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黒曜の怪物  作者: あらまき


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8/16

滅びが定められているからこそ


 怪物とは、何か。


 その明確な答えを、人類サイドが答えるのは非常に難しい。

 科学に解明しきれぬ異形、昔から潜む神秘。

 人とは明確に異なり、されど交わることのある種族。

 それらの言葉は、きっとすべて正しいだろう。

 だが、そのどれもが適切な正解と呼ぶには至らない。


 けれど、怪物という当事者であるユリウスなら、その問いに対し簡潔に答えられる。

 ユリウスにとって、怪物と呼ばれる条件は、たった二つしかない。


【人類の敵対者】

【破滅に至る敗北者】

 たったこの二つ。


 化物、魔物、悪魔、デーモン、妖怪等々。

 怪物と呼ばれた存在は、遥か昔より人類と共にあった。

 けれど今はその大半が絶滅し、残り僅かもこのアルハンゲルの、それも混沌街にて惨めに人の目を避け、隠れながら生きている。


 そう――怪物と呼ばれる神秘はもう、アルハンゲルにしか存在していない。

 人類に敗北し、駆逐され、彼らの逃げ場はこのゴミ捨て場くらいなもの。

 それくらい、人類との格付けは終わっている。


 人よりも強大で、理不尽で、未知。

 それは正しい。

 だが、それは人の強みは個人能力ではない。


 現状は、人狼ゲームで例えたなら、わかりやすいだろう。

 人よりも強大な力を持つから、人狼は最強と呼べるのか?

 いいや、そんなことはない。

 あくまでそれは、条件次第。


 そして今怪物を取り巻く状況は、人狼一匹に対し人間は千人を超える。


 ゲームとして成立するはずもない。

 どうしようもなく、終わっている。

 タスマニアタイガーのように、エゾオオカミのように、人類にとって怪物は狩りの対象に過ぎない。


 もはや彼らに許されているのは、滅亡までのロスタイムを楽しむことくらいなもの。

 そのくらいまで、怪物は追い込まれている。


 当然、ユリウスもそのうちの一匹に過ぎない。

 滅びが定められているからこそ、終わりまで穏やかな日々を過ごしたい。

 それこそがユリウスの怠惰の根源。


 だからこそ……ここが限界、分水嶺。

 企業に関わるということは、ユリウスがこの混沌街で平穏に生きられるデッドラインを大きく超えていた。




 自宅に戻ってから、ユリウスはいつものように冷蔵庫を開け、パックのミルクに直接口を付けて飲む。

 いつものことで、完全にルーチン化した行動だった。

 その後で、ユリウスは同行者の存在を思い出し、パックを置き、コップを用意して水を注ごうとした。


「その飲んでいるのは、アルコールか何かかね?」

「いいや、何の変哲もないただのミルクだよ」

 そう、ユリウスは答える。


 ここで二人の間に一つ、情報の齟齬が発生している。


 ユリウスは、フィーナのためにコップで水を用意しようとした。

 フィーナはそれに気づかず、ユリウスがミルクを飲むのを恨めしそうに見ていた。


 そう……ユリウスは、フィーナが想像以上に喉が渇いていたことに、気づいていなかった


 水をそそぐユリウスの背後から、ばちゃっと液体が零れる音が聞こえ、首を動かすと、床に零れた白い液体が見えた。


 まさかと思い、嫌な予感がして、背後を向く。

 そして……喉と口元を押さえるフィーナの姿を見た。


「嬢ちゃん!?」

 慌てて駆け寄るも、既に手遅れ。

 フィーナの口元にはミルクが滴り、そして瞳は爛々と、深紅に輝いていた。


 幾つかの食材は、吸血鬼化の進行速度を早める。

 その中でも、成分が血に近い牛乳は特に不味い。

 不安にさせまいと変に気を利かせて伝えなかったことが、完全に裏目となっていた。


 フィーナは口元を大きく開き、ユリウスに襲い掛かる。

 その両肩を逃がさないように掴み、鋭く、爪を深く食い込ませながら。


「……やべっ」

 ユリウスはフィーナの爪に滴る自分の血を見て自分の失態に気づき、己の両肩に手を置きながらフィーナの腕を動かさないよう固定した。


 その間もフィーナはユリウスの首元に噛みつこうと暴れるも、ユリウスは足と首の動きで何とか退ける。


 やらかした。

 ミルクを飲ませること以上に、傷を作ってしまったのがまずい。

 この場において最悪は、自分の血をフィーナが取り込むこと。


 人間の血であった場合でさえ、吸血鬼化が一気に進行してしまうのだが、ユリウスの場合はそれどころでは済まない。

 ユリウスは人間ではない。どこまでいっても怪物だ。

 そんな血を吸血鬼化している彼女が取り込めばどうなるか、ユリウスにさえ想像出来なかった。


 がんっ、がんっと何度も頭突きのように頭をぶつけながら、鋭く伸びた犬歯を向けてくる。

 フィーナは意識を失った狂乱の中、吸血衝動にのみ取りつかれて暴れていた。


 壁に追い込まれ、腰を下ろし、防戦一方の状態を維持するのがやっと。

 フィーナを傷つけないように行動しようとすれば、ありとあらゆる手段が封じられる。

 人間という種族は、あまりにも脆い。


 すべて最初のミスの所為。

 下手に傷を作ってしまった所為で、耐えることしかユリウスにはできなくなっていた。




 フィーナが意識を取り戻したのは、それから一時間程経過してから。

 瞳の輝きが消え、犬歯が小さくなり、腕の力が弱くなり……フィーナは「あれ?」と、寝起きのような反応を見せた。

「おはよう、嬢ちゃん。いい夢見れたかな?」

「いや……これは……血、血が!? 大丈夫かユリウス!?」

「んー? 血を見てそれなら、もう大丈夫そうだな。とはいえ、一応は手を洗っておいてくれ。石鹸を使って、ちゃんとな」

 立ち上がり、微笑みながらユリウスはそう呟いて、上半身を脱ぐ。


 フィーナには驚いたり、恥ずかしがる余裕さえない。

 彼の肩に己の指が食い込み生じた傷は、想像以上に深かった。


「……すまない。意識はないが、わかっている。私がやったんだろう? ……手に感触が残っているんだ」

「大したことないからあんま気にしなくてもいいよ。それより、真面目に手を洗ってくれ」

 妙に真剣な様子だったから、フィーナは首を傾げながらも丁寧に手を洗う。

 指の間に挟まった肉を落とし、その血を拭うように。

 拭えない罪悪感を抱えながら、丁寧に、丁寧に。


 不思議なことに、肉も、血も、まるで最初からなかったかのように、臭いさえ残らず綺麗に消え失せていた。

 そして、戻ってきた時にはユリウスに付けた、肩の傷さえも。




 改めて、ユリウスは二つの事実をフィーナに開示した。

 一つは、一部の食材を摂取すると吸血鬼化が加速し、吸血衝動に襲われるということ。

 そしてもう一つは、たとえ食材に気を付けても、時間経過と共に吸血衝動の発作の頻度は増えていき、最終的には発作から戻らず吸血鬼になるということ。


 完全に吸血鬼となる前に、親を殺す。

 それだけが、ユリウスが知るこの状態の打開策であった。


 それらを聞き、フィーナはユリウスを見つめた。

「それで、他には?」

「いや、それだけだが?」

「……なら、こう聞いた方がいいか? これだけ厄介な状態である私を見捨てていない理由は何だ?」

 ぴくりと、ユリウスは反応する。

 フィーナだって馬鹿じゃない。


 ユリウスの態度や表情だけで、これ以上協力できないことは理解できている。

 その上で、どうしてまだ見捨てていないのかという質問を、彼の真意を聞くため端的に投げていた。


「企業と敵対することが恐ろしいことは、外部の私だってわかっている。アルハンゲルの三大企業以上に、この世界で恐ろしい存在はいないと言っても過言ではない。そうなると……今の君がすべき選択は二つだ。私を売るか、私を見捨てるか。……あと腐れなく殺すというのもあったな、ここには」

 ユリウスは怒鳴ろうとするも、何も言えなかった。

 それらは、最初から最後まで、事実でしかない。


 むしろ、それを知りたいのはユリウスの方だった。

 何故この状況で、彼女を見捨てていないのか自分だってわからない。


 後味が悪いというのはある。

 けれど、それだけではない。

 たぶんだが、最初の印象が最悪だったせいだ。


 息子を思い出して、助けてしまったことが。


「本音を言えば、助けてほしい。貞操でも何でも捧げる。どんな屈辱も甘んじて受ける。今の私には、君しかいない。それでも……それが無茶なことくらいは、わかっているつもりだ」

 諦めたような顔で、フィーナは弱弱しい笑みを浮かべた。


 ユリウスは後頭部を掻きながら、その様子をただじっと見つめる。


『その通りだから、出ていってくれ』

 それだけの言葉が、ユリウスには口にできなかった。


 言え。

 すぐに言え。

 お前は何かあればすぐに死ぬことができる人間とは違う。

 実験生物となり、何百年も苦しむことになる。

 昔のように。

 だから……。


「――も、もしかして……私に、好意があるのか?」

 少し頬を赤らめ、フィーナは上目遣いで尋ねる。


 その言葉を聞いて……ユリウスは、とうとう、我慢できなくなった。

「ぷっ……ぶはははははは! その外見でか? あははは! 嬢ちゃん、ギャグのセンスあるよ! あははははははは!」

 空気をぶち壊すほどの本気の笑いに、フィーナは微笑む。

 けれどその目は笑っておらず、憎たらしげに、げしっと足を蹴った。


「いってぇ!」

「すまないな。フィーナちゃんだから足癖が悪いんだ」

 そう言って腕を組み、そっぽを向いた。


 ユリウスは苦笑しながら、懐から()()を取り出した。

「嬢ちゃん。こいつを見てくれ」

 横目で、ユリウスが手に持つ物の正体を見る。


 それは、古ぼけたコインだった。


「それがどうしたんだ?」

「表が出たら、協力してやる。ただし裏ならここまでだ。どうする?」

 そう言われながら、フィーナはコインを受け取った。


 その直後、躊躇うことさえもなく、コインを指で弾く。

 キィンと、心地良い音を鳴らしながら、コインが宙に舞った。


「ちょっ!? 判断早くない!?」

「言っただろう。縋るなら何でもすると。運否天賦に頼るなら、早い方がいい」

 高く舞い上がったコインは、天井に当たる前にぴたりと止まる。


 そしてゆっくりと自由落下をはじめ――。

 ぱしっと、ユリウスはその手でコインを掴んだ。


「……ユリウス? それでは結果がわからないんだが?」

 バツの悪そうな顔で、ユリウスは首を横に振った。


「いや、すまん。正直、ビビった」

 ためらうことなく決断するフィーナと違い、ユリウスは、その結果を見る心構えが出来ていなかった。


「じゃあ、どうするんだ?」

 ユリウスは後頭部を掻く。

 それがわからないから、こんなに困っているし、苦しんでいる。


 けれど、もしもさっきのコインで裏が出ていたら……。

 そう思うと、怖くなったのは事実だった。

 表が出て、協力するよりも、確かにユリウスは裏を恐れていた。


「……もう少し話そう。どうすればいいか、どこまで俺が協力できるのか。そして……嬢ちゃんに何ができるかを」

「それは良いアイディアだ。議論を進めるのは得意だ。運否天賦よりよほどな」

 嫌味っぽく言って、フィーナは狐のような笑みをユリウスに向ける。


 ユリウスはやれやれと溜息を吐き、両手を挙げて降参のポーズをとる。

 これは息子だけが理由じゃあないだろう。

 どうやら……怪物らしくないことに、情に絆されてしまったらしい。


ありがとうございました。

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