最大最悪のバットニュース
フィーナがユリウスの目を見て話せるほどに落ち着くまでに、三時間もの時間を要した。
「さて、それじゃあそろそろ話の続きをしてもよろしいかな?」
作り笑いのユリウスに、フィーナは頷き同意した。
「ああ。すまない。頼むよ」
それは従順というより、もはや破れかぶれに近かった。
「大変結構。まあまだ言うべきことはあるんだが……閑話休題も兼ね、どうして混沌街に来ることになったのか聞いても良いか? そして戻る伝手は……」
フィーナは静かに首を横に振った。
「いや。わからないし、伝手もない。ただ、思い当たるフシはある」
「それは?」
「私は、アルハンゲルの大企業を調べようとしていた」
ユリウスは怪訝な表情を彼女に向けた。
「そりゃまた……随分と……こう……アクロバットな自殺を……」
「言いたい気持ちはわかる。だが……聞いてくれ。アルハンゲルのメガコーポ、その最高責任者は……人じゃないんだ」
時間が停止した。
きょとんとした顔でユリウスはフィーナを見つめた。
「わかっている。突拍子もない、荒唐無稽なことを口にしていることは。それでも、信じて欲しい。あいつらは……」
「あー……うん。まあ、落ち着け。疑っているわけではなくな……」
「ん? 疑ってない? じゃあ、一体……」
「いや。とても言いづらいんだがな……みんな知ってる」
「――え?」
「みんな、知ってる。ゴミカスメガコーポの支配者が人間じゃないなんてことは。いや、むしろ人間の方がヤバい」
「いや、そんな。だって怪物なんて……」
「さっきの今だけどさ、なんか俺のこと忘れてない?」
フィーナは目が点になり、ぽかんとした間抜け面を晒す。
完全に、脳がショートしていた。
怪物が本当にいることなど、アルハンゲルでは常識に過ぎない。
そして、その支配者たちが人間から外れた存在であるということも。
というか、どっちだろうとヤバいことに変わりはなかった。
支配者が怪物だろうと、怪物を超える人間であろうと。
「まあ、外の世界にゃいないもんな。気持ちはわからんでもない」
「どういうこと!? 私の捜査能力でようやくつかんだ極秘情報が……」
「外と中じゃ勝手が違うもんさ。なにせ――今や怪物はアルハンゲルの中にしかいないんだから」
フィーナは"はっと"した表情を浮かべ、ユリウスを見た。
「どうして……か、聞いても良いだろうか?」
「わからない?」
「ああ。わからない」
「……怖いんだよ。人間が」
そう言って、ユリウスは鼻で笑った。
怪物だなんだと言われて恐れられているが、本当に恐ろしいのは人間の方。
だから怪物は追い詰められ、この混沌街に逃げるしかなかった。
「ちなみに百年以上の前の話だけどさ、支配者の一人は宇宙人だったぞ」
「はぁ!? さすがにそれは嘘でしょ!? 私をからかってない?」
「いやマジで。というかさ、サイバネティクス技術がどこから来たと思う?」
フィーナは目を丸くした後、顔を顰め、絶望的な気持ちで頭を抱えだした。
彼女は、本当に頭が良かった。
限られた情報からでも、真実を導き出せる。
だからこそ、逃げることは許されなかった。
今、人類が当たり前のように使っている幾つかの技術が、明らかにオーバーテクノロジーであるという真実から。
混乱の極致に達したからだろう。
フィーナはぽかんと口を開け、遠くを見て茫然としていた。
ユリウスは後頭部を掻き、困った顔を見せる。
本当に、心の底から申し訳なく思う。
まさか閑話休題がてらの雑談でより負荷を与えることになるとは。
けれど、話さないわけにはいかないからユリウスはここで本題を、『最後の爆弾』を投下した。
「本当に悪いんだがさ、最大最悪のニュースがあるから聞いてくれ」
ぴくっと耳を動かし、フィーナはユリウスを見た。
「そう。一つ、謎があったんだ。君が善意で私を助けたのは理解した。それでも、君が積極的に私に介入する理由がない。そして、これだけの情報を開示する理由も。何かあるんだろう? 私に話すべき、重要な事象が」
まくりたてるよう、フィーナは尋ねる。
(やっぱこの嬢ちゃん頭良いな)
頭の回転が速いとか、そういう話じゃない。
明らかに会話を先回りしている。
だてに名探偵を演じていたわけではないようだ。
「まあ、そうだな。単刀直入に言うとな、嬢ちゃん。あんたの命は保ってあと十日ほどだ」
「えっ?」
「十日以内に、嬢ちゃんは死ぬ」
「……ほわーい?」
「とりあえず、トイレの方に鏡がある。そこで口の中を見てくれ。話はそれからだ」
呆然とした顔のまま、とっとっとと可愛らしい足取りで洗面台に向かう。
そして少しして……。
「んなぁあああああああ!?」
大きな、がなるような叫び声が轟いた。
どたどたと足音が響き、そして再び叫ぶ。
「なにこれなにこれなにこれなにこれ!? ……ユリウス、何してんの?」
両耳を手のひらで塞ぐユリウスに尋ねた。
「気にするな。馬鹿のサンドイッチを作っていただけだ」
そう言って、そっと耳から離す。
「んで、なにこれ!? どうなってんの!?」
ゼロ距離で最大音量。
ユリウスの耳が、キーンと響く。
サンドイッチを解除したことを、心の底から後悔した。
「……まあ、つまりそういうことだ」
「いや、そういうことじゃなくて……なにこれ本当に!? どういうこと!?」
そう言って彼女は自分の口元……正しくは、その八重歯を指差す。
可愛らしい二本の八重歯は妙に鋭く、突き出ていた。
当初、ユリウスの目論見としては数日分の食料と金、そして仕事場を用意し、後は適当に放置する予定だった。
外に返してやることが出来ない以上、後はここで一人生きてもらう以外ユリウスに出来ることはない。
けれど、そうもいかない事情がここに見つかる。
彼女は今、ユリウスの同類に堕ちようとしていた。
すなわち……【怪物】に。
「とっくに滅亡ったと思ってたが、しぶとい奴らだ。あの糞蝙蝠共が」
ユリウスはそう吐き捨てた。
「蝙蝠?」
「ああ。嬢ちゃん。あんたはそいつらに噛まれたんだ」
「いや、ちょっと待ってくれ。蝙蝠で、この牙って……それじゃあ、まるで吸血鬼みたいな……」
「そう、【吸血鬼】だよ。嬢ちゃんを噛んだのは。そして嬢ちゃんも、近いうちにそうなる」
「いや……この科学の時代にそんな古典的なモンスターなんて……」
「いるんだよ。まあ、大方滅ぼされたけどな。それでもまだ生き残ってやがったらしい」
「じゃあ……私は……吸血鬼に……」
「ああ、吸血鬼になる。……そして、嬢ちゃんじゃ怪物となり果てたら生きていくことは難しい。特に、この混沌街ではな」
フィーナは泣きそうな表情となるが、すぐに顔を引き締め、首を横に振った。
「五秒くれ」
目を閉じ、思考を飛ばす。
そして……。
「ユリウス、君にすべて任せる。失敗しても恨まない」
そう、告げた。
ユリウスは最初から助けるつもりであり、そして吸血鬼化に対して何等かの手段がある。
そう察した故の、フィーナの判断だった。
「冷静になってくれたおかげで時間が短縮できた。本当は、ここで待っていて欲しいんだがな……ここだって絶対安全というわけじゃない。もしもの場合がある。だからさ、これを羽織って付いてきてくれ」
そう言ってユリウスはフィーナに汚らしいマントを渡した。
「……顔を隠せと?」
「ああ。嬢ちゃんは目立ちすぎる」
綺麗な金髪と、透き通るような肌。
化粧品の入手が困難な混沌街で彼女は、あまりにも目に毒だった。
ありがとうございました。




