第三の選択肢
あの後、腹を抱えながらベロニカはユリウスのへっぽこ具合について説明した。
何か特別なことがあったわけではなく、彼はこれが普通。
どれだけ名銃を使おうと、例え十メートル以内であっても、ほとんど的に当たらない。
ユリウスは、奇跡のぶきっちょであった。
ついでに言えば、それは銃だけじゃない。
彼は弓から投げナイフ、何なら斧や槍といった近接武器まで扱えない。
恐ろしいほどに、戦闘の才能がなかった。
とはいえ、だからその存在は異質であった。
『どうして、それでこの街を生き延びているのかしらね。教えてくれたら、一晩貴方の物になっても良いのに』
そう言って妖艶に微笑むベロニカの姿は、獲物を見つめる蛇のように不気味で――ほんの少しだけだが、フィーナはユリウスに同情した。
ユリウスはいつものように誤魔化していたが。
依頼は、正式に受託された。
【JPIコーポに所属する『グラブロ・ユン』を殺害せよ】
あの三つの依頼の中で、最も面倒な殺害を選んだのは他でもないフィーナだった。
むしろ、この依頼以外ではユリウスの望む条件が成立しない。
ユリウスの懸念点は、依頼達成までの道のりと、達成後の情報隠匿。
そのために残り二つのメガコーポにケツを向けるつもりはない、と。
けれど、その必要はない。
『別にメガコーポは二つだけではないだろう?』
フィーナはそう言って、第三の道を提示した。
すなわち――大企業を利用するだけの、小悪党の道を。
アルハンゲル第三地区の最外周、『混沌街』。
だというのに、そのビルは妙に小ぎれいだった。
埃がまったく舞っていない。
ガラスも割れていない。
掃除は行き届き、花瓶まで置かれて、まるで普通の会社オフィスのよう。
スラム街よりも酷いこの地で、当たり前の清潔を維持する。
それも、一切隠れず堂々と。
それができるのは、大企業だけだろう。
たとえ、そいつが末端だとしても。
末端の末端。
下請けの下請け。
それでも、ここは確かにJPIコーポが管理するビルだった。
「それで、てめぇらがアザリーの言ってた奴らか」
ベロニカの別名を口にしながら、チンピラめいた男は高級そうなソファに深く腰を落とし、足を組んでそう告げる。
男の名前は『ジュノ』。
大企業であるJPIコーポの末席に身を置く者である。
比喩や検束ではなく、彼の場合は言葉通りの末席。
端の箸、下請けの下請けであり、ぶっちゃけ単なる成り上がりである。
混沌街で偶然幸運を掴んだだけのゴロツキであり、決して大した人物というわけでもない。
そんな外れの成り上がりであっても、この場に数十人の護衛が立つ程度の権力は有していた。
ユリウスは、護衛たちの様子をさりげなく観察する。
全員がスーツの上に高性能防弾チョッキを着込み、レーザーライフルを携行していた。
その姿勢や立ち振る舞いから、正規の訓練を受けていることが窺える。
企業からすれば、ジュノのような末端は使い捨てに過ぎない。
そんな端材相手にさえ、これだけの人員と装備を惜しげもなく投入できる。
――その生産力こそが、『Justex Power Infrastructure Corporation』の恐ろしさだった。
「で、要件は?」
ユリウスと、フードで顔を隠したフィーナにジュノは問う。
ユリウスはその返答代わりに、依頼カードをジュノに見せた。
いぶかし気な表情でカードを見て……そして、嗤った。
「……あん? ユンを殺すって? あははははははは! お前……俺の同期でダチを殺す依頼を受けたってか? おもしれーなぁ本当! ……お前ら、死んだぞ?」
ジュノが片腕を上げると、護衛が一斉に二人へ銃口を向ける。
顔を顰め、ユリウスはフィーナを庇うように立つ。
けれど、フィーナがそっとその手を退け、一歩前に出た。
「知っているとも。君たちが友であるということも。そして……お互い足を引っ張っていることもね」
フィーナがそう言うと、ジュノは怪訝な表情を見せた。
「……女か。なんだ? 俺に犯されにきたのか? 随分と献身的なんだな」
「悪いがその予定はないよ。我々はビジネスの相談に来ただけなのだから」
「ほほー。俺のダチを殺すと言って、それでビジネスねぇ。……あんま俺たちを舐めんなよ?」
「ふむ? では、依頼を放棄して帰ろうか。だが、これだけは言っておくよ。ジュノ様」
「……なんだよ」
「数日以内に、『グラブロ・ユン』は君直属の上司になる。友に媚びを売る準備をしておくと良い」
ジュノの表情が、ぴたりと止まる。
そのままぷるぷると震え出したかと思うと……強く拳を机に叩きつけた。
「あのクソ漏らしヤロウの『ニェウダチュニク』が、俺の上だと!? ふざけてんじゃねぇぞ! てめぇの汚ぇ〇〇を今すぐ……で……て」
唐突に、ジュノはものすごい早口で、品性の欠片もない悪口を延々と吐き出し続けた。
落ち着くまで待とう。
そう思った、そのとき――背後から拍手が響いた。
いつからそこにいたのか、まったく気づけなかった。
慌てて振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。
細身で美形。
ジュノのような成金めいた似合わないスーツではなく、どこか柄の悪いチンピラみたいな半裸の恰好。
混沌街らしい恰好をしているが、妙に似合っていて、迫力があった。
服装は粗雑だが装飾品にこだわりがあるらしく、右耳のカフスや足首のアンクレット、さらに妙にごつい腕時計など、混沌街ではまず身に着けないようなものを身に着けていた。
「はは、てめぇの負けだよ、ジュノ」
「ス、『ストライド』の兄貴! どうしてここに!?」
「暇つぶしさ。だが……丁度良いところに来たようだ。なかなかに面白い状況じゃねぇか」
そう呟き、ストライドと呼ばれた男は、どこか狩人のような笑みを浮かべていた。
緊張の走る中、一人不敵な笑みを浮かべじろじろと二人を観察する。
そして……。
「若干サイズは足りねぇが……まあ、妥協してやろう。お前……俺のメスになれよ。悪いようにはしねぇからさ」
そう言ってストライドは、無理やり肩を抱き寄せた。
――ユリウスの。
「ふぁっ!? そっち!?」
つい、フィーナは叫んだ。
「あん? いや、てめぇはガキじゃねぇか。それに、それよりは、こっちの方がそそるじゃねーか。じゅるり……」
ゾワリとした異質な恐怖がユリウスに走る。
ありていに言えば、ケツのピンチである。
ユリウスはストライドの腕を掴み、後先考えずに投げ飛ばした。
ストライドはケラケラと笑いながら、くるりと空中で回転。
そのまま軽々と着地した。
「ほほー。良いじゃねぇか。なかなかに良い。余計に気に入った。その気があれば俺の元に来な。狂うまで……抱いてやるよ」
無駄なイケボと決めポーズ。
ユリウスの背中にぞぞぞと震えが走り、顔に嫌悪が滲んだ。
「俺は男だ! 見てわからねぇのかよ」
「些細なことを気にするんだな」
「些細じゃねぇよ!」
「些細だ。俺が相手にする奴は、誰だってメスなんだから。だからてめぇも俺のメス候補だ。わかったかい?」
「わからねーし、わかりたくもねーわ」
「ははっ。ま、本音十割の話は置いといて……おいジュノ、早く話を進めな。俺としちゃてめぇがユンをどうしようとどうでも良いが、こいつらが気に入った。話くらいは聞いてやれ」
そう言ってから、ストライドは部屋の奥の椅子に座り、にやにやとこちらを観察し始めた。
こちらというか、ユリウスを。
もっと言えば、ユリウスの胸部や臀部を。
「……ちっ! ストライドの兄貴がそう言うなら話だけは聞いてやる。……ちなみにだが、兄貴の好みは筋肉質な感じだ。あんたの場合は……もうちょい胸板とかケツとかでかくなればたぶんジャストになる」
「最高の助言をありがとう。親愛なるジュノ様。しばらく筋トレは控えることにするよ」
そうユリウスが告げた瞬間、ストライドは少しだけ悲しそうな表情に変わった。
ありがとうございました。




