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黒曜の怪物  作者: あらまき


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情報屋へ行こう


 外の景色を見た瞬間、あまりの汚さにフィーナは顔を顰めた。


 どこもかしこも直す気の見えない朽ちた金属の建造物ばかり。

 しかも、赤やら黒やら言葉にさえしたくない汚れで満ちている。


 見渡す限り、人々に覇気はない。

 やる気なく座りぼーっとしているか、ふらふらとしながら歩くだけ。

 チンピラのようなおらついた存在さえ、そこにはいなかった。


「油断するなよ。無害な奴なんてここにゃいない」

 そう、ユリウスは耳元でささやく。


 油断した奴から奪う。

 そんなこと、ここでは呼吸と変わらない。


 ぶるっと、フィーナは身体を震わせる。

 アルハンゲルは、肌を突き刺すような寒さをしていた。




 しばらく歩き、妙になまめかしい色のネオンが輝く看板の前に出た。

 その品のなさは、まるでストリップ小屋のよう。


 その中に、ユリウスは当たり前のように入っていった。

「……私を売らないって、信じてるぞ。ユリウス」

 フィーナは小さな声で呟き、服の袖を掴む。

「安心しろ。そういうところじゃない。ただ……できるだけ、煙は吸うな」

 その言葉の意味がすぐにはわからなかった。

 けれど、建物の中に入った瞬間理解した。


 立ち込める霧のような煙は、フィーナが外の世界で吸っていたものとは明らかに異なる。

 とろけるように甘く、それでいて刺激的。

 それはどう考えても、身体に害をなすタイプのものだ。


 フィーナはマントの下で口元を深く服に埋もれさせた。


 遠くで激しい音楽の音と、人々の狂乱の声が聞こえる。

 そして、ねばっこい液体のような音や、何かを叩くような音も。


 入口の奥に、受付の女性が一人でいた。

 ドレッドヘアーに入れ墨の入った若い女性は、フィーナが見てきた外の人たちと違い、薄汚れていない上に妙に覇気がある。

 そして同時に、その理由も明白。


 彼女の右腕は、むき出しの骨のような形状の金属となっていた。

 一目でわかる、安物の機械義肢。

 それでも、人間なんて軽くすり潰す程度の腕力はあるだろう。

 そしてその腕だけで、彼女はこの混沌街で一握りに分類される。

 正しくは、その高価な腕を活用し奪われずにいる事実が……だが。


「要件は?」

 酒を片手に、彼女はユリウスに尋ねる。

 ユリウスは答えの代わりに、一枚の名刺を投げた。


 名刺を手に持ち見てから、彼女は口笛を吹き、上り階段を指差した。


「やるじゃねぇか色男。情けない面と違って股間は六連マグナムってか? ははっ! ま、腰いわすから三発程度にしてやってくれや」

 げらげら笑いながら言う彼女を無視し、ユリウスはフィーナの手を引き、上り階段を進んだ。


 無言のまま、階段を上っていく。

 二階、三階、四階と。

「随分と、品のない女性だったな。いや、ああいうものか。この街は」

「嬢ちゃんには刺激が強かったかな?」

「まさか。ただ、下劣に感じただけだ」

「そうか。なら安心しろ。ただの暗号だ」

「ほぅ?」

 ユリウスは六階の入り口で止まる。


 この時には、フィーナは既に違和感を覚え、その理由について考察していた。

 なにしろこの建造物は、外から見る限り平たい。

 四階どころか三階さえ怪しいくらいに。


 六階に相当する位置のエレベーターに入り、三階を押す。

 それが、受付の言葉の本当の意味だった。


 直後、エレベーターはガコンと大きく揺れ、急降下。

 三階どころか地下さえぶっちぎり、そして止まる。


 開かれた先は、一面鈍い灰色の世界だった。


 床も、壁も、天井も、すべてが工場のようなチェッカープレートで包まれている。

 むき出しの電球も合わさり、まるで古臭い工場のよう。


 その奥に、女性が立っていた。


 大人しい紫の髪で、はっきりとした顔立ち。

 表情は妙に艶めかしく、グラマラスな肉体は男性をそそらせる。

 水着に等しいビキニの上半身に短いショートパンツという、非常に露出の多い姿もそれを加速させているだろう。


 女性であるフィーナでさえ、生唾を思わず飲んでしまう。

 妖艶というよりも、蠱惑。

 フィーナが彼女を見た初印象は、『人を喰らう蜘蛛のよう』だった。


 彼女は微笑を浮かべ、彼らを見た。

「ふふ……随分と面白いことになってるわね。愛しのユリウス」

「そっちも相変わらずだな。麗しの耳年増」

「まあ、なんて失礼な。そう思わない? そこの……名探偵ちゃん?」

 にやりとした笑みで、彼女はフィーナに話しかけた。


 マントをフード代わりにして顔を出していない。

 そもそも、フィーナが混沌街に来てまだ一晩で、その大半もユリウスが匿い姿を隠している。

 それなのに、彼女はフィーナを知っていた。


 フィーナは答えず、無言のまま。

 その様子を見て、彼女は「やれやれ」と苦笑する。

「残念。子猫ちゃんには嫌われちゃったみたい」

「けばかったんだろ」

「本当……失礼ね、あんた」

 彼女はジト目でユリウスを睨んだ。




 彼女の名前は『ベロニカ』。

 当然、偽名であり、本名や経歴は不明。

 

 ユリウスとのつながりは、たった一点である。

 客と、情報屋。


 それ以上でもそれ以下でもなく、そして決して親しくして良い間柄でもない。

 むしろ、ユリウスにとっては限りなく敵に近い。


 怪物である彼にとって、情報を扱い、売るようなタイプの人間は、文字通りの天敵である。


 それでも頼らずにはいられないから、ユリウスはフィーナに、ベロニカに対したった一つだけ条件を課した。

【決して口を開くな】

 フィーナの態度で、ユリウスの正体が露見するのは確かに致命的だろう。

 だが問題はそれだけではない。

 フィーナが吸血鬼化しかかっていることまで知られれば、企業に売られ、即座に人体実験行きになる。


 そして同時に、これは情報戦でもあった。

 こちらを知っていると示して優位に立とうとするベロニカの言葉から、逆に情報を引き出す。


 例えば、これまでのベロニカの言葉。

 フィーナのことは知っている。

 フィーナの吸血鬼化はまだ知らない。

 同時にフィーナの実年齢も相手は把握していない。


 それだけのことが、判明出来た。


 相手に情報を与えず、こちらの情報をあえて探らせて、その間に交渉を終える。

 正直、心底面倒である。

 けれど、どれだけ用心してもし足りないくらいに、ベロニカという女性は厄介であった。


(本音を言えば、情報戦(こういうの)は嬢ちゃんの方が得意そうなんだが……)

 ちらりと後ろのフィーナを見て、それからベロニカへ視線を戻す。

 ベロニカは微笑を浮かべたまま、小さく首を傾げる。


 この可愛らしい嬢ちゃんに、ジョロウグモのような女を任せるのは――少しばかり、不安が過ぎるようだった。


ありがとうございました。

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