするな、と。
シェフが泣くから、せめて腐敗物を生み出すな、とお兄様からの厳命である。
私も好きで食材を腐らせているわけではないのだけど、発酵と腐敗は紙一重。
そもそも、日本だって二千年の歴史を経て、あの形になったのだ。
ちょっと知識を聞きかじった程度の、ズブのド素人が数年費やしたところでできるはずがない。そもそも私、稲作経験もない。稲作経験があったら、米もどきを植えて、そこから稲こうじ病を見つけて、採取もできたかも。
あら?確かクズの根も有用だったはず。
いえでももうキッチンで腐敗物を生み出すなと厳命を受けたし……。
うう。私は泣く泣く日本食を諦めた。
味噌も醤油もお酢も納豆も恋しい。
だけどそれら全部、元は大豆と菌が必要になる。
麹菌。麹菌がこんなに恋しくなる日が来るとは思わなかった。
オロラド国の食事は美味しいけど、和食。醤油。醤油。醤油。
バター醤油。おろし醤油。ポン酢。恋しい。
海鮮系はポン酢一択。あ、バター醤油もいい。
ホタテもどぎが出てきても、白ワインで蒸されてバターと塩と油で丁寧に味付けされている。上品な味。美味しい。醤油が恋しい。
米麹を得るには、それ系のギフトが必要だわ。
十七歳、私は悟った。
そして、二十三歳、現在。
転生してから一度も和食を食べられてない。恋しい。
☆
ひとまず目下の目的は、オロラド国を出ること。
やはり西部に行って、そこから南下し、グンドウェル国を目指すことで満場一致し、今私たちは西側に向けて移動していた。
王太子殿下が馬を手配してくれて、私とキリアンはそれぞれ単独で騎馬。メイリンは馬に乗れないので、クレストが乗せる。
そのまま西に走らせれば、王都を出てすぐ隣の街、カシアミに着いた。
そこで、クレストの機嫌が超下降した。
「あのふたり、美男美女すぎない!?やだー、いいもの見ちゃった!」
「すっごい綺麗な顔してるわよね!あーん、お似合いすぎて何も言えない……」
「やっぱり美形同士って惹かれ合うのね」
……と、こんな感じでメイリンとキリアンがカップルのように扱われ始めた。メイリンの恋人はクレストなのだけど、影がうすすぎる。
私もひとのことは言えない造形なのだが、モブはモブ同士、影に徹しようじゃない、とはさすがに言えない。
私の目立つ髪は、手先が器用なメイリンが上手く編み込みにしてかくしてくれた。
それなので今の私は平凡極まりない顔面を晒すだけにとどまっている。
クレストは、不細工ではない。
だけど、取り立てて目立つわけでもない。
良く見れば、整っているな、と思うけど、周りからはやし立てられるタイプではないと思う。
本日の宿に入るなり、クレストが言った。
「明日から、キリアンとリアライドは、前を歩いて欲しい」
なるほど、クレストとメイリンは隣同士で歩くってことね。そうすればふたり並んでお似合い、とか言われないと考えてのことか。
クレストが複雑そうにする度にメイリンが困った顔をしていたのをしっていたので、もちろんその提案は呑んだ。
部屋は二部屋取った。
私とメイリン、クレストとキリアンの男女組だ。
部屋に入って荷物を下ろすと、メイリンが私に謝った。
「ごめんなさいリアライド。気を使わせてしまったわね」
「それくらいいいわよ。クレストの気持ちもわかるもの」
答えると、メイリンは苦笑した。
サイドテーブルの上に荷物を置いて、視線を下げる。
「私、クレストと話してくるわ。彼の優しさに甘えてばかりでいたくないから」
「わかった。でも、一応私たちはオロラド国から逃げている途中だから、派手な行動はしないようにね」
「わかったわ」
メイリンが出ていったあと、私も部屋を出ようか考える。
ひとまずグンドウェル国に行くつもりだけど、今後のことを考えるとケイラド国にも行っておきたい。
ケイラド国に行くなら、ウォーターサーバー……じゃなくて、聖力維持装置が必要になる。そういえばあれ、残骸をキリアンに渡したままだった。
どうなったか聞きに行こうかしら。
「ああ、それなら、俺も話があった」
キリアンの部屋を訪ねると、既にクレストはメイリンに連れ出された後のようで、キリアンひとりだった。
部屋に入るか聞かれたけど、ここは一応クレストの部屋でもある。
食堂に降りて、片隅で話をすることにした。
「ひとまず修復を試みてみた。形にはなったけど、これが元々決められたものなのか俺が余計な負荷をかけてしまってないか、確認して欲しい」
「修復……!?できたの?」
基盤は真っ二つに割れていた。
魔力動線も切れていた、はず。
それを繋ぎ合わせたの?外科医ばりの精度の高い技術を求められる。指先器用なのかしら。




