【Justex Power Infrastructure Corporation】
「それで……ご用件は何かしら? 子供が大好きなユリウス君」
ちょっとふてくされた顔で、嫌味っぽくベロニカは尋ねた。
ベロニカにとってユリウスは間違いなく面倒な客である。
けれど同時に、宝箱でもあった。
なにせこいつは、何があってもまるで死ぬ気配がない。
最初に出会ったのは、大体二年くらい前だろうか。
今と同じように飄々とした態度で、良くも悪くも混沌街らしくない。
だから、どうせすぐ死ぬと思っていた。
だというのに、気づけばこれだけの長い付き合いである。
昨夜だってバイト先がスプラッターハウスになって、柄にもなくベロニカは心配していたというのに、張本人はまるで何事もなかったかのように平然としてやがる。
こいつの武器は、強さは、一体何だ。
【正体不明】
それがユリウスの持つ最大の強みであり、そして魅力。
ベロニカがその強みを暴き、曝け出させたいと思うのは、ただ情報屋としての職業意識からだけではなかった。
「探して欲しい奴がいる。金に糸目は付けん」
ユリウスは端的に、そう告げた。
お前の情報網で、人を探せと。
「……へぇ。私相手にそんな言葉言っても良いのかしら?」
「構わん。お前の人となりは道に落ちたクソ以下だが、取引相手としちゃ極上だ。そこだけは、信用している」
「まあ酷い、こんな美女を捕まえて。探偵ちゃんもそう思うでしょ? ……あらん、寂しい」
無反応のフィーナを見て、ベロニカはそっと泣く真似を見せた。
なんとなくだが、フィーナにもベロニカの人となりが見えてきた。
ユリウスが、どうしてここまで緊張状態を維持しているのかも含めて。
彼女、ベロニカはこの混沌街で、絶世の美女で居続けられるだけの化物である。
さらに言えば、混沌街から這い出る能力がありながらそこにいる性格破綻者でもある。
つまるところ、怪物ならずとも化物の類と見て間違いはないだろう。
「それで、請けるのかどうか早く言え」
「せっかちねぇ。前戯のない男は嫌われるわよ? 教えてあげましょうか? 丁寧に……手取り足取り……ねぇ?」
「はぁ……。貴様とヤるくらいなら、そこらへんの男の方がまだマシだ」
「ふむ、それはそれで見てみたいわね……」
ちょっとだけ、その言葉を口にした時のベロニカの表情は本気っぽかった。
「下らん戯言は良いから答えろ。依頼を請けるのか、断るのか」
呆れ顔のユリウスに、ベロニカはケラケラと笑い、頷いた。
「ま、良いわよ。高くぼってあげるから、誰を探してるか教えて頂戴」
「くそったれな血吸い蝙蝠だ。昨日この地区に来てた奴全員を教えてくれ。数ごとに報酬を増してやる」
「は? 冗談……じゃ、ないわよね? そんなロートルな生き物、どいつもとうに絶滅してるでしょ……。人狼しかり、雪女しかり」
「俺もそう思ったんだがな、俺に、喧嘩売ってきやがったんだよ」
「はぁ……なんで?」
「知るか。それで、探せるか無理なのか早く教えろ」
「……ちょっと待ってなさい。その前に、答えたくないなら答えなくても良いけど、見つけてどうするの?」
「喧嘩を売ってきたと言っただろ? それをこの街で聞く意味があるのか?」
「じゃあ質問を変えるわ。仮に見つかったとして、あんた、怪物を殺せるだけの戦力に当てはあるの? 警察でも、大企業の犬でもないあんたが」
その言葉に、ユリウスは答えない。
代わりに、獰猛かつ不遜な笑みを見せた。
それは、どんな言葉よりも明確な、彼の答えであった。
「……五分だけ待ってなさい。コーヒーでも……いや、ミルクでも飲んで」
そう言って、ベロニカは部屋の隅にあるモニターの傍まで向かい、バッグからキーボードを取り出し、コンソール操作を始めた。
ちょんちょんと、フィーナはユリウスの袖を引っ張る。
そして言葉の代わりに、背中に文字を書いた。
「どうしてミルクなんだい? もしかして、ここのコーヒーは泥水だったりするのか?」
フィーナの問いを聞き、ユリウスは非常に渋い顔を見せる。
そして、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「コーヒーは嫌いなんだよ」
バツの悪そうに大の男が呟く姿が妙に面白くて、フィーナは吹き出しそうになるのを堪えるのに大変だった。
ベロニカがモニターから離れたのは、それから十五分も後のこと。
そして、その表情が苦虫を噛み潰したようだったから、結果があまり芳しくないことが察せられた。
「……個人的にも、非常に不服な結果になってしまったわ。……ああ。本当に不服よ。この状況で、あんたから金銭をせびれないなんて……」
「御託はいい。結果を話せ」
ベロニカは、ユリウスに三枚のカードを見せた。
「どれでもいいから、この三つの依頼のうち一つを達成して頂戴。それが、金銭代わりの条件よ」
ユリウスは怪訝な表情で、深紅のリップマークが入った妙に生々しい依頼カードを受け取る。
そして、内容を見てからユリウスは顔を顰めた。
「これっ……お前……ふざけてるのか?」
「いいえ、残念ながら大真面目なの。怒りはわかるけど、理由を話させてくれないかしら?」
「聞かせてもらおう。納得できなかったら、もう二度と貴様とは関わらん」
「……そこの所属みたいなのよ。あなたのお探しのバットマンが。……これでも本当に頑張ったのよ? あなたの身ぐるみを剥ぐために。つまり、これが正真正銘の精いっぱいなの」
残念なことに、ベロニカの言葉に疑いを向ける余地はない。
そもそも、ほんの数分で吸血鬼の所在を暴き出し、その上でこの結論なのだから、それはもう彼女がどうこうできる範疇を超えていた。
フィーナはユリウスの腕を掴み、カードを横から覗き見る。
『JPIコーポの拠点を制圧しろ』
『JPIコーポの作戦を妨害しろ』
『JPIコーポの要人を殺害しろ』
タイトルはそうなっており、内容は細かい場所や時間などが指定されていた。
詳しいことはわからない。
けれど、それが相当の無茶であるということは理解できた。
なにせ、『JPIコーポ』というのは、このアルハンゲルを支配する三つの大企業の一つなのだから。
【Justex Power Infrastructure Corporation】
愛と正義をモットーにした、機械工業系大企業。
まあ、当然の嘘だけど。
主力産業は軍事。
大型の車両やヘリから個人所有の武装など、アルハンゲル内での兵器に関わることはすべてここが受け持っていると思っても良い。
有名どころで言えば、身体能力向上用の小型パワーアーマーや携帯可能なレーザーライフルなどだろう。
他の企業と異なり人体実験や快楽殺人など非道な行いはしない。
けれどそれはここがまともだからというわけではない。
JPIコーポにとって、人とは『人的資源』を表す。
だから、無駄なく奴隷として使いつぶすのがここのモットー。
総じて、ステレオタイプのくそったれ大企業である。
「……一旦持ち帰る。いいな?」
ユリウスの言葉にベロニカは微笑を浮かべ、小さく頷く。
「構わないけど、四十時間以内に答えをお願いね。依頼の期限があるから」
「わかっている」
憎たらしげに、ユリウスは返した。
「じゃあね。愛しのユリウスに探偵ちゃん。また私に会いに来てね」
ちゅっと投げキッスを避けるように、ユリウスはフィーナの腕を掴み、エレベーターに戻る。
エレベーターは一階に止まり、そのまま二人はユリウスの自宅にまっすぐ帰った。
ありがとうございました。




