ヴァルメク
「Aランク魔人、鮮赤のヴァルメク。殺し屋だ」
そのブルースの言葉を聞いて思い出した。
話は訓練の時に遡る。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「だいじょぶか、若いの」
横たわる俺を上から見下ろすブルース。Cランク魔人と戦い……いや、戦ったなんていうのもおこがましい。『うろちょろしただけ』だ。結局魔人にトドメを刺したのはブルースだし。
「追い込みが足りなかったのか?」
「ぜぇ……いや、これが……実力です」
「ほぉ~……」
五体投地の俺のそばに座るブルース。そこで自分が思う実力というものを話してみた。俺は、あのギャルたちに支えられている、と。
「……なるほど。とはいえ、自力を鍛えるのが今回の修行だ。もうちっとがんばれ」
「は、はい……」
自らの情けなさを認めつつも強くなろうと心に決めた。しばらくした後立ち上がり、今度は魔物と戦いに向かう。魔物なら勝てるのかというとそんなわけもなく、またしてもやられ、地面に倒れる。
「ぜぇ……ぜぇ……」
とまあ。息切れを繰り返した俺は一週間の修行は不可と判断され、二日で切り上げることになる。
そんな、俺がのびている間にブルースが話してくれたことがある。
「Aランク、鮮赤のヴァルメク。って言ってな。魔人の中には通り名を持つ奴がいる。こいつはその筆頭だな」
「つまり、強い?」
「それは間違いない。だが真に警戒しなければならないのは、コイツは異質だ。ってことだ」
「というと?」
ブルースは枝を拾って地面に図を描き始めた。
「魔人ってやつは観測された瞬間からランクが着けられる。判断基準は『どれだけの破壊を行ったか』だ」
三角形の図の頂点を指す。
「嵐の王なんかはトップクラスだ。もたらす規模の大きさからSSランクを着けられている」
「(本来なら、もっとヤバかったってことだろうな)」
「基本的にはA、B、C、Dと付けられるが、頭一つ抜けた存在にのみSというランクが与えられる。さらにその上澄みがSSってことだ。——で、ヴァルメクの話だが」
そういいながら五段に分かれた三角形の図の最上段の底辺、つまりAランクとSランクの境界を強調する。
「こいつは最近になってAランクを着けられた。それは、今登っている最中というわけではない。現状のランク付けシステムが足を引っ張っていた」
「……えっと、もう少し分かりやすく」
「コイツはな……『人しか殺さない』んだ。他の魔人は街を破壊して名声を稼ぐというのに」
枝を放るブルース。言葉からは怒りというより、諦めを感じる。
「存在としてはかなりの古株。そしてだしてきた人的被害だけを見ればAランクの上位……」
「強さは、Sランク。ってことですか」
「……ああ。そうだな」
複雑な感情を滲ませながら答えるブルース。そして立ち上がった。
「もし……奴と出会えば、俺とてお前を守り切れんかもしれん。……いや、この場合は自分も、と言っておくべきか」
見上げるその瞳には、複雑な感情が汲み取れる。出会うことを恐れている、あるいは必ず倒す決意か。
「ほら立て若造。もう少し追い込むぞ」
……という会話を交わしていた。
場面は戻り、現在へ。
「——く……」
敵、ヴァルメクは剣と銃がくっついたような武器で戦っている。遠近常に攻撃を仕掛け続ける敵。というとブルースが押されているように聞こえるが。
「——ムン!」
ブルースも剣術と魔法、遠近隙の無い戦いを繰り広げる。
「(凄い……。目で追うのがやっとだ)」
両者ともに互角の戦いを繰り広げていた。いや、流れを見ればブルースの方が優勢とも見える。本来なら加勢すべきなんだろうが、優勢に見えるというのもあって俺如きが加わるとかえって邪魔になると判断した。
「流石、要塞きっての最速の魔法剣士。半端な援護が出来ない」
女性魔法使い(ええと、アーシャさん?)がそうぼやく。最速か。納得の速さだ。
「ヴァルメク。今こそ報いを受けてもらうぞ」
「ホォ、報い。何の事だかわからねェな」
「……。いや、結果で示そう」
深く構え直すブルース。
「ここで貴様の首を取る。その上で下げる頭が残っているなら、あの世で下げるがいい」
今度はブルースから仕掛ける。踏み込みも剣速も凄まじい強さで迫る。
敵ヴァルメクは押し込まれる。攻撃を受け流すのが精いっぱいに見える。
勝てる。そう誰もが確信した——。
「——え?」
それはポツリと、誰かが言った。としか分からなかった。
前方で繰り広げられる高速戦闘に集中していた俺たちは反応が遅れた。
「アーシャ!」
俺のやや後方にいた女魔法使いが腹を押さえて倒れた。その手から赤い鮮血が溢れている。
「っ……! 全員あつま——」
気付くのが遅れた俺はすぐに行動に移そうとした。だが、そんな俺の足を”ソレ”が穿っていた。
痛みに耐えながら敵の方を見た。一瞬だが目が合った気がする。敵は、これを狙ってやっている。
(跳弾……! いや、これくらいはすぐに対策しておくべきだった……!)
「ユーマ!」
「っ……、みんな、一カ所に集まって防御魔法を固めるんだ」
ミオの声に足を引きずりながら合流する。何か手伝えるのであれば、みたいな気持ちで立っていたがそんなものはないとすぐに判断したら防御に徹するべきだった。失敗だ。驕りが生んだ隙。
そんな俺たちの動きを察してか近接戦に持ち込むブルース。と、それには付き合わないと距離を離すヴァルメク。
「チッ……」
「オイオイ、俺は殺し屋だぜ。マトモにやりあうだけがガラじゃねぇっての」
ブルースは距離を詰めてヴァルメクの行動を制限しようとするが、敵はのらりくらりと躱す。そしてもう偶然を装うこともなく銃口をこちらに向けてくる。
「ミオ! 防御を!」
「分かってる!」
一手遅れたが全員一カ所に集まり防御を固めた。これでブルースの足を引っ張ることは無くなった、と思う。
「アカリ、まず彼女の治療から。出来るか?」
「出来ると思う!」
腹に穴が開いた彼女の治療を優先。
完全にブルースの自力に任せる形になっているが大丈夫だろうか。
「——ぬうん!」
力強い攻撃だ。乱れはない、様に見えるが――。
「足が重くなってきたか! ジジイ!」
「く……」
いや、なんとか躱しているが余裕があるようには見えない。打ち合い始めて五分は経っただろうか。連続でそれだけの時間打ち合っているのは凄まじい体力だ。
一瞬、いや出来れば呼吸を整えるだけの時間を稼ぎたい。——やれるか、俺に?
「おっと」
ブルースが半ば無理矢理炎の魔法で距離を作った。
「……」
「いいのかいジジイ? この位置なら……」
敵の銃剣がこちらを向く。ミオの防御があるからやられることはないだろうが、ブルースは本来のミオの出力を知らない。足を引っ張らなければいいが……。
「ジジイが突っ込んでくるより先に銃弾が撃ち抜くぜ?」
「……そうとも限らんさ」
ブルースはあろうことか剣を捨てた。纏っていたローブを脱ぎ捨てる。
「……」
一連の動作は隙だらけだったはずだ。だが敵は引き金を引くことも、構えなおすこともなかった。——いや、出来なかった、が正しいのだろう。
「若僧ども、見ておけ。魔法使いの切り札というものを」
そういってブルースは自分の胸の前に手をかざす。暖かな光が溢れた、と思ったらその手を天に掲げ、光が集まっていく。そして光が形になっていく。
「その魔法使いの生涯を武器として具現化したもの。——命牙」
ブルースの手には大振りな大剣が握られていた。最速の剣士とは縁遠い武器に見えるが……。
「……」
敵、ヴァルメクは油断はしていないようだ。《《みてくれ》》大剣という視覚情報は気にしていないように。
緊迫の糸が張り詰める。その中で、僅かにヴァルメクが僅かに、引き金に手を掛けた。
「——。オイオイ、マジか――」
俺も目が追いついていなかった。ブルースは引き金が引かれる、寸秒の間にヴァルメクの後ろに回り込み、さらに武装を手にした腕を切り落とした。
どしゃっ、と腕が落ちる。これが要塞最速の速度。早い、なんてものじゃない。
勝った。——そう思った。
響いた音は銃声だった。鳴るはずのない銃声、腕ごと切り落とした武装のそれが動くとはだれも思っていなかった。
その凶弾の狙いはブルースだった。だが”それ”自体はなんなく叩き落すブルース。そのせいで――一手遅れる事になる。
「! ブルース!」
「なに……!」
俺も油断していた。まさか、倒したと思った相手が――。
「——あばよ」
自爆するなんて。
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