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黒曜の怪物  作者: あらまき


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12/16

進行する狂気


 己が爪の肉をえぐる感触で、フィーナは目覚めた。


 まただ。

 また、こうなった。


 気持ち悪い。

 自分の身体が何かに蝕まれていく、この感覚が。

 その中に、快楽が混じっていることが、嗜虐と加害性がなお嫌悪を刺激する。


 こうなるたびに、彼を傷つける。

 彼を一方的に耐えさせ続けている。

 その罪悪感が、辛かった。


 最初のうちは発作も短く、起きない日も多かった。

 だが最近は三日連続。

 しかも発作の時間は徐々に伸び、今日に至ってはついに一晩中、正気を失ったまま暴れ続けた。


 けだるい身体に襲い掛かる、締め切った部屋の中に零れ入る朝日。

 本来ならば心地よいはずなのに、妙に不快に感じられた。

「疲れてるだろ? 飯は良いから寝たらどうだい?」

 手を洗うフィーナに対し、ユリウスは優しく声をかけた。


 気にするなと言わんばかりの態度。

 それが、フィーナを余計に苦しめる。


「……少し、息を整えたい。パイプを使っても?」

「ああ、もちろん」

 家主の許可を受け、フィーナはパイプケースを開いた。

 貰ったは良いものの、使うタイミングのなかったからこれが初めての使用である。


 パイプを持ち、たばこ葉を入れ、火をつけてから、ゆっくり味わうように吹かす。


 慣れた手つきだな。

 そうユリウスが思った直後、彼女は顔を顰め、そっとパイプを置いた。


「申し訳ない。どうやら、私の口には合わないらしい」

 そういうこともあるだろう。

 彼女は外の人間。

 どれだけ良い物だろうと、アルハンゲルという中の代物で満足しないのは普通の感性だ。


 そうユリウスは思ったが、すぐにそれが違うと気づく。

 いや、普通に考えたら気づくべきだったのだ。


 アルハンゲルの外と中で違うのは、品質なんてちっぽけなものじゃない。

 考え方そのものが、道徳と秩序が違う。


 煙る香りの中に混じった、とろけるような甘み。

 アルハンゲルで高級な草と言ったら、麻薬以外に該当するわけがなかった。


「すまん。もっと早くに気づくべきだった」

「いや。君の所為じゃない」

「……あっちでは、どういうのを吸っていたんだ?」

 少し気持ち悪そうにするフィーナに、ユリウスは尋ねる。


「珍しいな。君が私のことを聞くなんて」

「そうか?」

「ああ。……まず、私のいた国だと中毒症状があるものすべてが麻薬指定となり禁止されている。通常のタバコさえ犯罪に該当するな」

「ふむ? でも、パイプを吸っていたんじゃないのか?」

「ああ。無害かつ中毒症状がない物だ。ミントとかハーブティーに近い。……逆に、こっちじゃ手に入らないだろうな」

 少し寂しそうにフィーナは呟く。


 ユリウスは何か言おうと思ったが、やめた。

 彼女の言葉は、真実でしかない。

 誰もが明日を諦めているこの世界で、無毒なタバコなんてものは最高級の麻薬以上に稀有な存在と言えるだろう。


「……すまないが、シャワーを借りて良いだろうか? 目覚めの気持ち悪さと汗を取りたい」

 これもまた混沌街では極めての贅沢だが、それがユリウスの家では当たり前のようにあった。

 水も電気も盗んでいるものらしいが。


「ああ。好きに使ってくれ」

 家主の同意を受け、フィーナは着替えを持ち浴室へ向かった。

 男の家で、防犯も意識せず。

 気づけば……もう身の危険さえも感じなくなっていた。




 熱いシャワーが身体を通り抜け、気持ちの悪さと汗の不快感を洗い流す。

 まるで、自分の悪いものがすべて抜け落ちていくかのよう。

 けれど、そんなことはない。


 鏡に反射した自分の顔を見る。

 瞳がまだ紅かった。


 今までと同じなら、時間が経てば戻るだろう。

「まあ、今までと同じなら……だが」

 自嘲気味に呟く。

 リミットが近いことは、自分が一番わかっていた。


 ぶるっと、寒くもないのに身体が震える。

 覚悟はしていた。

 アルハンゲルの企業を調べると決めた時から、命を賭けているつもりではあった。


 それでも、やっぱりまだ……死にたくない。

 当然、怪物になり果てるつもりも。


 彼は直接それを口にはしないが、態度でわかる。

 ユリウスはおそらく、自分が怪物となったら、殺すだろう。


 逆に言えば、怪物でないから今生かされていると言えた。


 正直、彼の考えはよくわからない。

 ユリウスが何を考え、どうしてここまでしてくれるのか。

 何が目的で、何を目指し、どういう風に生きているのか。

 フィーナには全くわからなかった。


「……いっそ、身体目当てだとわかりやすいんだがな」

 自分の貧相な身体に触れ、苦笑する。

 特定層への需要はあるだろうが、おそらく彼は当てはまらない。

 少なくとも、そういう視線を向けられたことは一度もなかった。


「悪い。ちょっといいか?」

 浴室の外から声をかけられ、フィーナの心臓が跳ねた。

 さっきまでユリウスのことを考えていたからか、変な緊張があった。


「ひゃっ!? ど、どうしたんだい?」

「悪いんだが、なるべく早く上がってほしい」

「ま、まだ心の準備が……」

「さっき入口にな、呼び出しのメモが置かれていた。ベロニカからだ」


 強張り、変に緊張していた気持ちが、すーっと冷めていくのを実感できた。

「――わかった。一分待ってくれ」

「ああ。出かける準備をしている」


 そう言って彼が離れたのを感じてから、フィーナはシャワーを止め、浴室を出た。




 受付で暗号を聞き、ベロニカの拠点に二人は到着する。

 けれど、彼女はそこにいなかった。


「……留守かな?」

 フィーナの言葉にユリウスは首を横に振る。

「それはありえんな」

「何故だい?」

「あの銭ゲバが、不在の時、隠れ家に人を上げるわけがない」

「じゃあ、これはどういうこと?」

「……たぶん……逃げたな」

「えっ?」

「大分ヤバい橋を渡ったんだろうな。もう……ベロニカと会うことはないだろう」

「そんな……私の所為で……」

「嬢ちゃんの所為じゃないさ。気に病むな」

「……だが……それでは……」

 そこまで口にして、フィーナはユリウスの態度に違和感を覚えた。


 なんというか、淡泊。

 いや、ちょっと違う。

 言葉に本気が見えない。

 つまり……。


「ユリウス、君……私に何か隠していないか?」

「ん? いや、別に隠し事はないぞ。ただ……こういうことは一度目じゃないってだけで」

「……へ? それは一体どういうことだい?」

「あいつは雲隠れするたびに名前と拠点を変えるんだよ。ちなみに俺は三度目だ」

「……っ! んー……」

 ぷるぷると震えた後、フィーナはぺしっとユリウスの肩を叩いた。


「はっはっは。さらに言えば、あいつが仕事を途中で投げ出すということもあまり考えられない。つまり……」

 ユリウスは周囲のテーブルや花瓶の中、壁や床などを探索する。


 そして椅子の裏にある封筒を発見し、その手に持った。


「あった」

 フィーナが傍に寄るまで待ってから、ユリウスは封筒を開き、中身を取り出す。

 二人はその写真を見た時、静かに息を飲んだ。


 そこには、見知った顔が載っていた。

 コードネーム『ストライド』。

 彼がJPIコーポに所属する吸血鬼である証拠が、そこにつらつらと書きだされていた。



ありがとうございました。

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