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黒曜の怪物  作者: あらまき


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汝は怪物なりや?


 部屋一帯に見える、無数のガラスショーケース。

 その中にはみっちりと、小さなメカの玩具が飾られていた。


「……好きなのか?」

 フィーナは困惑しながら訪ねた。

「いずれマシンアーマーが欲しいと思っている程度には」

 マシンアーマーというのは、胴体部分を操縦席とし、手足だけが生えた作業用メカの名称である。

 もとは兵器として開発されたものの、鈍足・鈍重・故障頻度多しということで廃棄処分され、今では一部横流し品が混沌街の工事現場で使われているだけ。


 ただまあ、ユリウスの稼ぎでそれを手に出来ると考えるのは、希望的観測になる程度には高価であるが。


「どうだ見てくれ! これなんて数百年前に滅んだ国家のデータを復元し再現した物で、なんでもガンダ……」

 白いメカを指差し、解説を始めるユリウス。

 いや、これはもはや自慢だろう。


 確かに、見事なものなのと言える。

 その趣味がないフィーナにさえ、どれほどの労力をかけたのか想像もつかない。

 それが混沌街であるならなおさらだ。


 混沌街で安全な住居を持つ。

 それは通常の国家において巨城を持つよりも難度が高いだろう。

 であるならば、この男は一体何者なんだ。


 フィーナの疑念は強まる一方だった。

 猜疑の目を隠したまま、フィーナはユリウスを見る。


「こっちの方はミニチュアなんだが、どうして皆一色なんだろうか。これはこれで味はあるが、やはりカラーの方が……」

 ぶつぶつとオタク特有の早口自慢話を重ねている。

 さっきまでの淡々としたドライな態度はどこに行ったのやら。

 こうしてみると、混沌街の住民にはとても見えない。

 フィーナのよく知る、ただの人のようだった。


「……ん? これは?」

 フィーナはこのロボット趣味に溢れた部屋に似つかわしくない、壁にかけられたペンダントを見つけ、手を伸ばして――

「触るな!」

 衝撃が、フィーナを襲った。


 空気が震え、肌が怯えを見せて竦む。

 あまりの声量に、ショーケースに罅が入っていた。


 フィーナは静かに見上げる。

 ユリウスの表情は、あまりにも痛々しいものだった。


 これまでの表情が偽物と思えるほどの、生の感情。

 それも、憎しみや激昂ではなく、怯えを含んだ拒絶の怒り。


 それはどの世界の人も変わらないだろう。

 たとえどのような生まれで、どのように育とうと、皆同じ反応を見せる。

 だからこそ、フィーナは理解できた。

 自分がユリウスの最も柔らかい部分に踏み入ったのだと。


「あ、その……」

 ユリウスははっとした表情の後、顔を押さえた。

「すまん……。それは、大切なものなんだ」

「いや、私こそすまない。君を裏切り続けている。だからこそ、私は疑問なんだ。何故、君は私にそこまでしてくれる?」

「……そこまで、とは?」

「君の善性には感謝する。私にとって一生涯の幸運の総量を超える巡り合わせであるだろうことも、容易に想像できる。だが、たかが善性でここまで私に気を配る理由がわからない。ましてや混沌街の住民が。それが私には不安なんだ」

 つらつらと語るように、フィーナは自分の考えを吐露する。


 こたびに限っては、一切の偽りはない。

 本心で悪かったと思っているからこそ、偽りなく正直にすべてを語った。


「……あー、つまり。俺が助けた理由がわからんから不安だと?」

「ありていに言えば」

 ユリウスは少し困った顔を見せた後、苦笑いを浮かべ、静かに部屋の奥へ。


 そこで、先ほどのペンダントに手を伸ばした。

 古ぼけてどこかうす汚れた銀色のそれを手に持ち、そしてそっと元に戻す。

 その手つきは、幼子を抱きかかえるかのように繊細なものだった。


「子供がな、いたんだ」

「……既婚者だったのか」

「いや、結婚はしてないし、血の繋がりもない。それでも……俺には確かに、大切な我が子がいたんだよ」

 深い理由もない。


 自分を善人だなんて思ったこともない。

 ただ、かつての記憶が、足を引っ張っただけ。

 子供を見殺しにしたら、あの子に合わせる顔がないと、一瞬でも思ってしまった。


 ユリウスがフィーナを助けたのは、本当にそれだけが理由だった。


 フィーナは何も言えなかった。

 ユリウスの考え方を理解した以上、謝罪も、感謝も口にできるはずがなく、合わせる顔もない。


 フィーナは、彼の最も柔らかい部分を故意に踏みにじった自分を、ただ恥じることしかできなかった。




 無言のまま、フィーナは用意された食事を取った。

 ブロック状のエネルギーバーとインスタントのスープ。

 罪悪感で味がわからなかったのは、きっと彼女にとって最大限の幸福であっただろう。


 けれど、その無言の時間はユリウスにとってただただ気まずいだけの時間だった。


 俯き落ち込む彼女に対し、何を言えばいいのか。

 その姿はもはや、その日を待つ死刑囚に近い。


「あー。その、な、エヴァ。えっと……」

「はは……フィーナで構わないよ。私なんて、単なるお嬢ちゃんで、世間知らずで、恩知らずの恥知らずで……」

「そんな自虐しなくても……。そ、それでさ、色々聞いてもいいか? もちろん、言いたくないことなら……」

「いや、こんな私でいいなら何でも聞いてくれたまえ。一応だが、探偵としてそれなりに成功している」

「そ、そうそうそれだ! 美少女名探偵なんてテレビで出てたぞ。凄いじゃないか」

「プロパガンダだよ」

「あ、あー……」

 ユリウスは、妙に納得できた。


「十四歳の年端もいかぬ少女が大企業の悪事を見抜く、なんてな。笑えてくる」

「じゃあ、全部嘘なのか?」

「いや、私の功績であることに違いはないよ。違うのは、正義でなく金目当てであることと、私の年齢くらいだろうか」

「それなら十分凄いじゃないか。ただ、たかだか悪事を見抜く程度で企業にダメージを与えられるものなのか?」

「ふむ? つまり私の能力を疑っていると」

「いや、そういうわけじゃあ……」

「まあ、それなら、お詫びというわけでもないが一つ披露させてもらおうか」


 そう言って彼女はじっとユリウスを見つめた。

「実のことを言えば、私は別に探偵として優れているわけではないんだ」

「……はい? だったら、何が優れているんだ?」

「端的に言えば、情報処理だ。短期間の間だけだが、私は人間を超えた演算処理が可能になる。頭に計算機があるとでも思ってくれたら良い」

「つまり本職はハッカーか」

 もしその話が本当なら、ウィザード級のハッカーだって彼女の前には赤子同然となるだろう。

「いや、ところがそうもいかない。短期間と言っただろう? 時間的制約が強いんだ。まあ、ハッキングのサポーターとしてなら私は優秀かもしれんがね。よし、準備は終わった。四秒待ってくれ」

 そう言って、彼女は目を閉じ、思考の中にダイブし演算を始めた。


 今、彼女が調べているのは混沌街の住民に似つかわしくない、ユリウスという男について。

 自分の中に目覚めた猜疑を晴らすのと同時に、そのすべてを彼に明かす。

 付け加え、自分の能力と弱点までも明かしたのは、フィーナの誠意によるものだった。


 名前は、おそらく偽名だろう。

 身長体重は平均以上で、栄養失調の気配はない。

 気性は穏やかで、混沌街の標準で言えば善良、世間全般で言えば悪人となるだろう。

 自らの住居を持ち、趣味に勤しんでいる。


 彼の生活スタイルを考えるなら、収入面に矛盾が生じる。

 稼ぎが優れているわけではないのだから、貧乏でなければおかしい。

 なのに、彼には過剰なほどの財産的余裕がある。


 余裕があるのに、用意された食料は明らかに貧しかった。

 文句が言いたいわけではない。

 ただ、あの食料ではどう考えても肉体を維持することは叶わない。


 かつて家族がいたとされる。

 そのペンダントは、明らかに年代がおかしい。

 二十代にしか見えない彼の子供であるのなら、もっと新しくてもいい。

 もともと古ぼけた物の可能性もあるが、おそらく違う。


 性格、生活、家庭環境。

 すべての時間的感覚が、ズレている。


 四秒、経過。

 ぱちっと目を開き、唇を震わせながら、フィーナは尋ねた。

「一つ、質問が。言いたくないなら拒否していい。ユリウス、君は……どのくらいの割合で機械義体(サイバネティック)を導入している?」


 予想外の質問が飛んできて、きょとんとしながらユリウスは答える。


「ゼロ、純粋な肉体だ」

「そうか。……そうか……。最悪な結果が返ってきたな……」


 混沌街において、住民は三種類しか存在しない。


 一つ、【犯罪者】。

 一般社会において存在が許されなくなった極悪人が最後に向かう流刑地。

 それがこのアルハンゲルの正体であり、そして同時に悪党処理施設がこの混沌街である。


 二つ、【異常者】。

 例えば、犯罪者に対して強い憎しみを持ち、自ら正義の断罪を行おうとする者。

 例えば、純粋なシリアルキラー。

 そういった人間の世界に馴染めない過度な感情を持つ存在は、自らの足で混沌街に踏み込む。


 一つ目に、ユリウスは当てはまらない。

 犯罪者にしては追い詰められておらず、また穏健すぎる。

 冤罪だったとしても、こうも平穏には生きられない。


 だから二つ目であることを願ったが、先の質問でそれが潰えた。

 純粋な人間が殺し続けられるほど、混沌街は甘くない。


 であるのならば、最悪のケースである三つ目が確定する。


 すなわち――【怪物】。


 フィーナは、自らの能力をもって証明してしまった。

 ユリウスが、怪物であるということを。


「ここでさ、殺さないでと懇願すれば、君は聞いてくれるだろうか?」

 足を震わせ、後ずさり、涙目で懇フィーナはそう口にする。


 ユリウスはきょとんとした後、()()()()()()()のだと気づき、微笑を浮かべた。


「おめでとう。今、君は自分自身にてその有能さを証明することに成功した。君は特別な『人間』だよ」

 そう……初めて他者に正体を見破られた化物は告げた。



ありがとうございました。

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