真に恐ろしいもの
――爆ぜた。
衝撃波の巻き起こる黒の一撃は、素手でありながら爆発に匹敵していた。
――裂いた。
その赤の一閃は刃と化し、剣戟を響かせる。
ぶつかり合う、二つの怪異。
闇と闇、邪悪と邪悪。
黒と赤を纏い、暴威を振るい、二人は互いの威をぶつけ合っていた。
宗教が喪失し、国家が滅び、科学が世界をする時代に逆行した、その悍ましきその光景をフィーナは見つめる。
ただ、見つめることしかできなかった。
衝撃波だけでガラスが割れ、攻撃に巻き込まれた工具や機械は吹き飛び、地面には無数の傷跡や打撲痕が生じる。
離れていてさえ危険であるのに、近づけるはずもない。
中央の二つは、人型で立っているものの、人の道理からあまりにも外れている。
このような恐るべき惨状を生み出しながら、ただ笑い、殴り合う二人は、精神的にさえ人と呼べなかった。
怪物を忘れるな。
この世界に化物が居ることを、人は忘れるべきでない。
それでも――フィーナの心のどこかに、憐憫にも似た感情が宿っていた。
悲しい、寂しい、心苦しい。
そのどれにも当てはまり、そのどれとも合致しない、不可解な感情。
激しく、荒々しい怪物同士の戦い。
そのはずなのに、二人の戦いは、妙に物悲しかった。
無数の破裂音と剣戟の音が響く。
ただ一つの動作を、斬る/殴るを二人は続ける。
人ごときの目線からすれば、それは共に怪物である。
けれど、同じでない。
互いに人ならざる怪物なれど、決して対等にはなりえない。
怪物にだって、格というものが存在する。
その差は、時間と共に現れた。
ゼロ距離、ノーガードのぶつかり合い。
その末に、ストライドはがくりと膝を落とした。
種族的に見れば、吸血鬼は怪物の中でも限りなく上澄みに近い。
圧倒的な身体能力と再生能力を持ち、血を操る術に、幾つかの超能力じみた力まで。
ストライド自身は吸血鬼としての格は平凡なものでも、それでも並大抵の危機なら単独で覆せる。
太陽光で大きく弱体化するという欠点さえも、一週間に数度しか日の光が浴びられないアルハンゲルでは、限りなく小さなものと言えるだろう。
強いて欠点を言えば、人間の血を吸わねば生きられぬということ。
つまり、吸血鬼とは生命維持を人間に依存している寄生生物ということである。
だがそれさえも、大なり小なり怪物というのは人間に依存して生きているから、あまり大きな弱点になり得ない。
総じて、吸血鬼というのは極めて厄介な種族ということ。
そんな自負が、今この瞬間に打ち砕かれる。
片膝をついたという事実が、ストライドの誇りを無残に砕いた。
「てめぇ……一体何だよその身体はよぉ!?」
叫び、自らの血を纏わせた手刀を叩き込む。
限りなく不可視に等しい赤の斬撃。
その斬撃が、派手な金属音を鳴り響かせる。
そう……金属音。いわゆる剣戟。
つまり、ユリウスの肉体が鋼に等しい硬度となっていることを示す。
スライムのように軟体化する性質と、鋼以上の硬度となる性質。
ユリウスが見せた怪物らしき特性は、たったその二つだけ。
けれど、そのたったの二つで、ストライドの吸血鬼としての能力を完封していた。
「頑丈だろ? こう見えてストイックでな、筋トレは欠かしてないんだ。この一週間以外は」
ふざけた言葉と共にユリウスは蹴りを放つ。
身体をしならせ、液状化させ、ゴムのような弾力を持ち、高硬度で叩きつける。
動作はキックだが、やっていることは鉄球を吊り下げた重機と同じ。
パァンと、派手な音と共にストライドは血を吐き、のけぞる。
その破壊力は、トラックの衝突さえ上回っていた。
ストライドは中央にある自分の部下の死体が入った革袋を見つめ、そちらに向かい爪を振るう。
革袋に無数の傷が生じ、そこからおびただしい量の血液が流れる。
その流れる血は一つ一つが槍のように鋭い形状となり、ユリウスに襲いかかった。
けれど、ユリウスは傷一つ付かない。
あっさりと、槍は血に戻った。
「あーあ。これ洗濯じゃ落ちないな」
ユリウスはうんざりとした表情でそう呟く。
ずたずたに切り裂かれた服が汚れたことを嘆く。
彼にとってこの戦いは、その程度でしかなかった。
静かに、ストライドはユリウスを睨む。
怪物には、格が存在する。
そして、吸血鬼という格にユリウスが勝っている可能性は限りなく低い。
圧倒的知名度を誇る吸血鬼が、身体を液状化と硬化することくらいしかできない上大して名前も広まっていないマイナー種族に負けているはずがないからだ。
それはストライドの負け惜しみではない。
ただ、事実を確認しただけ。
『吸血鬼の方が格上』
つまり……。
「ユリウス……てめぇはどのくらい生きてやがる?」
圧倒的種族差を覆す理由。
それは……その個体の蓄えてきた年月以外にあり得なかった。
「あんたのおしめを替えた記憶はないから安心してくれ」
「けっ。飄々としやがって」
ストライドは地面に唾を吐き、ユリウスを睨む。
そして、拳を掲げ襲いかかった。
そのままの態度で、ユリウスは待ち受ける。
お前がそうしたいなら、いくらでも付き合おう。
そんなユリウスの態度を見て――ストライドは、嘲笑った。
「馬鹿が」
ストライドの手が、ユリウスの首に触れた。
直後、ユリウスの身体ががくんと脱力する。
「これ……はっ……」
ユリウスは身体に力が入らず、硬化も液状化も出来なくなっていた。
ストライドの前蹴りが、腹部にめり込む。
「があっ!」
えぐられるような痛みとともに、肺の中の酸素が強制的に吐き出され、呼吸が途切れる。
ユリウスはそのまま後方へ吹き飛び、床を転がった。
「はっはぁ! 馬鹿が! 確かにてめぇはつえぇ! けどな、舐めすぎなんだよ」
「……偉大な、吸血鬼様をか?」
「ちげぇよタコ。てめぇは俺より格上だ。俺じゃねぇ。――クソッタレな大企業様をだよ。怪物対策程度、出来ないわけがないだろ。ま、効くかどうかはちょい自信なかったけどな」
余裕綽々な態度でストライドはユリウスを見下す。
ユリウスは自分の首に手を当てる。
そこには、革製の首輪が付けられていた。
「科学の力ってすげーよな。それだけで、古い怪物の力を封じるらしいぞ? つまり、今のてめぇは単なる人になり果てたってことだ」
ご機嫌な様子でストライドは言った。
ふらふらと苦しそうに立ち上がり、ユリウスはストライドを見る。
その顔は、まるで泣きそうに見えるほど悲しそうだった。
「どうして……」
「あん?」
「生きたいなら、逃げればよかっただろ。それなのに……なぜ、こんなことを……」
「勝つために決まってるだろ。何言ってるんだ? そんな当たり前のことを」
ユリウスは目を丸くし、絶望の表情を見せた。
怪物には、道理がある。
生きるための摂理があり、そして滅びのための儀式がある。
既に末路が見えている、敗北者であるからこそ、怪物はその道理を貴ぶ。
それを、ストライドは台無しにした。
いや、そうでない。
こいつは、怪物の道理を最初から知らなかったのだ。
自分の相手が、怪物未満の、ただの化物でしかなかった。
その事実が、ユリウスの心を深く傷つけていた。
「じゃあな。ミスターアンノウン。あんたが人間だったら……あんたと一緒に生きたかったぜ」
ストライドは深紅の爪を掲げる。
それでもユリウスは、絶望した表情のまま一歩も動かない。
そして腕が振り下ろされる――その瞬間。
一発の銃弾がそれを止めた。
「……あん?」
ストライドは、怪訝な表情を向ける。
その先には、拳銃を構えるフードの女が居た。
ありがとうございました。




