6.亡命
髪染めの手間が要らないと考えればコスパはいい。この髪にしようと思ったら美容院代いくらかかるかわからないものね。前世換算だと。
今世だと、こんなに綺麗に染めるのは多分無理。
これ以上切ってはベリーショートになってしまう。
いっそ刈る?坊主?七色の坊主になったらどうしよう。やめましょう。
布を何枚かと、石鹸と、干し肉に乾燥パン。
乾燥パンとは、パンにあってパンにあらず。
カロリー爆弾のパンを乾燥させ、ひらべったくしたものなので、城勤め御用達の限界食。
手軽にカロリーを得られるものね。このまま食べると歯がかける、というほど硬い。
食べる時はスープにひたすか、お湯で煮溶かして食べる。乾燥パンは乾飯のように小さいし、基本水で戻して食べることを前提とするので、見た目よりも量が多い。
旅のお供にはもってこいだ。味はまあ、それなりだけど。
水は水魔法で代用するとして、あとは丈夫な靴。
頑丈な靴を一足買って、布靴も一足買う。こっちは予備。
目立つ髪はどうしようもないので、フード付きワンピースを一着購入。薄手のワンピースなら、荷物を抑えられるのも高ポイント。夏が近くて良かった。冬にこの装備なら死んでたわ。
そこで日没が近づいてきたので、ギネーヴァの森に行く。
そこには、メイリンのほかに三人、顔見知りがいた。
「ええと……クレストがいるのは分かるわ。だけどどうしてキリアンと……王太子殿下がいらっしゃるの」
王家は、敵だ。
キリアンは置いておくとして、王太子殿下はなぜ?
眉を下げるメイリンを見る。メイリンは困惑しているように見えるけど、王太子殿下の登場に焦っている様子は見られない。
「どうして王太子殿下がいらっしゃるの」
「それは……」
オロオロするメイリンに変わって、キリアンが答えた。なんで貴方もいるの?
「俺が連れてきた。きみに、渡したい物があるって言うから」
「渡したいもの?」
そういえば、メイリンも私に渡したいものがある、って言ってたわね。だからここで落ち合う約束をしたのだ。
王太子殿下に向き直る。顔を合わせた回数はそんなに多くない。彼と会う時はいつもそばに国王陛下がいらっしゃったのもあって、あんまり印象にない。
変装なのか目深に帽子をかぶっている王太子殿下は、金髪に青の瞳。なるほど、キリアンの縁戚。
彼は私の前に進みでると、直角に頭を下げた。90度。
「……すまなかった、リアライド。父の暴挙、心より謝罪する。心ばかりだが、追っ手は差し向けず、関所も封鎖しないよう手配した。港も使えるはずだ。その間に、オロラド国を出て欲しい」
「王太子殿下は、私を捕えなくていいのですか?私は陛下を害しましたわ」
「あれは、父に非があった。国益を考えるならどうすべきか、わかっているはずだろうに……。父は悪手を踏んだのだ。結果、あなたはオロラド王家に見切りをつけてしまった。王が国の宝を逃がすなど、あってはならないことだ。父は王の器ではない。私はいずれ、父を倒す」
まさかの、王位簒奪?
「ええっと、陛下やフェアクロス公爵には腹が立っていますし、許せませんが、私は私のやり方で報復しています」
なぜなら陛下もろともぶっ飛ばしたもの。
普通に考えて不敬罪どころではない。
捕まったら死罪だ。覚悟の上よ。
「ですから、王太子殿下が私のために、という名目で陛下を失脚させようとするのなら、それはやめてください。私はお家騒動なんか望んでいませんわ」
「ありがとう。だけどこれはきっかけに過ぎないんだ。もうずっと、私は父が王にふさわしくないと思ってきた。だけど私は宥め、父をコントロールするどころか、父の気に触って、徐々に政治中枢から退けられてきた。リアライドのことは、確かに理由のひとつだけど最後の後押しでしかない。それだけが理由じゃないんだ」
父と息子で対立していたのね?それは知らなかった。
親があれだと、息子は苦労するでしょうね。
そういえば、陛下と対面する時、王太子殿下が同席されることも何回かあったけどあんまり口を出していたイメージがない。口を挟むなと厳命を受けていたのかもしれない。
「追っ手を差し向けないのは本当ですか?信じられる理由がありません」
嘘かもしれないし。
だけど、嘘ならここで私を捕まえている気がする。
「本当だ。とはいっても、きみは信じないだろうね。だから、これを渡しにきた」
王太子殿下はおもむろに、シャツの胸元に手を突っ込んだ。そのままスルスルと何かを辿るように取りだしたのは、チェーンネックレス……の先に繋がれた、指輪。
「これは王家の紋章が刻印されていて、これを見せればオロラド国内ならどこでも、咎められることなく通過することが出来る。これをきみに渡そう」
ええ?いらない……。
「これは、貴重なのではありませんか?」
「国宝のひとつだ。だけど、父はあの通りなひとだし、管理はずさん。ほぼ私の管理下にある状況だから、構わないよ」
国王陛下……。国宝が紛失しても気づかない体制はまずいなんてものじゃない。
「受け取ることはできませんわ」
「なぜ?」
「恐れ多いからです。私はただのリアライドになりました。平民が、こんな大それたものは持てません」
それに、なにが仕掛けられているかわからないものね。いざ使ってみたら騎士が寄ってきてはいお縄、ということも、有り得るのだ。
悪いけど、王家にはもう一切の信頼がない。
「そうか……贖罪の気持ちなのだが、それでも?」
「お気持ちだけちょうだいいたします」
「それなら、俺が預かろう」
そこで口を挟んだのはキリアンだった。
キリアンが、代わりに王太子殿下から指輪を受け取る。そう言えばなんでこのひともいるのかしら。
「王太子殿下の要件は理解したわ。キリアンはどうしてここにいるの?メイリンが声をかけたの?」
メイリンを見ると、彼女は首を横に振る。
「逆よ。私が声をかけられたの。キリアンに」
聖祈師は、身分を捨てないとなれない職業だ。権力が流れることを阻止するための対策らしい。
だから、みんな平民という扱い。キリアンも、公爵家を出ているので平民。私も、貴族の娘ではあるけど、聖祈師の職を得た以上、扱いは平民のそれ。
だからメイリンは、キリアンにも私にも、対等に接することができる。
「リアライドが亡命するなら彼もついていくって言うから……私と考えることは同じだと思って、連れてきたの。ごめんなさい、ダメだったかしら」
「は?ぼ、亡命?キリアン……ううん、それだけじゃないわ、メイリンも!?」
思わず、メイリンをまじまじと見てしまう。
改めて見れば、メイリンは旅装だった。クレストもだ。
「ええ、そうよ。今まで言わなかったけど、私とクレストはずっと、オロラド国を出ようと話していたわ。ただ、私はリアライドと離れたくないから、断っていたの」




