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黒曜の怪物  作者: あらまき


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9/16

協力者でなく、共犯者に


 大企業と関わること。

 それこそがユリウスがビビっている最大の要因である。

 もっと言えば、企業に所属すること。それは彼にとってなによりのリスクだった。


 渡された依頼は、どれも『JPIコーポ』への妨害工作。

 大企業への反抗。

 これを安全に達成しようとするならば、どうしても組織のバックアップが求められる。


 けれど、相手は三大メガコーポの一角。

 対抗できるのは、残り二つのどちらかだけ。

 つまり、そのどちらかに協力を打診すること。

 それが依頼達成の最低条件となる。


 そして当然のことだが……企業に助力を求めるような伝手もコネもなければ、差し出す賄賂さえない。

 だから必然的に、企業へ所属することになる。

 つまり、身売りだ。


 ユリウスは、簡単に死ぬことさえできない。

 もっと言えば、希少生物として死んだほうがましな目に遭う可能性が非常に高い。

 企業に所属することは、最大の懸念点であった。


「という感じだな。企業のケツが舐められりゃ終わる話なんだが、あいにく俺にゃその趣味はなくてね」

「品がない。とはいえ理解はできる。ユリウスにとって企業は絶対に関わりたくない天敵ということだろう」

「そうだな。正直、嬢ちゃんは助けたい、けれど、そこまでしたくはないってのが、悪いが本音でね」

「いや、十分良くしてもらっている。正直どこで裏切られても、私は君を恨まないよ。だが……ふむ」

 フィーナはどこか考え込むような仕草を見せた後、小さく頷いた。


「それだけなら、何とかなるかもしれん」

「……本当か?」

「つまりオーダーは、残り二つのメガコーポに関わることなく、それでいて十分なバックアップを受け依頼を達成する。ということだろ?」

「そうだな。ただ、どっちかと言えば依頼を達成した後の方が問題なんだ」

「つまり?」

「もみ消しに失敗したら、即JPIコーポと敵対だ。怖いぞ、あそこは。あらゆる場所から装甲車が突っ込んできて、空からヘリの群れが襲ってくる」

「もみ消しの方が本題か。それでもまあ、たぶん何とかなるな」

「……他の奴なら信じないが、嬢ちゃんの場合マジで名探偵だからなぁ」

「ふふ、信じてくれて構わないよ。とはいえ、それなりにリスクは背負うが」

「そりゃ当然だ。何をすればいいか教えてくれ」

「いや、そうじゃない。確かに迷惑はかけるだろうが、違うんだ」

「ん? 何が?」

「リスクを背負うのは――私だ」

 そう、フィーナは告げた。


「嬢ちゃん、あんたは……」

「わかっている。その上で、私から言えることはたった一つだ。『信じて欲しい』」

 ユリウスは困った顔でフィーナを見る。

 彼女の目は、まっすぐこちらを向いていた。


 この街では決して見ることが叶わない程、まっすぐに。

 その後、フィーナは自らの考えた作戦を彼に伝え、二人で納得いくまで話を詰めた。




 吸血鬼の衝動が起きやすい夜を避けてから翌日の朝、二人は情報屋ベロニカの元に向かった。

 昨日と違う暗号を聞き、違うエレベーターに乗り、そして前回と同じベロニカの秘密基地に彼らはたどり着く。


 迎える彼女は、紫色の煙を吹かすパイプを口に、恍惚とした表情を浮かべている。

 ユリウスはその辺にあったコップを持ち、ベロニカに水をぶっかけた。

「嬢ちゃんに悪影響だ」

「あらひどい。こんなに濡れちゃったわ」

 そう言って、衣服をさらに密着させ自分の肉体をアピールして、くすくすと笑う。

 それにユリウスが反応しないのを見て、表情は苦笑いに変わった。


「それで、答えは出たかしら? お二人さん」

 タオルで顔を拭きながら、ベロニカは尋ねる。

 ユリウスとフィーナは頷き合い、フィーナはフードとしていたマントをずらし、隠していた頭部を露わにした。


「あら? 隠れるのはもういいの? 名探偵の『ソフィア・エヴァンジェリン・フランチェスカ』さん」

「ふむ? 誰のことかね、それは。私は『フィーナ』。ちょっとだけ人より頭がいいだけの、ただの小娘に過ぎないよ」

「……自己紹介ありがとう、フィーナちゃん。私はベロニカ。そこのユリウスとただならぬ関係の、ただの女よ」

「了解したよ、ベロニカ。()()()()が世話になったね。さあ、それではさっそく商談の話をしよう」

 微笑を浮かべ、フィーナはベロニカの傍に寄る。


 これが、フィーナの背負うべきリスク。

 失礼な話だが、ユリウスは交渉があまりにも下手くそだった。


 探りを入れてくるベロニカ相手に、ただ拒絶しながら要求を突きつけるだけ。

 それでうまく行くわけがない。

 それでは、届かない。

 望む未来を引き寄せるには、ベロニカ自身に協力してもらう必要があるだから。

 もっと言えば、その気にさせる必要が。


「お手柔らかにね、フィーナちゃん」

「こちらこそ。それでさっそくだが、幾つか確認したい。まず、この三つは他企業からの依頼で間違いないかな?」

「ノーコメントよ」

「情報屋としての矜持か」

「いいえ、単に命が惜しいだけ」

「そうか。なら問いを変えよう。ベロニカ、もし私達が依頼を請け失敗した場合、君としても好ましくない状況となると思って構わないかな?」

「ええもちろん。私たちは一蓮托生よ」

 そうベロニカが言った瞬間……。


「嘘だ。そいつがそんな殊勝な心掛けをする奴じゃない」

 ユリウスはそう、口を挟んだ。


「だ、そうだが。反論はあるかね?」

「……ないわよ。一蓮托生は言い過ぎたけど、まあ私も多少は危ない橋を渡ることになるのは事実よ」

 フィーナはちらっとユリウスを見る。

 ユリウスが頷いたのを確認し、話を進めた。


「多少……ね。ふむ。それならば、まあそれなりには協力はしてくれると思って良いかな?」

「もちろんよ。大した稼ぎにはならないけど、企業との伝手が手に入るわけだし」

「おや。それはおかしい話だ。君のような優秀な情報屋が、企業との伝手がないわけがない。繋がりが深くなるの間違いではないかい?」

「…………面倒ね。そんなことどうでもいいじゃない」

「いや、実はよくないんだ。むしろここが重要な部分と言ってもいいかもしれないね」

「……どうしてよ。話してみなさい」


 にやりと、フィーナは笑う。

 完全にペースをつかみ、自分の計画にベロニカを巻き込んでいた。


(探偵というより、詐欺師だなこりゃ)

 ユリウスは語る様子のフィーナを見て苦笑する。

 外見は可愛らしい少女なのだが、やっていることは誘導や煽動に等しい。

 しかも、明らかに手馴れている。

 外の世界もどうやら、ただ平和なだけではないようだ。




 交渉は最後まで、フィーナ優位に進んだ。

 純粋な話術に加え、数秒沈黙するフリをしてその間に思考にダイブし、情報を処理して流れを手放さなかったいたことが大きいだろう。

 あまりに一方的だったから、最後の方にはベロニカは作り笑いさえ出来ず、唖然に近い無表情となっていた。


 とはいえ、もし、ベロニカがフィーナの特性が情報処理であったと知っていれば、こうはならなかったはずだ。

 純粋な話術はフィーナの方が優れていても、詐術に関しては圧倒的にベロニカが上だった。

 だからこれは、単純な情報差。

 ベロニカがフィーナの能力に気づかないまま、交渉は締結する。


 そして結局、ベロニカは彼らに対し最大限支援することとなってしまっていた。

 

 その一環として――。


 パン、パンと、乾いた音が響く。

 先ほどまでの部屋から階段で降りた先の、射撃訓練場。

 そこで、フィーナが拳銃を持ち、的に向かって一心不乱に弾丸を浴びせていた。


 自分の身を護るためと、いざという時のために。

 フィーナの真剣な訓練の様子を、ユリウスとベロニカは遠目に眺めていた。


「随分と良い相棒を拾ったわね、貴方」

 嫌味混じりの皮肉は、敗北を認めた証左だろう。


 ベロニカにとって、ユリウスという男は商売相手としては非常にありがたい存在だった。

 もっとはっきり言えば、バカなカモだった。

 わけがわからないくらいに金払いが良くて、これまでどれほどぼったくったかわかったものじゃない。


 その苦手な交渉ごとが、彼女によって埋められた。

 少なくとも、交渉というジャンルにおいてはフィーナちゃんなんて馬鹿にすることはない。

 彼女は、企業側と思った方が良いだけの知性を持っている。


 それだけじゃない。

 今回の作戦を彼女が立案したのなら、策略家としても一流。

 同時に、今の射撃訓練の結果もそれなりに安定している。


 頭脳面で優れながらも、ある程度何でもそつなくこなせる天才肌。

 肉体面だけが妙に優れているユリウスのパートナーとして見れば、これ以上ないほどだとベロニカは思えた。


「いや、相棒でも何でもない」

「あらそうなの? じゃあ恋人? 貴方、随分と趣旨替えしたのね」

「いいや、変わってないぞ。俺の恋人にするにはちょっとばかり胸も尻も背も足りてないな」

「そうね。私の身体でも物足りないなんて贅沢を口にするくらいだものね」

「ああ。あんたのケツがもう少しでかかったら惚れてたかもな」

「紹介してあげましょうか? 貴方好みの体つきの女」

「魅力的な提案だが遠慮しておくよ。……おいおいどうした嬢ちゃん。今回は妙にスコアが悪いぞ? 集中力切れたか?」

 銃を構えながら、フィーナはぷるぷると顔を赤くしたまま震えていた。


「あんたらの品性の欠片もない会話のせいよ!」

「こんなのはこっちじゃ軽口だ。気にするな」

「気にするわよ! それに、誰の身体が足りてないって? あんたら私の手に持ってるものが何かわかって言ってる?」

 ユリウスとベロニカは顔を見合わせ苦笑し、二人で両手を上げ降参を示す。


 ちょっとだけ揶揄い過ぎたと、二人は内心でこっそり反省した。


「まあ、それはもう良いとして……ユリウス。ちょっと手本見せてくれないだろうか。どうも伸びが悪くなってきた」

 フィーナに言われ、ユリウスはフィーナのこれまでの記録を見る。

 最後はボロボロだったが、それ以外はコンスタントに集中力を維持できていた。

「アベレージで八割も心臓狙いを維持できてたら十分じゃないか?」

「思ったよりもできたとは思うが、慢心できる状況ではないだろう。頼むよ」

 ユリウスは無言で後頭部を掻く。

 その様子を見て、ベロニカはくすくすと微笑んだ。


「やってあげたら良いじゃない。お手本」

 小さく溜息を吐き、ユリウスはフィーナに手を差し出す。

 その手に、フィーナの持っていた拳銃が握られた。


 女性向けの、口径の小さな護身用の拳銃は、ユリウスの手には少しばかり小さく映っていた。


 ユリウスは慣れた手つきでマガジンを排出し、テーブルの新しいマガジンに拳銃を叩きつけるようにして装填。

 スライドストッパーを下ろし、構える。


 ほぉ……と、感嘆の声をフィーナは漏らす。

 なかなかに様になっている。

 その光景は、まるで映画に出てくる暗殺者のようでさえもあった。


 片手でまっすぐと的を見据え――マズルフラッシュと衝撃が走る。

 フィーナが苦労したはずの反動を軽々と抑え、ユリウスは連射し、一瞬のうちにマガジン分を撃ち尽くした。


 驚きながらもフィーナはスコアを確認し……目を丸く見開く。


 スコア――ゼロ。

 一発たりとも、的に当たっていなかった。


「……計器の故障か?」

 フィーナの言葉に、ついに我慢できずベロニカは腹を抱えて笑う。

 撃ち尽くした拳銃を片手に、ユリウスはバツの悪そうな顔をしていて……そこでようやく、これが大真面目な結果であるとフィーナも理解した。


ありがとうございました。

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