怪物証明
フィーナの立案した作戦は、非常にシンプルかつ小規模なものだった。
残り二つのメガコーポに所属せず、できるだけ情報を隠匿しつつ目標を達成するための手段。
つまり、依頼のターゲットである『JPIコーポ』を利用するというものだ。
これは考え方の違いだろう。
ユリウスにとって企業というものは邪悪で極悪非道、冷酷な人類による合理的な政治形態。
だから、組織というものは一つの集合体であると考えていた。
けれど、外の世界で派閥争いを経験してきたフィーナは違う。
一枚岩の組織なんてこの世に存在しない。
人が集まれば、必ず派閥が生まれる。
外の世界でも中の世界でも、それは変わらない。
人というものは、同じ方向を向いて歩けるようにはできていないのだから。
だから、大企業という天上の相手であっても、ギブアンドテイクの取引は成立する。
こちらのターゲットである『ユン』が消えて欲しいと願う奴が、JPIコーポ所属の中に必ず存在する。
つまり、相手にとってこの取引は最初から悪くないものだった。
封鎖などの事前準備と、終わった後のアリバイ作り。
ただそれだけで、目上のタンコブを処理してもらえるのだから。
ターゲットの拠点にたどり着いたフィーナは、げんなりした表情を浮かべていた。
色とりどりのネオンに包まれ、看板も下着に近い格好の美女ばかり。
それはそれは、大層"品のある"レストランであった。
「ここまでくれば、性産業にした方がよほどいいだろうに……」
フィーナは嫌味ったらしく呟いた。
「俺みたいな貧困層にはわからない高尚な考えがあるんだろうよ。さて嬢ちゃん。ちょっと持っててくれ」
そう言って、ユリウスはボストンバッグをフィーナに投げ渡した。
「わふっ! こ、これは一体何かね?」
「その中に家の鍵が入ってる。もしもヤバいと思ったら、俺を無視して帰れ」
「……いや、流石に私だって戦える! そのための準備をしてきた」
拳銃を構えるフィーナを見て、ユリウスは呆れたように溜息を吐いた。
「そんなんで戦えるのは、狂ったジャンキー程度だ。末端とはいえ企業相手に拳銃でって……」
「だが……君一人に押し付けるのは……」
「いや、悪いんだけどそういうのは良いんだわ」
「へ?」
「ぶっちゃけるけどさ、邪魔」
そう言ってから、ユリウスはさっさと店の中に入っていった。
それから数分ほどして……店内から派手な銃撃音が響いた。
繰り返される銃撃音と爆音。
それと、男女問わずの悲鳴。
一つだけ、今回協力を申し込んだ相手のジュノから依頼に関してのオーダーが下っていた。
皆殺し。
情報隠蔽のためなんて口では言っているが、まあ私怨七割といったところだろう。
そして、ユリウスはそれを受けた。
ユリウスとしても、その方が都合が良いからだ。
それはきっと正しい。
混沌街で生きるということは、それが当然であると言っても良い。
それでも……フィーナは、どこか納得できない自分がいることに気づき、ただ情けなくなっていた。
二十分ほどして音が鳴りやみ、ひょいっとユリウスが建物から顔だけを出した。
「すまん。ちょっと来てくれ」
首を傾げながら向かうと、ユリウスはバッグを受け取り、中にあった着替えを手に取る。
そこでフィーナは気づいた。
ユリウスの衣服は、穴だらけになっていた。
どう見ても銃痕にしか見えない傷に、切り傷やレーザーの傷、やけどのような跡さえもある。
ただし、服にだけ。
その身体には、小さな切り傷一つ残っていなかった。
まじまじと見つめていると、ユリウスは困った顔を向けた。
「……そんなに俺の裸に興味があるのか? 悪いが気にせず全部脱ぐぞ? 下も。まあ、覗きの趣味でもあるならしょうがないけどさ」
「そんな趣味はない!」
フィーナは顔を真っ赤にして、背を向けた。
フィーナは荒くなった息を整えながら、周囲を観察する。
壊れたテーブル、穴の開いた壁、そして転がる死体。
ボロボロになったレストランの様子は酷いものだが、同時に不自然なくらい綺麗でもある。
たった一人が暴れた結果にしては、あまりにも状況が整い過ぎている。
もっと言えば、ユリウスが暴れた痕跡がない。
蹴倒したテーブルも、爆弾の後らしき焦げ跡も、大半が拠点側の被害である。
その上、転がる人々も大半が外見上の負傷が見当たらない。
まるで、その場に寝ているだけのようだ。
それでも……彼らはきっと、生きていない。
生かす理由が、まったくない。
つまり、彼自身は建物に被害を与えず、一方的に周囲から攻撃されながら、この場の全員を逃がさず殺したということになる。
ぞわりとした恐怖が、フィーナを襲った。
どうやってそれを為したのか、まるでわからない。
たとえこの場に装甲車があったとしても、パワードアーマーがあったとしても、同じことはできないだろう。
【怪物】
彼が人でないということが、嫌というほど証明されていた。
「はい、お待たせ。じゃ、行くか」
ユリウスの言葉にフィーナは頷く。
未知の恐怖を感じていることは、間違いない。
それでも、今のフィーナには頼れる相手は彼しかいなかった。
外に出た瞬間、二人は無数のバイクに囲まれた。
ユリウスはフィーナを自分の方に寄せる。
ぶんぶんと威嚇するようにバイクを吹かす中で、一人の男が姿を見せる。
それは、先ほど別れたばかりの『ジュノ』だった。
「よう兄弟。クソヤロウのケツはサイコーだったか?」
ニヤニヤとして品がなく、こちらを小ばかにした目線。
端的に、調子に乗っているのがわかった。
「負け犬に相応しい垂れ尻だったぜ、兄弟」
「はっはぁ! そいつはご機嫌だな」
「それで、これは一体何のパーティーだ? 俺のマグナムも満足したから、もうおっ勃たつこもないんだけど?」
ぎゅっと、ユリウスはフィーナを強く抱き寄せる。
フィーナに伝わるユリウスの感覚が、この状況のまずさを物語っていた。
「まあそう言うなって。ほら、約束しただろ? 証拠隠滅のアリバイ作りをさ……なぁ?」
そう言ってから一歩近寄った瞬間――。
「ぎぃやあああああああああああああ!」
夜空に、悲鳴が轟いた。
悲鳴は二人でも、ジュノでもない。
それは、奥に居たバイク乗りの一人だった。
その男が倒れたそこには――半裸で美形の男が立っていた。
半裸というか、下半身をマントで隠しただけの全裸というか。
しかもマントの一部がテントを張っている状態というか。
そしてバイクに乗っていた男は衣服を着用しながらも、尻を押さえその場に倒れ痛みで震えていた。
正直、何が起きたのかわからない。
というか、わかりたくない。
その男に、この場の皆が見覚えがあった。
というか――。
「ス、ストライドの兄貴!? どうしてここに!?」
ジュノは真っ青な顔で叫んだ。
「てめぇみたいな小物のやりそうなことだと思って……なっ!」
バイク乗りの後ろにストライドが立った瞬間、凄まじい悲鳴と共にバイク乗りがまた一人倒れた。
一瞬の早業で、何が起きたのか誰も判断できなかった。
「い、いや。兄貴。俺の部下を……」
「企業のならともかく、てめぇの私兵にどうして俺が気にしないといけないんだ?」
微笑みながらだが、明らかに怒気が混じっている。
今はまだ悪ふざけで済ませているが、それはストライドの温情でしかなかった。
付き合いの長いジュノだけは理解できた。
今、自分は命の危機に立っていると。
「……お前ら、道を開けろ。……早くだ!」
ジュノの言葉に従い、バイクは皆ジュノの後ろに回る。
残ったのは、倒れる二人とストライドのみ。
ストライドは、ユリウスに頭を下げた。
「悪いなお前ら。うちの馬鹿が」
「構わんさ。クソッタレのメガコーポなんざ、はなから信用しちゃいない」
「ちっ! うちの評判を落としやがって……。クソッタレなのは間違いないんだがな、うちは取引だけは誠実に行うタイプのクソッタレなんだよ」
「へぇ。ゴミ箱にも違いがあったんだな。初めて知ったよ」
「……はぁ。これでもな、マジであんたらとは良い関係を築きたいんだ。好みのケツだしな」
「一言余計だボケが」
「そうだな。今回は口説きなしの謝罪にしておこう。何か詫びの品を用意する。何が欲しい?」
「…………ふむ。何でもいいのか?」
「俺の権限内ならな。例えば……パワーアーマーくらいまでならいけるな。もちろん他のもんでも良いが、兵器が一番払いが良い」
「……なら、ハイプはもらえるか? 極上の奴をさ」
「あん? まあ構わないが」
「だったら、今回はそこの馬鹿の独断だったってことで忘れてやるよ」
「器がデカイな、あんた。その調子でケツもでかくなってくれないか?」
ユリウスはスルーし、フィーナに歩くよう手で合図を出す。
そのまま、二人はまっすぐ歩き出した。
「用意できたら送ってやるよ! どこに持っていけば良い!?」
背後からの叫びを聞いて、ユリウスはこっそりレストランから拝借したメモ帳にコインロッカーの住所を記し、鍵と一緒にしてストライドに投げつけた。
ありがとうございました。




