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黒曜の怪物  作者: あらまき


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13/16

怪物と、怪物


 いつからだろうか。

 アルハンゲルから、季節が失われたのは。


 大気汚染が原因だとか、元から季節なんてプロパガンダだったとか、色々言われてはいる。

 だが真実して、今のアルハンゲルに季節は存在しない。


 雨でもないのに太陽が顔を出すことはほとんどなく、日中もどんよりと薄暗い。

 雨が降るほど天気が緩む日など年に一度あるかどうか。

 そもそも、基本的に降るのは雪だ。

 そして、たとえ太陽が顔を出したとしても、気温は依然マイナスのまま。


 だからいつだって、この荒れ果てた世界は白で化粧される。


 しんしんと、雪が降っている。

 数日ぶりの雪。

 おそらく、そう積もることはないだろう。


 まっさらな雪の上に、自分の足跡が残っていく。

 まるでこの世界には自分しか存在しないような、そんな気分にさせられた。


 慌てることなく、悠々と。

 まるで散歩でもするかのように進み、ストライドは目的の廃工場に到着した。


「さて……どういう用件でのお呼び出しかねぇ」

 その表情には笑みが宿っていた。


 怪しいことこの上ない。

 十中八九罠だろう。

 けれど、それでもかまわない。

 たとえどういう理由であっても、きっと愉しい。


 日常を渇く日々としか捉えられない彼にとっては、痛みや苦痛もまた喜びに含まれた。


 静まり返った廃工場の中にストライドは入り、それを見つける。

 部屋の中央にぶら下げられた、巨大な革袋。

 そのサイズや形状から、中身が何なのかは大体予想できている。


「……ま、確認は大切だな」

 わざとらしく大きな独り言を呟き、工場の中央に堂々と進む。

 罠も待ち伏せも警戒していない。

 いつ誰に襲われるかわからない混沌街の住民らしくない態度。

 それはまるで、法律が機能する普通の国の住民のようだった。


 ストライドはつるされた布袋を引っ張り、上から中を見る。

 予想通り――ジュノの死体が、そこに入っていた。


 自分直属の部下で、今回自分を呼び出した奴。

 いや……殺された後呼び出しに利用されたと言った方がより正確だろう。


「というわけで、もういいだろ? 出てきてくれよ」

 ストライドがそう告げると、部屋の隅から二人の人影が現れる。


 一人は、彼にとってお気に入りの『ユリウス』というなかなかに良い男。

 もう一人は、フードを被った小ぎれいな女。


 予想通りの展開に、ストライドは微笑を浮かべうんうんと頷いた。


「さ、用件を聞かせてくれ。ちなみにだが、この屑の後釜が目当てだったんなら、喜んでくれてやるぜ? 俺の部下になってくれるなら大歓迎だ」

 それは、混沌街に生きる者にとっては最上級の誘い文句であった。


 大企業に所属するということは、それだけで望みがすべて叶うと言ってもいい。

 理不尽に晒されることはなくなり、これよりは自分が理不尽そのものになれる。


 それも幹部待遇。

 混沌街に住まう人間誰もが望むことと言っても決して過言ではないだろう。

 それでも……。


「……ま、そんなつまんない男なわけないよな、あんたが。とはいえ、狙われる理由もわからん。どんな依頼より好待遇のつもりだし。恨みか?」

 無言のまま、ユリウスはストライドに近づく。

 やれやれと両手を広げ、ストライドは溜息を吐いた。


「せめて敵対する事情を教えてくれないかい? あんたを殺した後、不眠症になってしまいそうだ」

「単なる害虫駆除だ。クソ吸血蝙蝠」

 その一言で、ストライドの表情が変わる。

 どこか飄々とした態度から、ニヤリと、愉しそうな笑みを浮かべていた。


「ああー。なるほどなるほど。理解したよ。そりゃあしょうがない。ああ、しょうがないことだ」

 そう、怪物退治なんてのは道理しかなく、むしろこれ以上理由を尋ねるのは野暮にしかならない。

「もう質問はいいかい? クソッタレのバットマン」

「いや、もう一つだけ提案をさせてもらう。酒飲み勝負じゃ駄目かい? あんたとサシで飲みたかったんだよ」

「悪いが、俺は酒が嫌いだ」

 ストライドは目を見開き、手を自分の口に当て驚愕の仕草を見せた。

「驚いた――。怪物以上にレアな存在だな。あんた」

「だろ? 俺もそう思ってる」

 そう言って二人は笑いあってから、一歩ずつ下がり距離を取る。

 そして……ユリウスはパンチを叩き込む。

 ストライドは避けもせず、拳は顔面にめり込んだ。




【吸血鬼】

 人ならざる怪力と再生力を持つ、古より語られる創作上の怪物。

 けれど、それは確かに実在した。


 かつて語られたフィクションの化物たち、その多くは現実世界に居ることが確認されている。

 とはいえ、現代では大半が絶滅し、レッドデータブックも真っ青となるような状態だが。


 圧倒的怪力で、再生力?

 その程度なら、サイバネでも遺伝子調整で再現可能だ。

 何ならバイオテクノロジーで吸血鬼能力を持った獣を作ることも出来る。

 それ以前に、ただの人がパワーアーマーでフル武装すれば、単純に戦闘力は上位互換となる。


 怪物とは、滅びゆく幻想の残滓。

 人間という成長の怪物に敗れた、哀れな敗北者。


 だがそれは、彼らが弱者ということを示しているわけではない。

 たとえ滅びゆく存在であろうとも――怪物は、怪物のままである。


 数度のパンチを良い感じに顔面に受け、ストライドは微笑みながら自分の頬を拭った。

「やるねぇあんた。いい実力してる!」

 ストライドの放つ大振りのパンチをスウェーで回避。

 そのまま前屈姿勢となり、その勢いを乗せたストレートを再び顔面に叩き込んだ。


 鼻に直撃し、ストライドは後ろに吹き飛ぶ。

 人間ならば、死んでもおかしくないだけの衝撃だった。

 それでも――。


「あのさぁユリウス。あんた――舐めてるのか?」

 倒れながら、ストライドは言う。

 それは、芯が凍えるような冷たい声だった。


 あれだけ一方的に殴られたのに、ストライドは傷一つ付いていなかった。


「確かにさ……怪物ってのはもう恐怖の代名詞じゃない。俺だって警察にゃビビるし、大企業にはケツを振る。けどさ……だからって何の準備もない人間が、怪物が怖がらないのは……さすがに侮辱だろ?」

 起き上がりながら、ゆるりとストライドはユリウスに近づく。

 ユリウスは軽やかなステップと共にジャブを放った。


 バシバシっと顔面に何発もクリーンヒット。

 無抵抗のまま連打を浴びるも、ストライドは平然としたまま。

 目を閉じもせず、ノーガードで歩き続けていた。


「お前さ、熊を素手でどうにか出来ると思ってんのか? そっちの女もだ。たかだか拳銃ごときでどうにかなると? せめてミサイルくらいは用意しろよ」

 フィーナはびくっと身体を震わせる。

「なんで……見せてもいないし、こちらの武装なんて……」

「は? ……ああ、そうか。お前ら人間は不便だな。見なきゃ何もわからんのだから」


 どれだけ殴られても、蹴られても意にも介さず、ただ歩くだけ。

 ユリウスは徐々に後退しながら、ストライドを殴り続ける。

 そして気づけば、壁際に追いやられていた。


 ユリウスは、ゼロ距離の渾身のハイキックを叩き込む。

 だがストライドは微動だにせず、むしろそのダメージはユリウスの方に返ってきていた。

「……で? 次は何を見せてくれる?」

「犬真似でもすりゃ満足か?」

 ストライドは苦笑して、腕をユリウスに叩きつけた。


 フルスイングから叩き込まれた腕は、まるで爆弾かのような凄まじい破裂音と衝撃を響かせる。

 そして――フィーナはそれを見た。

 もげ、ぶらぶらと揺れるユリウスの頭部を。


「――っ!」

 声が、何も出なかった。


「マジで気に入ってたんだぜ? これでもさ……」

 そう、寂しげにストライドは呟いて――。


「じゃあ、第二ラウンドだ」

 もげた頭が、邪悪に笑った。

「なっ――!?」

 ユリウスの腕がしなる。

 ぐにゃりと、まるで骨がないかのような動きをして、ストライドのガードをすり抜け、ドスリとその肩を貫く。

 ストライドは、顔を顰めた。

「ぐうっ!?」

 手刀をもってその軟体動物みたいな腕を切り落としながら、ストライドは慌てて後方に下がる。


 捥げた首のまま動き、腕はタコの足や触手のよう。

 そんなユリウスの本当の姿を見て、ストライドは高揚したかのように笑い出した。

「はっ! ははははは! そうか! てめぇもか! だから武器を持たなかったのか。いや、持てなかったんだな!?」

 切り落とした腕の先が、どろりと溶け、黒い液状化する。

 そのままぐねぐねと動きながらユリウスの腕の先に繋がり、腕の形状が復元される。

 ストライドの貫かれた肩も、赤い霧が纏い、服ごと復元された。


「それで、てめぇは何の化物だ? 泥男か? 水男か?」

正体不明(アンノウン)だよ」

「ミステリアスで素敵だな。マジで惚れちまいそうだ」

 心底嫌そうな顔を見せてから、ユリウスはストライドに飛びかかった。


 そうして再び、二人は殴り合いを始める。

 けれど今度は、先のように温い喧嘩とは違う。


 一撃ごとに激しい衝撃と爆音が弾ける。

 余波の暴風が、フィーナの元にまで襲うほどに。


 お互いノーガードのまま、ただ激しい暴力をぶつけ合い周囲を傷つける。

 その様は、まさしく怪物だった。


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