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020.『花の香りに包まれて』

 未だ晴れる事の無い分厚い雲から絶え間無く降り注ぐ雪の結晶は、積もる程の勢いこそないが身体をしとしとと濡らしていく。足の先、指の先からじんわりとした冷たさが這い寄り、そこに集う誰もが身を震わせる。


 牧場自体の広さはあるものの、建物としては牛や羊の寝床である牧舎と、作業小屋や倉庫が並ぶ程度で屋根があるスペースは限られている。


 その少ないスペースを、怯える子供やその母親、そして負担の大きい老人達の休める場所として使っている為、大体の男衆は吹き曝しの牧草地に居なければならなかった。


 幸い、この牧場の持ち主であるリズの両親やリズが、使われていない廃材や壊れた農具、壊した木箱や飼い葉などを掻き集め、何箇所かに分けて火を灯した。 


 轟々と燃え盛る炎で、村人や行商人達は暖を取る。しかし心の内はどうしようも無く冷え切っていた。


 本来ならばお祭りであった行商隊の到来の筈が、まさか村、そして自分達の命が終わる事態になろうとは。誰しもが寒さでは無い、身体の震えを隠し切れていなかった。


 (ドラゴン)という名の災厄。


 普通の人間にとって、台風や地震などといった事象と同じだ。抗う術は無く、過ぎ去るのを待つばかり。ただ違うのは、過ぎ去った時には自分達の命も一つ残らず消えているという事だ。


 焚き火は雪の勢いに負けずに燃え盛る。その明かりに照らされた、皆の顔はただただ暗かった。


 ーーつい、先程までは。


「メアちゃん、これはどうすればいい?」

「そのまま横に並べて! 皆、寒いからちゃんと焚き火に当たるのよ!」

「有難うよ、メアちゃん。俺達は十分暖まったから、メアちゃんも当たりなよ」

「リリー、ほら、こんな風に切り込みを入れて木端を噛ませれば動かないだろ?」

「本当だ……流石ロイド……」

「俺が教えた奴、ちゃんと覚えてやがるな、やりやがる」


 獣の唸り声に負けない位の活気が、牧場内に響く。村の男達が一丸となり、木箱や廃材などを運び出して集めているのだ。


「へへ、さっきまでしょぼくれてたのによー、現金な奴だぜ、なぁロイド」

「マルクのおっさんだって、もう終わりだ、なんてぶつぶつ呟いてた癖に」

「マルクおじさん……ロイド……手を動かして」


 そう言いながら、リリーは運んできた木箱を門の前に置いた。


 今作っているのはメア達が塀の外に出る為の、そしてその後にユーシィとポッカが援護をする為の高台だった。


 リズ達との話の後、メアとリリーは真っ直ぐに焚き火に集まる男達に声をかけた。爬虫人類(リザードマン)のメアとリリーを知らない者はこの村には居なかった。行商隊の中でも、新しく加わった商人以外は馴染みがあった。


 赤、青の鱗に覆われた四肢。特にメアは好んで手足を露出しているかすぐに分かる。艶やかな表面に対して、上半身は人間の姿という歪さ。色々な所へ旅をしている行商隊でも見た事も聞いた事も無い爬虫人類だった。


 しかしそんな事を気にするような村人は居ない。生まれた時からこの村で育ち、遊んだ村の一員だ。


 最初の内は何の音沙汰も無かったクゥロ、そしてそのクゥロが連れてきたメアとリリーに難色を示す者も居た。しかしクゥロが率先して害獣駆除などの危険な役割を担い、またそのクゥロの後ろにちょこちょこと付いて回る二人の爬虫人類の愛くるしさに、次第に釣り上げていた目尻が下がり、相好を崩すようになったのだった。


 子供が少ないこの村では、まるで自分の孫のように思っているものも少ない。


「わぁ、やっぱり皆で作ればあっという間ね!」

「本当……皆、凄い……」


 そんな孫のようなメアとリリーにお願いされたら、断れる訳も無かった。それがメアとリリー達の命を危険に晒す事になっても。


「本当に、大丈夫なのか」

「うん、私達だけじゃないし……」


 ロイドの不安そうな声に、リリーははっきりと答えた。遠巻きに村人達の動きを眺めるマックスをちらりと見る。


「プレボスさんの護衛だろ? 本当に強いのか?」

「父さんよりは弱いけど……頑張ってくれると思う」

「それにリズさんが獣達を止める魔法を使ってくれるらしいわ! 私達はそれまで時間を稼げば良いだけだから、大丈夫よ」

「それなら良いんだが……俺には何も出来ないのが、悔しくてな……」


 あまりにも自信満々な二人に押されて、ロイドはつい弱音を溢してしまう。日々大木と戦っている木こり達だ、鍛え上げた体なら普通の獣に遅れを取る事は無いだろう。しかし、狂ったように暴れ回る、この大きな牧場を囲むくらいに大勢の獣達の前では幾ら鍛えた体だとしても何の意味を為さない。


「その気持ちだけで、十分嬉しい……」

「リリー」

「皆怖いのに、不安なのに、私達のお願いを聞いて動いてくれた……だから次は、私達の番なの」


 リリーは右手に握った斧をぎゅっと握り締めた。これから命のやりとりをするというのに、その目は酷く穏やかだった。


「だから……後は任せて、ロイド」

「……分かった、頼んだぜ、リリー」

「リリーの事は私に任せて! それにどのみちとーやが竜を倒しちゃえば、獣達だって大人しくなるわ」

「そうそう……父さんがいるから平気」

「あのなぁ……でもそうだな、クゥロさんなら竜を倒しちまいそうだな」


 いつもクゥロに全てを持っていかれるロイドもこの時ばかりは、クゥロの勝利を祈りたかった。


「マルクのおっさんだって、俺だって、お前に教える事がいっぱいあるんだからな。死ぬなよ、リリー」

「うん……行ってきます」


 気付けば門の前には階段上に組まれた高台が二つ出来上がっていた。急拵えで組まれたが、足を掛けてみると思った以上にしっかりとしていた。この村は木材と触れ合う機会が多い為、木の加工や扱いに慣れている者も多い。これならばユーシィもポッカも、足場を気にする事なく援護に気を回せるだろう。


「お別れは済んだか?」


 抜身の大剣を肩に担いだマックスが、悠々と二人に近付く。後ろからは先程までリズを指導していたユーシィと、革手袋越しに弓の調子を確かめているポッカがいた。


「お別れだなんて縁起が悪いわ! お見送りって言って欲しいわ」

「似たようなもんじゃねーか」

「そっちは……準備、大丈夫?」

「ああ、ユーシィとポッカには話を付けといた。最初にユーシィの魔法で門の前の獣を散らして、それから突撃だ。先陣は俺が切らせて貰うぜ」


 片方の高台へ登るマックス。その後ろにメアとリリーも続き、少し低めの位置に待機する。


「しっかし、こんなに数がいるとはな……怖気付いたりしてねぇか?」

「獣の群れと戦うのはこれが初めてって訳でも無いわ。それにとーやと戦う事に比べたら、容易いもの」

「攻撃すれば当たるだけ、簡単……父さんには私達二人でも勝てない……」

「おいおい、どんだけ強いんだよそりゃ」

「ふふふ、マックスも後で会わせてあげるっ! きっとびっくりすると思うわ」

「父さんの強さに……恐れ慄くといい……」


 二人の真っ直ぐな視線に、マックスは呆気に取られた。悠に百を超える、殺気だった獣達を前にしてなお、その戦いが終わった先の事を語れる二人。そしてその二人が信じて疑わない彼女らの父親という存在に、興味が湧いた。


 マックスは口元に獰猛な笑みを浮かべる。


「そうだなぁ、楽しみにしとくぜ。んじゃ、お前達の父さんとやらに会う為に、ちゃっちゃと片付けるとするかぁ! ユーシィ、派手にやっちまえ!」

「男って単純ね……いいわ、行くわよ、"風圧(エアプレッシャー)"!」


 突如として現れた突風が、門に群がる獣達を吹き飛ばす。体勢を大きく崩し、泥で濡れた地面に転がる獣達目掛けて鋭い矢の一撃が突き刺さる。


 対面の台に立つ、弓を構えたポッカが笑顔で手を振る。


「うっし! いい調子! 任せたよ、三人共!」

「いくぜぇ、メア、リリー!」

「うん、良いとこ見せちゃうわよ!」

「……えいえいおー」


 その笑顔に後押しされ、メア、リリー、マックスの三人は門を飛び越えて獣達の群れへと突撃した。



 ◆◇◆◇



 リズは一人、牧場の中心に立っていた。小雪に身体を濡らしながら、それでも体の奥には確かな熱量を感じられた。


「心を落ち着けて、自分の奥に広がりを感じる事」


 魔法使いとして先輩であるユーシィからの助言を、ゆっくりと自分の中で昇華していく。


「その土地から魔力を引き出し、自分の中に取り込む事」


 長く住んでいたこの村は、どうやら普通の土地よりも魔力が豊富らしい。神々の住む山から流れ込む水が、大地を豊穣にしたのだと何となく思った。

 その大地から魔力を分けて貰う、そんなイメージでリズは魔力を自身の内側へと集めた。


(まるで、炎と氷が一緒に身体の中にあるみたい)


 今までに無い、高濃度の魔力がリズの身体に流れ込む。凍り付く程に冷たいのに、火傷しそうな程に熱いと感じる。ここまで多くの魔力を集めた事の無いリズの心に、恐怖の影が一瞬過ぎった。


 それは力だった。どんな事でも可能にしてしまう。奇跡のような、悪魔のような力だ。自分の手に余る代物のようにリズは思った。


(……メアちゃんもリリーちゃんも、この村の為に頑張ってる。マックスさん達だってそう)


 それでもリズは躊躇わなかった。


(クゥロお兄ちゃんも、一人で竜と戦ってる。私だって……!)


 自分に扱えるか分からない恐怖を、それ以上の強い想いで従える。


「取り込んだ魔力を、自分の中で練り上げる事」


 吸い上げた魔力と、自分の魔力を混ぜ合わせる。ゆっくりと膨れ上がった魔力が、自分の色に染まっていくように感じた。強い魔力の大きさはそのままに、反動が抑えられていく。


「行使する魔法とその効果をイメージしながら丁寧に紡ぐ事」


 世間話がてら、牛や羊達の寝付きが悪い、と細やかな悩みを話した時、クゥロが教えてくれた。花の香りの効果を強める、ただそれだけの魔法。


 でもその魔法を教えて貰った時、リズは嬉しかった。悩みを解消出来た、それ以上に冒険者だった時のクゥロの姿が垣間見えて、何だか秘密を共有したような気分になった。


 師匠が寝る時によく使ってたんだ、という言葉に少しだけもやっとした気分になったが。


 今、その魔法を、このありったけの魔力で行使しようとしている。


 この牧場の周囲の柵に植えられた、棘の蔦を持つ植物。触ると怪我をしてしまいそうな無骨な外見と裏腹にその花は美しく、香り高い。春に一度咲いた後、もう一度咲く事があり、今年はもう咲かないとリズも思っていた。


 塀を隔てたその柵は、リズの今いる位置からは実際に見る事は出来ない。しかし触れずとも見えずとも、ずっとこの牧場で過ごしてきたリズならば感じ取れる。獣達に絡まり、踏まれ、それでもなお力強くあるその植物の命を。


 イメージする。想像は創造に通じる、とクゥロは言っていた。だからリズは強く思う、この牧場を囲むように咲き誇る大輪の花達を、そしてその花に囲まれて眠りに付く罪無き獣達の事を。


 全て滞り無く、準備が整った。


 リズの身体から溢れ出た魔力が、大地に染み渡る。牧場の中心に立ったリズからゆっくりと広がる。極限に高まった集中に、汗は流れ立ち眩み、呼吸も荒く、それでもリズは魔法の発動と共にその名を叫んだ。


「"睡眠香気(スリープアロマ)"!」



 ◆◇◆◇



 大剣を横に薙ぎ払うと、真っ赤な液体が宙を舞う。例え半身を断ち切られても勢い自体は消えず、足を縺れさせながらぶつかってくる狼の身体をステップを踏んで躱す。


 今斬ったので何体目の獣なのか、そんな事が頭を過ぎったがすマックスはすぐに考えるのを止めた。最初の十体辺りまでは覚えていたが、その後はもう曖昧だ。今更数え直しても意味が無い。


 斬っても斬っても、獣の数は減らない。昔、攻撃が当たらない事が一番怖い事だと誰かが言っていたが、それは違うな、とマックスは思った。

 攻撃は当たっているのに、相手は倒れるというのに、戦況として何も変わらない事が一番怖いと今ならば言うだろうな、と。


 肌寒い気温なのに、汗をじっとり身体から吹き出て、散々大剣振り回した腕は重い。それでものんびりと呼吸を整える間も無く、獣達は襲ってくる。


「だぁ、多過ぎんだよ! くそがぁ!」


 悪態吐きながらも生き残る為にマックスの身体は動く。無作為に突っ込んでくるのに攻撃を合わせるのは簡単だ。しかし簡単な事でも疲労は蓄積されていく。少しずつ大剣の重さを感じる、両脚に疲れを感じる。いつミスをするか分からない不安がマックスの背後から忍び寄ってくる。


 けしてマックスの体力が無いという事では無いし、実力が足りないということでは無い。行商隊の頭目であるプレボスに認められる程の実力があり、大剣を操る膂力とその体捌きは荒削りながら光るものがある。体力だって若さに甘えずにしっかり鍛えて備えている。


 それでも、命は一つしかないのだ。獣達の群れを相手取るには少な過ぎる。


「あはは、もーっといっぱいきても良いのよ!」

「……メアに負けてられない、さぁ、おいで」


 そんな疲労気味のマックスを尻目に、メアとリリーは最初から飛ばしていた。大地は獣達の血で赤く染まり、足元には何体もの肉片が転がる。それでも余りある獣達に囲まれて、減る事の無い殺意を当てられて、それでもなお笑っていた。


 円盾を滑らせるように獣の攻撃を捌き、片手剣で一刀の元に切り捨てるメア。その恵まれた体躯を持ってして、斧の一振りで幾つもの命を奪うリリー。

 獣よりも早く、そして獣よりも力強い二人だった。


「自信があるってのは嘘じゃねーな、ありゃ」


 けして無傷では無い、メアの露出した脚には切り傷があり、リリーの厚手のコートにも幾つかの爪痕があった。それでも全く衰える事はない、元々爬虫人類は人間とは体の作りが違うのだ。多少の傷ならすぐに血は止まるし、体力だって普通の人間よりも多い。


「ああ、畜生、俺も踏ん張らないとな」


 ここまでただの村人に奮闘されては剣士の名が廃る、とばかりにマックスはその怠くなってきた四肢に力を込める。限界まで振り切ってやろうと自ら獣の群れに飛び込む。


「てやぁ! ふふ、マックスさんもなかなかやるじゃない!」

「お前らが頑張り過ぎなんだよ、くそ、熱くなっちまった」

「……私も、負けない……てい、やぁ……」


 メアとリリーは肉食獣のように不適に笑った。戦うのが楽しくてしょうがないといった具合に、釣られてマックスも笑う。どちらかと言えばそれは苦笑いの方だったが。


 暫く、獣達の断末魔と肉を断ち切るような音が響いていたが、異変に真っ先に気付いたのは高台から望んでいたユーシィだった。


「魔力が、広がっていく……リズさん、上手くいったのね」

「ふぇ? ユーシィ、どしたの?」

「魔法の準備が整ったみたいよ」


 この中で一番魔法に精通しているからこそ感じる、大地に流れ込む魔力。幾ら魔力を取り込んだとは言え、ここまで純度の高い魔力を操れるリズの潜在能力の高さに驚く。


<<マックス! メアちゃんもリリーちゃんも、門の前に来て!>>


 風に乗せて声を届ける "拡声(ラウトボイス)"の魔法を使い、乱戦中の三人に呼び掛ける。


「やっとか! 戻るぞ、お前ら!」

「リズさんの魔法ね、分かったわ!」

「……いいとこだけど、戻る」


 それぞれ受け持っていた獣達を捌き切ると、一目散に門の前に戻る。傷だらけの門に背中を向け、襲いかかってくる獣達と向き合う。

 その魔物達がユーシィの"風圧"とポッカの矢で足止めされる。


 その魔力の高まりをマックス達でさえ感じた時、ユーシィが叫んだ。


「"魔法抵抗(マジックレジスト)"!」


 魔法の効果を抑える不可視の盾が、ユーシィを中心に広がる。


 その直後、リズの魔法は完成した。


 踏み付けられ、捻じ切られた棘の蔓達が、凄まじい勢いで成長する。一部壊れかけた柵にさえ巻き付き、空へと目指す。

 枝分かれした蔓から蕾が伸び、花開く。その花弁は、大地に溢れた血液を吸ったように真っ赤だった。


 何層にも重なる花弁から、甘い香りが匂い立つ。メアもリリーも嗅ぎ慣れた香りだが、その香りがこの踏み荒らされた大地の香りとむせ返るような血液の香りすらも凌駕し、一帯を包み込む。


「……綺麗だわ」

「でも……何だか、怖い」


 綺麗な花が一気に咲き誇る様は見惚れてしまう程に美しく、そして何処か恐ろしくも感じた。目の前で起こる変化に、マックス達も魔法の説明を受けていたユーシィもただ呆気に取られていた。


 変化に気付いたのはポッカだった。


「見て、皆! 獣達が、眠っちゃってる!」


 高台から見渡せる位置に居て、ユーシィのように考え込むタイプでは無かったからこそ、その変化にすぐに気付いた。


 あれほど唸り声を上げ、荒れ狂っていた獣達がまるで呪縛から解き放たれたかのように、一匹、また一匹と地面へと蹲る。そのどれもが安らかな顔を浮かべて眠っていた。


「これが、リズさんの言っていた魔法ね……」

「すげぇな、おい……」

「確かに、人間達よりも獣達の方が匂いには敏感だし、花の香りによって様々な効能があるというのは知っていたけれども……ここまで強いとは思わなかったわ。きっと土地や媒体との相性が良いのね」

「リズさん、いつもこのお花達のお世話をしてるからなのかもしれないわ」

「毎年……香り袋やジャムを作ってくれるの……」


 気付けば、メアやリリーに宿っていた攻撃的な欲求も霧散してしまっていた。この香りを嗅いでメアとリリーの大好きなクゥロの事を思い出したからだ。


 牧場へと続く道を散歩した朝。トーストに塗って一緒に食べた花のジャム。沢山貰った花弁を浮かべたお風呂。寝る前に枕に忍ばせた香り袋。


 その甘い香りを感じる時にはいつもクゥロがいて、メアとリリーの横で微笑んでいた。


「とーや……」

「父さん……」


 もう我慢出来なかった。二人は弾かれたように飛び出す。獣達による危機は去り、村人達の命は助かったのだ。二人を止めるものは何も無かった。一刻も早く、火翼竜と戦っているクゥロの元へ行きたかった。


「おい、お前ら、待てって! 体力あり過ぎんだろ!」

「私が行くわ、マックスは休んでて! 余裕があったらリズさんをお願い! ポッカ、多分大丈夫だと思うけど、警戒を緩めないでおいて」

「う、うん、分かったよ! 気を付けてね」


 へたり込んでいるマックスと見張りのポッカを置いて、ユーシィが二人の後を追う。速度は二人に敵わないものの、行く先は迷う必要も無い。


「とーや、私、とーやの言う事ちゃんと守ったわ。皆を守っておくれ、って。私もリリーも頑張ったのよ? この村も、村に住む人達も好きだもん。でもね、とーやの方がもっともーっと好きなの! とーやが居ないこの村で生きてなんかいけないの、だから」


「父さん……どんな姿でも私の事、好きだって言ってくれた……生まれてからずっと一緒に居てくれた……だから私もずっと大好きな父さんと、これからもずっと一緒に居たいの……綺麗な肌も、可愛い服も要らない、だから」


「「お願い、死なないで」」


 二人の想いは次から次へと溢れて止めれなかった。牧場からの下り道を抜けて、見慣れた村の中を通り抜けて、目指すはクゥロと火翼竜が戦う広場。


「とーや!」

「父さん……!」


 ほんの一刻離れていただけだと言うのに、遠くからその背中を見ただけで二人は自然と涙が溢れてきた。あれだけの大群の獣達に囲まれるよりも、クゥロの姿を目にした方が心を強く動かされた。それが愛しさなのか、心細さからくるものだったのか、分からなかった。


 でもそんな事はどうでもよかった。そこにクゥロが居てくれている。それだけで良かった。


 ずっとその背中を見てきた、ずっと側に居てくれた、そのクゥロが。


 二人の目の前で、竜は火翼竜の口から吐き散らかされた炎に包まれた。


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