”嵐の王”
装備を整え宿から出た。外に出てみると明らかに風が強いと感じる。
それだけじゃない。なにか、風以外のなにかが一体に流れている感覚がある。具体的に何と言い表しにくいが、喫煙所に入った時の様な煙感といえばいいだろうか。
「わー」と風に煽られるスカートを押さえるアカリ達。目にはいいが心臓に悪い。
「なあアカリ、前に空飛んでたよな。俺も一緒に飛べるか?」
「出来ると思う。けどなんで? 危なくない?」
敵は恐らく嵐の王。そしてこれだけの風を吹かしながら現れている。これがわざとなのかは分からないが、多分”目立ちたがり”だと思った。
それに俺達を探している、みたいな話が本当なら……高い所から見下ろす形で探すだろう。
……と、ファンタジー脳が言っている。
「勘だけど、空に上がればすぐ見つけられると思う」
全然説得力のない言葉だが……。
「——オッケー!」
アカリは明るく返した。
「三人で上に上がればいい?」
「ああ、頼む」
そう答えたそばからふわっと浮遊感。浮いている。……と同時にアカリの匂いがする、気がする。魔力にも匂いってあるのだろうか。
最初は徐々に、宿屋の屋根を超えたあたりからグンと上がった。みるみる宿屋が小さくなっていく。
下を見ていてもしょうがない。アカリを信じて俺は周囲を見渡す。俺たちの上には真っ黒な積乱雲みたいなのが出来ている。
そんな黒い空に、赤い宝石のような輝きが一つ。
「アカリ! あの光に向かえるか?」
「りょ!」
「ミオ! 魔法が飛んできたら防御できるか?」
「わ、わかった。なんとかする」
空を飛んでいく俺達。近づいて分かる魔力の圧。間違いなくヤツが放っているものだと思われる。
ここまで来ておいて勝てるのか? なんて頭によぎる。なんとかするしかない。いや、する。……守られているだけの俺が偉そうな事は言えないが。
「——来たか! 今世紀の勇者!」
(声が鮮明に聞こえる? まだ相当な距離があるぞ?)
敵、と思われる存在から声が聞こえた。まだシルエット程度でしか捉えられていないが向こうはこちらを認識したらしい。
「向かってくるその勇気や良し。では――死合おうか!」
赤い輝きがこちらを向いた気がする。——来る。
少し前まで点だったソレは、馬に跨った騎士のようだと捉える。馬用の鎧を纏った禍々しい馬とそれに跨る黒の鎧と――。
(あの槍はなんかマズそうだな)
敵の持つ槍が赤く、血が滴るような見た目をしている。何かがマズイとだけ勘が告げている。
「来るぞ!」
こちらへの急接近、俺が前に出る。あの槍は、彼女たちに向けられてはならない。そんな気がした。
騎兵が来る。その迫力は凄まじいものだった。刺し殺される、踏み殺される、そんなビジョンが簡単に想像できる。
だが――この短期間ながら――空での動き方のコツを掴めていた俺はそれなりに上手く動けた。直撃は避け、槍の一突きを剣でいなす。
(——クソ重てぇ……!)
なんとかいなした一撃をもって騎兵は離れた。
「やるな! 並みの兵士なら剣ごと体を吹き飛ばされていただろうに!」
(なんで相手は嬉しそうなんだよ……!)
ビリビリとしびれる腕でもなんとか剣は構えている。「大丈夫!?」とアカリが聞いてくれる「大丈夫!」と気丈に振る舞う。
「このっ……!」
俺が捌いた騎兵への追撃をミオがやっている。以前のドラグナー戦で見せた追尾する魔法の槍。それが6本は騎兵に向かって飛んでいる。
ミオの魔法の威力は凄まじい。それは知っている。だが――。
「これは凄まじいな! ——ハアッ!」
騎兵は見事なまでの手綱捌きで躱しつつ、追尾する魔法を一本づつその槍で叩き落していく。
「そんな……」
とやられる一方で。
「我が全力の魔導障壁をあっさり砕くか! ますます面白い!」
向こうもなにやら言っているが戦力は削げているようだ。ミオが悪いわけじゃない、やはりあの槍のなにか秘密がある。
「ミオ! 広範囲魔法、って言って伝わんないよな」
「な、ぐ、具体的に言ってくれれば分かるし!」
具体的、とかとは違うんだよな。魔法に関する感覚ってどれだけゲームや漫画、アニメで見て「そんなことが」っていう「不思議」に触れてないと分からないと思う。
「あ、アタシ分かるかも!」
と言うのはアカリ。
「単体魔法じゃなくって全体魔法ってことでしょ?」
「そう!」
やはりラノベとはいえ空想物に触れている分理解が早いのか。
「よっしゃ! なんとかする!」
そう言ったアカリは黙った、かと思えば周囲の魔力が集まっていく感じがする。多分想像以上に大がかりなことをするつもりじゃないだろうか。
となれば……。
「ほう! なにか仕掛けるか! ならば抵抗しておこうか!」
なんか相手さん楽しんでない? そう思わないでもないが、とにかく、妨害に来る。アカリの魔法発動までどんなものか分からないが、時間を稼ぐ必要がある。
「ミオ! 出来るだけ目いっぱい俺を強化してくれ!」
「強化ね、それくらいなら……」
「アカリの魔法発動まで持たせるぞ!」
「……」
体に自分だけじゃない力が満ちるのが分かる。これならいなすどころか弾き返すくらい出来るんじゃないか。
「いざ! 勝負だ!」
敵騎兵が突撃してくる。背後にはアカリ、この直線を死守する。
剣を振りかぶる。そして――。
互いがぶつかる瞬間、全力で剣を振り下ろす!
「——っ、う、おおおおお! ……く!?」
奴の槍と互角に渡り合って……。
いや……、押されている?
奴の槍の効果か? いや、俺の腕っぷしか……!
「——ミオ! アカリを守る魔法を!」
「え……」
——あとは、俺に出来る全力で!
「うおおおおああああ!!」
真っ向から打ち負かすまでは出来なかった。だが進路を変えるくらいは出来る。
「——るああああ!」
腰から力を込めて、武道の基本的な重心の乗せ方で敵を弾き飛ばす。
その時、俺がミオの支援の範囲外に出たせいか、今まで俺を守っていたものが剥がれる。
敵の暴風じみた魔力の嵐で腕が裂かれる。致命的ではないが凄まじい痛みだ。しかしまだ男として虚勢を張れる程度だ。……冷静さを欠くな、勝ちの目を潰してはいけない。
「ユーマ!?」
「大丈夫だ……。それより――」
敵の動きを追う。俺から離れ、再び上空へ戻る騎兵。
「……戻るよな、上へ。戦い慣れてるならなおさら上の有利を取る。だが――」
その上には既に仕掛けがある。
「アカリ!」
「オッケ!」
いままで暗雲だった上空が真っ白に変わる。暗雲といったって雲、水蒸気だ。上空一帯を凍らせる大規模空間魔法、それをやってのけた。さすが。
敵騎兵も凍結に巻き込まれ、一切の動きが取れないようだ。
「ミオ、今なら確実に当たる」
「う、うん」
ミオが槍の魔法を構える。そして放たれた。
当たる間際。
「——見事」
あの騎兵からそんな声が聞こえた。
ミオの魔法が確実に敵の体を穿った。体がチリのように消滅していく。さすがに終わっただろう。
思い返せば、すごい武人みたいな敵だったな、と。戦いやすくて助かった、という感じだが。
「ユーマ! 腕……」
「そ、そうだな。あとでなんとかしないと」
ミオに心配されるが、それより……。
「降りない?」
小さな笑いと共に、嵐の夜は終わりを告げた。
***
魔王城。その謁見室。
「影がやられました」
そう報告するのは――嵐の王。
「私の十分の一程度の魔力しかないとはいえ、まさか敗走を喫するとは」
魔王は何も答えない。
「なかなかに楽しめそうです。はっはっは」
そうして話は終わった。
まだ嵐は終わっていない。
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