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黒曜の怪物  作者: あらまき


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3/16

お嬢ちゃんと呼ばないで


 知らない天井だった。


 目覚めた彼女が最初に見た光景は、見知らぬ部屋の見知らぬ天井。


 状況が、まるで理解できない。

 自分はいつの間に寝た?

 いや、そもそもの話ここはどこだ?


 若干の混乱の中、上体を起こすと、見知らぬ男と目が合った。

 灰色の髪をした細身長身の男性。

 ただ、細身ではあってもどこか筋肉質な印象がある。

 引き締まったアスリートのようと言えばいいだろうか。

 ただ、身だしなみに気を使わないのか、服装は少々小汚かった。


 どこか抜けたやる気のない表情で、男は口を開く。


「目が覚めたかい?」

 彼女は状況を整理しようとして、口元の寂しさと若干のストレスを思い出した。

「すまないが、私のパイプを知らないかね? 葉巻でもいいんだが」

「未成年なのに随分とまあ、高尚な趣味をしてんな」

「ああいや、心配かけてすまない。私はこう見えて成人してる」

 その言葉に男は目を丸くした。


「……まじで? 嘘ついてない?」

「ん? いや、そんなことはないぞ。君が思っているよりは間違いなく上だし、自分の年齢を恥じる程度にはレディのつもりだが?」

 その言葉を聞いて、男は頭を抱えた。


「クソッタレめ! それならとっとと見捨てたというのに!? 詐欺だ!」

「はっはっは。どうやら君はあまり良い大人ではないらしい。それでも、助かったよ。この幼く見える容姿に初めて感謝しよう」

「あ? 俺が良い大人じゃない? ここに良い大人なんて存在がいると思ってんのか?」

「ふむ? 何か気に障ったかい? それなら謝罪しよう。君に救われたのは間違いのない事実なのだから」

 どこか気取った様子で彼女が言うと、男は卑屈な笑みを浮かべた。


「俺は君に幾つかの状況を提供できる。だが同時に、それが容易なことでないと俺は知っている」

「……つまり、ギブアンドテイクということかい? 金銭での支払いでいいのなら同意するが?」

「いんや。ただ単純に、一つ聞くたびにそれどころじゃなくなるという話さ。だから、順番が重要というだけだ。とりあえず、まずは一つ目を聞いてくれないか?」

「ああ。聞かせてもらおうか。一体どんなとんでもない話が出てくるかな?」


 男は少しだけ溜めを作り、そしてこう言った。

「混沌街へようこそ」


 さーっと、彼女の顔が青くなる。

 外の世界でも、その場は広く知られていた。


 荒廃と邪悪をブラックコーヒーよりも煮詰めた地上の掃きだめ、アルハンゲル。

 国家の秩序さえも届かぬ、大企業が支配した絶望の地アルハンゲル。

 人間の命が弾丸一発よりも軽いアルハンゲル。


 その最外周である混沌街は、法と道徳の欠如した犯罪者の最後の逃避場所であり、自然の処刑場。

 現代に甦ったソドムとゴモラ。

 つまり……。


 彼女は慌てて自分の貞操を確認する。

 そして自身の無事がわかると即座にベッドから起き上がり、速やかに土下座を披露した。

 それが彼女の考える、最大限の降伏を示す手段だった。


「貞操でも金でも何でも差し出すから、どうか命ばかりはお助けを……」

 ようやく現状と、そして自分がどれほど幸運であったかを、本当の意味で彼女は理解する。


 ユリウスという男が怠惰でなければ、彼女は尊厳か命か、その両方かを失っていた。

 ここは、そういう世界であった。




 ユリウスは自分の名前と、そして自分が怠惰であり、惰性で助けただけだからあまり期待するなということを伝えた。

 怠惰だから、狼藉を働かなかった。

 怠惰だから、欲望や関心があまりない。

 そして怠惰だけれども、気まぐれで子供は助ける。


 善人だなんて勘違いをされるのも困る。

 本音を言えば、これ以上あまり関わりたくない。

 そうユリウスは伝え、彼女は同意を見せた。


「それで、あんたの名前は? 別に本名でなくともいいぞ?」

 彼女は、どこか偉そうに自分の胸に手を当てながら、その名を口にする。

「ソフィア・エヴァンジェリン・フランチェスカ。エヴァでいいぞ?」

 ふふんと鼻息荒くする彼女を見て、ユリウスは頷く。


「よろしくな、フィーナ(お嬢)ちゃん」

 その言葉に、彼女はむっとした表情に変わった。

「子ども扱いするな! 私はたぶんお前より年上だぞ!」

「いや、俺もそれなりに歳食ってるからそれはないかな。さて、自己紹介も済んだところだし……話の前に、飯でもどうだ? 腹減ってないか?」

「お腹など空いて……いや、なんか、気づいたら凄く空いてるな。お腹が痛いくらいだ」

 フィーナは自分の状況に気づき、お腹を押さえげんなりした表情を見せた。

「だろうな。なにせもう昼だ。……日が高い」

「そんなに寝ていたのか……」

「すぐに飯を持ってくる。待っててくれ。ああそうそう。自由にしていいが、隣の部屋にはいかないで欲しい」

「ああ。わかった」

 フィーナがそう答えると、ユリウスは部屋の外に出ていった。


 足音が去ってから、フィーナは行くなと言われた部屋の前まで移動する。

 その動きに迷いはなかった。


 罪悪感はある。

 ここが混沌街であることが真実ならば、自分がどれだけ幸運なのかもわかっている。

 けれど、彼女は情報収集を優先した。


 はっきり言えば、フィーナはこの状況を疑っている。

 単純に、ありえない。

 アルハンゲルにいる時点で悪党であることは確定する。

 その上で、掃きだめである混沌街の住民が無償で人を助けてくれた?


 頭お花畑な外の住民だって、そんなことは信じない。

 だからフィーナはユリウスを疑い、その理由の解明のために情報を集めようとしていた。


 静かに、扉を動かす。

 鍵はかかっていなかった。


 音を立てないよう、扉を開く。

 滑りの悪い扉がキィ……と、小さな悲鳴を上げた。


 きょろきょろと周囲を見回した後、床に耳を付けて足音を確認する。

 そしてそのまま、部屋の中に入ると……。


「入るなって言ったのに――」

 背後から、声が聞こえた。


 フィーナはびくんと、怯えた猫のように跳ねた後、後ろを見る。

 密着するほど近くに、ユリウスが立っていた。


「いや、これは……。言い訳が無駄か。すまない、不審に思って調べようとした」

「だろうな。ま、しょうがない。むしろもっと警戒した方がいいくらいだ」

「……何故だ?」

「混沌街だぞ? そんな程度の警戒だと、家の外に一歩でも出たら確実に死ぬわ」

「もしかして、そのためにわざと私に入るななんて伝えたのか?」

 試すため……というよりは、教育の方が近いか。


 この冷酷な地で生きるということを教えようとした。

 先の出来事をフィーナはそう解釈したが、事実は異なる。


「いや、入ってほしくなかったってのは事実だぞ」

「すまない。真摯に謝罪する。だが……これは……」

 部屋を見て、立ち尽くすフィーナ。


 何が出てくるか、覚悟はしていた。

 例えば、麻薬やドーピングなどの薬物。

 もしくは機械義肢や銃器、ハッキングツールなど。


 だが、出てきたのはそんなものではなく……。


 ユリウスは一歩ずつ前に出て、無数のガラス製ショーケースの前に立つ。


「どうだ凄いだろ!? これだけ集めるのに時間かかったんだから」

 そう言葉にするユリウスの姿は、先ほどまでの落ち着いたものではなく、子供のそれ。


 部屋に飾られていたのは、ロボット物のフィギュアやプラモ、ミニチュアなど。

 なんてことはない。

 コレクションルームだから、入ってほしくないというだけの話だった。


ありがとうございました。

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