021.『暴竜は亡き母の夢を見るか』
火翼竜の体躯が燃え盛り、表面を覆っていた氷が溶けて流れ落ちる。本来ならば透明な水に、夥しい程の赤が混じっているのは、片翼脚の切り傷から流れ出して血液だ。半分まですっぱりと斬られた断面から溢れる血液は火翼竜の足元に血溜まりを作る。
火翼竜の瞳は決してクゥロから外れる事は無い。目というのは感情を強くて表現する器官だ。口程に物を言う、とはよく言ったもので、何処をどういう風に見ているかで、何を考えているかがおおよそ分かる。
視線だけで殺せるだけの鋭さと殺意を持って射抜いてくる火翼竜を、クゥロは真っ正面から見返した。そこには決して折れない、戦い抜くという強い意志があった。
火翼竜は炎を纏ったまま、ゆっくりと距離を詰める。
"自防爆炎"は本来、襲い掛かってくる敵に対して発動する迎撃型の魔法だ。前もって詠唱しておく事で、効果範囲に近寄った相手に対して自動的に炎が伸びる。しかし長時間の使用は、術者の技量にもよるが炎による自傷という危険を伴う。
しかし火翼竜にはその自傷によるダメージが無い。何故なら火竜の血を引く彼の竜麟は生まれながらに火に強い耐性がある。本来ならば制御しなければならない自らを焦がす炎も、彼を傷付ける事は出来ない。
火翼竜は無傷の翼脚の鍵爪を振るう。翼竜の血を引いた故のその爪は轟、と鈍い音を立てながらにクゥロ目掛けて震われる。炎に包まれた豪腕に恐れる事なく、クゥロは躱す。
熱波が、クゥロの髪を揺らす。燃え盛る腕の一振りを避けても襲われるその熱波は、それだけで気勢を削げる程の熱量だ。
「……師匠に比べたら、温いもんだ」
しかしクゥロは涼しげな顔だった。
「翼竜の翼、火竜の炎……お前はその両方の血を受け継いだ傑物かもしれない」
返す翼脚の一撃も、振り抜いた勢いで繰り出された尻尾の薙ぎ払いも、クゥロの身体には擦りもしない。
「だが、それだけだ。俺にとっては、今まで倒してきたドラゴン達と何も変わらない」
遠い過去の冒険の記憶。仲間達と共に戦った日々。それら全ての知識、経験がクゥロを支えていた。
「"暴嵐壁"」
クゥロは自身が身に纏う、大嵐龍の鎧の力を解放する。一度羽ばたけば暴風を巻き起こし、嵐すらも操ると言われた大嵐龍は鎧になってもその力を失ってはいない。
クゥロの魔力に反応して風の渦が巻き起こり、クゥロの周りに見えない空気の壁を形作る。
「行くぞ」
クゥロは"竜殺し"を構えると燃え盛る巨体に怯む事なく、勇敢に立ち向かう。噛み砕こうとしたその顎門を躱し、大木のような後脚の元まで駆ける。
"自防爆炎"による炎の自動迎撃は"暴嵐壁"による空気の層に阻まれて、クゥロの髪の毛一本も焦がす事が出来ない。怯ませる熱すらも届かず、クゥロは片方の後脚の腱を目掛けて一閃。
鮮血が舞う。火翼竜の顔が歪み、苦悶の声を上げる。
自重を支える太い後脚の損傷によって、火翼竜の身体がぐらりと揺れる。それに巻き込まれないように背中側へと足早に駆け抜け、すれ違いざまに尻尾へと"竜殺し"を振り抜く。再度、赤い花が咲いた。
火翼竜は震えていた。今まで負った事の無い痛みに、込み上げてくる怒りに。どうして自分が、こんなにも小さく弱きものに手傷を負わせられているのか。それがまた火翼竜の怒りを煽った。こんな人間一匹に、自分は何故手こずっているのか。ふざけるな、ふざけるな、と。
火翼竜は猛った。その猛りは怒りを滾らせ、咆哮となって辺りに響き渡る。その咆哮に寄せられた獣達が数体、躍り出てくる。
例え村人達が牧場から運良く逃げられたとしても、包囲する為に残しておいた伏兵だった。
「用意周到というか、執念深いというか」
囲まれてもクゥロの顔に一切の不安は無かった。腰のポーチから幾つか黒い金属球を取り出すと狩猟用投石器具に番え、無秩序に襲い掛かってくる獣の先頭から順番に撃ち落とす。
額を狙ったものは昏倒し、脚を狙ったものは大きく体勢を崩して、水と火翼竜の血でぬかるんだ地面へと倒れ込む。しかし戦闘能力を失ってもなお、泥の中を這いずりながらクゥロの元への向かおうとする獣達の姿はさながら生きる屍だ。
早く解放してやらねば、と火翼竜を見据えた瞬間、クゥロは反射的にその場から勢い良く飛んでいた。
火翼竜の口から発せられた火炎吐息が、寸前までクゥロの立っていた地面を一瞬にして焼き払った。直線上にいた獣達を一瞬にして灰に還す。
体内の器官で生成された液体燃料と可燃性ガスを噴射し、自身の魔力を炎に変えて乗せることで全てを燃やし尽くす火炎吐息。火の魔力と共に備わった彼のもう一つの力だ。
元々獣達を呼んだのは足止めをさせる為だった。自分でさえ手こずるクゥロにただの獣など役に立たないという事は分かっていた。その獣を巻き込む形で燃やし尽くそうと思っていた火翼竜だったが、クゥロが獣達を無力化するのが思った以上に早かった為に仕留め損なった。
また思い通りにならなかった、忌々しい人間め。憎々しく思いながら火翼竜が顔を向けると、クゥロと目が合う。
「もう、終わりにしよう」
その視線の鋭さに、自分が最強であると信じて疑わなかった火翼竜は初めて恐怖を抱いた。クゥロの瞳に宿った感情は純粋な怒りだった。
なんでそんな目をしている。全ての生物の頂点、畏怖されるべき存在の自分がどうして目の前のちっぽけな男に怯えなければならないのか。翼竜達に襲われた時でさえ感じなかった恐怖という感情が、四肢に満ちていくのを感じた。
「力を貸してくれ、師匠」
クゥロは腰のポーチから透明な水晶球を取り出すと、溶岩妖猟犬の革手袋越しに強く握り締める。その握り締めた右手を真っ直ぐ火翼竜に向け、体内の魔力を循環させる。
息を吸っては魔力を取り込み、吐いては体内から紡ぐ。リズに教えた基本的な魔力操作だが何百、何千と繰り返してきたクゥロが行使するとそれだけで高濃度の魔力が生まれる。
それらの魔力が掌の中の水晶球の持つ魔力と混ざり合う。目には見えないけれど確かにそこにあるエネルギー。クゥロの右手を中心に、透明な風船の中に詰め込まれた空気のように膨れ上がる。
クゥロが何をするか火翼竜には分からなかったが、本能が警鐘を鳴らす程に危険なものだと感じた。
だからこそ、今の内に息の根を止める。逃げる気は無い。獣達のように肉片の一つすら、生きてきた痕跡すら残さず焼き付くさないと気が済まない。
火翼竜は吼えた。自身を鼓舞する雄叫びだ。再度大きく息を吸う。その呼吸に合わせて粉雪が舞った。溜めた空気と共に、体内の器官から大量の液体燃料と可燃性ガスを噴射する。あらゆる怒りを魔力に、その魔力を炎に変えて、着火。二度目の火炎吐息だった。
クゥロは、火翼竜の吐き散らかされた炎に包まれた。
「とー、や……?」
「嘘、父さん……」
クゥロを中心に火炎吐息は広がり、全てを焼き尽くして尚激しく燃え盛る。生存を疑う余地も無い位に、炎はクゥロを飲み込んだ。
声のした方に火翼竜が目を向けると人影が二つ、牧場へと繋がる道の半ばに佇んでいた。人間の形をしているが、どちらかと言えば自分に近い生き物である事は感じ取れた。
何にせよ、手傷を負った今の自分にとっては御馳走だ。血を流し過ぎた。人間如きにこれ程までに傷を負った事を憎々しく思うが、その人間ももう焼き尽くした。痛みはするが、傷は癒える。次はもっと上手くやらねばなるまい。
そんな事を考えながら、痛む片後脚を庇うように体を起こす。さぁ、食事の時間だ。
「俺の娘達には、触れさせない」
その声が聞こえた次の瞬間、火炎吐息を吐き散らかした中心から、ぼぅ、と青い炎が灯った。小さなその青い炎はどんどんと体積を増していく。比例するように火翼竜の火炎吐息は勢いを無くしていく。まるで小さな水溜りが、濁流を飲み込むような荒唐無稽な光景だった。
純度と密度を伴った青い炎は、火翼竜の火炎吐息を遥かに上回る熱量を持って焼き尽くした。
人の背程の高さまで燃え盛っていた炎が払われた後、そこには"暴嵐壁"に守られ、青い炎を携えたクゥロが無傷で立っていた。
「"融解煉獄"」
青い炎は球状を保ちながら、首をもたげた火翼竜へと向かう。無体表に"自防爆炎"を張り、無事な片翼脚で身体を庇いつつ、体内の魔力を活性化させて火翼竜は迎え撃つ。
青い炎は炎で覆われた火翼竜の飛膜を、そしてその奥にある鱗を易々と融かし、首の根本を穿った。大きく孔を空けた青い炎は背中側へと突き抜け、そのまま大気へと霧散した。
ぐらり、と火翼竜の頭が揺らぐ。鱗一枚で繋がっていた頭部は、重力に耐え切れずにそのまま落下する。反転する視界の中、馬鹿な、と火翼竜はそう思った。
耐火性のある火竜の鱗に守られた、火の魔力を体内に循環させていた火翼竜を炎で焼き切る。それがどれだけ馬鹿げた事か、頭部だけで地面に転がった今でさえ火翼竜は信じられなかった。炎も飛膜も鱗も何の抵抗も生まずにただ焼き貫かれた。
痛みはもう既に無かった。ゆっくりと視界がぼやけていく。遠くで、自分の巨体が沈む音がした。少しずつ近付いてくる死の足音に、火翼竜は初めて死にたくないと思った。
しかし、もう遅い。目を開いているのに、黒い輪郭が視界を狭める。横たわる地面の触覚、焼き焦げた己の匂い、口内に広がる苦い土の味、ありとあらゆる感覚が痺れたように朽ち果てていく。
意識が消える間際、浮かんだのは生まれた直後の記憶。群れの中で爪弾きにされながらも自分を産み、そのまま死んでしまった翼竜の母。
殻を突き破った自分を見て、微笑んだその顔を、どうして、今になって。
そのまま火翼竜の意識は永遠の闇に落ちた。
◆◇◆◇
クゥロはゆっくりと息を吐いた。解除された"暴嵐壁"の風が渦を巻き、粉雪を天高く舞い上がらせて消えていく。目線の先には自分が殺した火翼竜の死骸が横たわっていた。如何に生物最強の火翼竜といえども、頭と体が断たれては生きる術は無い。
"融解煉獄"はクゥロが習得している中で一番の威力を誇る。教えを乞うた大魔導師の影響で、クゥロは火を操る魔法に長けていた。定期的に発動手前までを繰り返して、腕を鈍らせないようにしていたが今回は完璧だった。下手をすれば全盛期よりも威力としては上かもしれない。
しかし、とクゥロは額から流れ落ちた汗を拭う。鎧の内側のシャツは汗だくで張り付いている。息を整えるのに必死だ。何とも言えない倦怠感を感じて、クゥロは苦笑する。魔力に関しては水晶球の魔力の補助があったお陰で大丈夫だったが、体力や精神力は昔のようにとはいかない。
体運びで躱し続け、"暴嵐壁"で防ぎ続けたと言っても、クゥロの肉体自体は所詮人間だ。まともに当たれば無事では済まない攻撃を捌き続けるのには大分神経をすり減らした。
「とーや! 凄い凄い! とーやに掛かれば火翼竜なんて敵じゃないわ!!」
「父さん……大丈夫って信じてた……」
しかしそれでも戦い抜けたのは、娘達のお陰かもしれない。少しの距離も我慢出来ないとばかりに走ってくるメアとリリー。そんな愛しい娘達に手を振ろうとして、
「あっ、ぐっ……!」
クゥロは急激に襲い掛かってきた痛みに、堪らず膝を地面に付いた。
絞り出す声が喉から漏れる。全身から汗が吹き出る。心臓を針で突かれるような痛みが止まない。頭は万力でゆっくりと締め付けられるようだ。
「とーや!?!?」
「父さん!」
平衡感覚を失い、そのまま前のめりに倒れ伏す。ぐらんぐらんと揺れる様はまるで荒波の中、小舟に乗り込んでいるようにすら感じた。
そんな唐突な変化にまさか、とやはりか、とクゥロは相反する事を思う。それはクゥロが冒険者を引退せざるを得なかった原因だった。
クゥロがこの発作に襲われたのは、丁度五回目だ。故郷の村に戻る前に襲われたのを最後に、それから十数年間、一度も発作が起きる事は無かった。しかしクゥロはこの発作が完治したとは思っていなかった。
これは病気などでは無い、と言うことをクゥロは知っていたからだ。
「だ、大丈夫だ、から……」
痛みは絶えず、身体は焼けるように熱い。それなのに震えが止められない程に寒いと感じる。せめて駆け寄ってくる娘達に心配掛けさせないように声を掛けようと思ったが、一言紡ぎ出すのでさえ精一杯だった。
「とーや、どうしたの、とーや、とーやっ!」
「父さん、何処か痛いの、父さん……!」
お気に入りの服が汚れるのも構わず、メアとリリーはぬかるんだ地面に膝を付いた。クゥロが苦痛に顔を歪ませ、力無く地面に転がる弱々しい姿を、二人はこれまで見た事が無かった。
いつだってクゥロは二人に優しく微笑んでいた。火翼竜と対峙している時だってその背中は大きく、横顔は凛々しくもあった。二人にとって掛け替えの無い、何者にも代える事の出来ない存在だ。
そんなクゥロが苦しんでいる。それなのにどうすれば良いのかさえ分からない自分達が無力で、情けなくて、メアとリリーは涙が止まらなかった。
そんな二人に、薄紫色のとんがり帽子を押さえながらユーシィが走り寄ってくる。
「メアちゃん、リリーちゃん、しっかり」
「ユーシィさん……とーやが、とーやが!」
「これは……魔力が暴走しているのかしら。ううん、何らかの力が働いて、魔力を強制的に排出しているに近いわね」
魔力というのはエネルギーだ。この世界で生きている生命は大なり小なり魔力をその身体に内包している。
今、クゥロはその魔力が、外へ無秩序に放出されている。何が原因かは分からないが、例えるならば酸素が欠乏している状態に近い。そう判断すると、ユーシィは自分のポシェットから掌程の小瓶を取り出した。
「ユーシィさん……それは……?」
「これは魔力を回復させる回復薬よ。貴方達のお父さんは、何らかの理由で魔力が欠乏しているの。だからこれを飲ませれば、容態は安定するかもしれないわ」
緑色した液体の入った小瓶の蓋を開け、ユーシィは横たわるクゥロを仰向けに寝かせると口元にそっと小瓶の口を当てて傾ける。
しかし、半ば意識を失いかけているクゥロは上手く飲み込む事が出来ずに、緑色の液体は頬を伝って地面に流れ落ちた。
「く、不味いわね……」
それだけ今の状態が危険な事はユーシィには理解出来た。本来魔力が足りない状態なだけならば、具合が悪くなるだけで時間が経過すれば少しずつ回復していく。しかし今のクゥロはひたすらに魔力が流れ出てしまっている為、その分の負荷が身体に掛かっているのだと分かった。
「ユーシィさん、私達に任せて」
どうすれば良いのか考えていたユーシィの手からメアが小瓶がすっと取り上げた。
メアはもう泣いてなどいなかった。自分がクゥロを助けなければならないのだ、という確信に近い衝動に突き動かされていた。
そしてそれはリリーも同じだった。メアが動いたのを見て、全てを理解したリリーはそっと壊れ物を扱うような慎重さで横たわるクゥロの上体を起こした。
メアは小瓶に口を付けて呷り、中身を半分程を口に含むとクゥロの顔を覗き込む。
額から溢れる汗で前髪は張り付き、髪の毛は熱波に煽られてボサボサで、まるで死人のように生気の無い青白い肌、そして倒れ込んだ時に付いた泥で汚れた頬。
それでもメアは、その顔を愛おしいと思った。
(とーや……)
優しく頬を撫で、そのまま後頭部に手を回して持ち上げると、クゥロの唇に自分の唇をゆっくりと重ねる。
無意識に閉じられている唇を舌で抉じ開け、導くようにクゥロの口内に舌を差し込んだまま、液体を流し込んだ。
メアは苦い筈の液体越しに、蕩けてしまう程の甘さを感じていた。治療中だというのにも関わらず、唇を離すのも名残惜しく感じる程、甘美な時間だった。
自分の口内にあった液体を全て流し込むと、メアはゆっくりと唇を離した。つぅ、と混ざり合った唾液と緑色の液体が糸を引き、メアはぺろっと舌舐めずりする。
「ぷは……残りはリリーの分」
「……うん」
残り半分になった小瓶を手渡しながら、メアはリリーの代わりにクゥロの上体を支えた。
リリーは両手で小瓶を持ち、覚悟を決めて呷った。先程のメアの行動を、羨ましいとさえ思った。それは唇を重ねる事だけじゃない、大事なクゥロの命を救うという行為を迷わずに行うメアを狂おしい程に羨ましく思えた。
元々、リリーは内気で恥ずかしがり屋だ。率先して行動をするタイプでは無い。それでもクゥロを助けたいという気持ちで身体が動いていた。
空の瓶を地面に落とすと、両手でゆっくりクゥロの頬を支える。いつもなら照れてしまう程の近くに、クゥロの顔がある。
(父さん、私も……)
自分の長い黒髪が地面に垂れるのも構わず、リリーはクゥロに口付けた。おずおずと探るように伸びる舌先が、クゥロの唇をなぞり、そして口内へと伸びる。
瞬間、今まで感じた事の無い感覚がリリーを襲った。今まで食べてきたどんなお菓子よりも甘く、体がふわふわとしてこんな状況なのに幸せすら感じる。
液体を嚥下したのを確認してから、リリーは唇を離した。
「とーや、お願い、元気になって」
「父さん……メアも私も、信じてるから……」
メアとリリーは、左右からぎゅっとクゥロを抱きかかえた。自分達の腕の中で、クゥロの容体が少しずつ変化していくのが分かった。
苦痛に喘ぐ声が少なくなり、きつく寄っていた眉間の皺が解けていく。荒かった呼吸が、穏やかに変わっていった。
ユーシィから見れば、クゥロの身体から放出されていた魔力が止まったように見えた。そしてメア、リリーの身体から溢れる魔力がクゥロに染み込んでいくようにも。
そしてそれはメアとリリーが、クゥロの身体に触れた時から緩やかに行われていた事を、ユーシィは気付いていた。通常、魔力を発していたとしても他の人に取り込まれる事は無い。
メアとリリーが特別なのか、クゥロの発作に関係しているのか、ユーシィには分からなかったが、
「ユーシィさん、見て、とーやの具合が!」
「良かった……父さん、本当に良かった……」
まるで先程、リズの魔法で薔薇が花開いたように、いや、それよりも鮮やかに咲いた笑顔を見て、ユーシィは考えるのを止めた。今はクゥロの無事を、そしてこの村の危機が終わりを告げた事を喜ぼうと思った。
「さぁ、クゥロさんを運びましょう。早くベッドに寝かせないと。戦いは、もう終わったのだから」
「うん! リリー、一緒に運ぶわよ、そっちの肩を持って」
「分かった、メア……よいしょ」
「ちょっと、リリーの方が背が高いんだから、屈んで貰わないと上手く歩けないわ!」
「歩き辛い……それなら私一人で運んだ方が、早い……」
「ダメよ! それじゃリリーがとーやを独占しちゃうじゃない! 私だって、とーやの事を運べるんだから!」
「私はそれでもいい……父さんはきっと運んでくれた私の事、褒めてくれるから……ふふ」
「な、何でもいいけれど、早く行きましょ? 皆も、待ってると思うわ」
二人でわーわー言い合いながら、けしてクゥロから離れようとしないメアとリリーを連れて、ユーシィは牧場へと向かったのであった。
災厄の声は、もう聞こえなかった。ただ住民達の喜び合う声が、最北の村に響き渡っていた。




