8・料理ギルドをクビになった理由と出汁茶漬け
「どうしたの? 言いたくないことなら、無理にとは言わないけれど」
黙り込んでしまった俺を見て、エリシアが気遣うように声をかけてきた。
「いや、隠すようなことでもないさ。ただ、少し長くなるかもしれないぞ?」
「構わないわ。今日は休日だもの。時間はたっぷりあるわ」
エリシアがジョッキを傾けながら、続きを促す。
俺は少し考えた末に、ゆっくりと口を開いた。
「俺はここに来る前、王都にある『料理ギルド』で働いていたんだ」
「料理ギルドで……?」
エリシアの眉がピクリと動く。
「あそこは王都でも最大規模の組織じゃない。やっぱり、すごいところで働いていたのね」
「いやいや、俺なんてただの下働きの末端だったよ。それに、一ヶ月ほど前にそこをクビになったんだ」
俺がそう告げると、エリシアは目を丸くして驚いた。
「クビに? どうして?」
「料理ギルドが今、『三つ星ギルド』の称号を獲得するために、貴族向けの高級路線へと完全移行しようとしているのは知ってるか?」
「ええ、聞いたことがあるわ」
エリシアが頷くのを見て、俺は話を続ける。
「そこのギルド長……グレゴールの方針で、高級食材を使った見栄えのいい料理ばかりが求められるようになった。だが、俺が得意としているのは、今あんたが食べているような安価な食材を使った庶民向けの料理だ」
「…………」
「だからだろう。グレゴールは俺の作る料理を、『下品極まりない庶民の餌』と言った。高級料理を作れないなら必要ないって、あっさりと切り捨てられたよ」
俺はそう肩をすくめながら、当時のことを振り返る。
そして、料理ギルドは過酷な労働環境だったこと。俺のような下働きの料理人がどのような扱いを受けていたのか、エリシアに包み隠さず伝えた。
「まあ、結果的に退職金で念願だった自分の店を持てたんだ。俺としては、むしろクビにしてくれて感謝してるくらいだけどな」
実際、あのまま料理ギルドで働き続けても、心と体を壊していただろうし……。
笑ってそう締めくくると、バンッ! と激しい音が店内に響いた。
「な、なんだ?」
見れば、エリシアがカウンターを両手で強く叩いていた。
ほんのりと朱色に染まっていた彼女の顔は、今は怒りで真っ赤になっている。
「……信じられない」
「え?」
「信じられないわ! こんなに美味しい料理を作れる人間を、庶民の餌だなんて言って切り捨てるなんて! そのバカなギルド長は、一体なにを考えているの!?」
いつもは冷静な氷の令嬢。
しかし今は、まるで自分のことのように本気で腹を立てて、身を乗り出して憤慨している。
唐揚げやエール、焼き鳥を頬張って、楽しそうにしていた彼女からは想像もできない姿だった。
「まあまあ、落ち着けって。俺は気にしてないから」
「私が気にするの! タクミの料理の価値が分からないなんて、正気の沙汰とは思えない!」
怒り心頭のエリシアを前に、俺は嬉しさと申し訳なさが入り混じったような不思議な気持ちになった。
しかし自分の作った料理を、これほどまでに高く評価し、怒ってくれる人がいる。
それだけで、自分が救われたような気持ちになった。
「そんな組織が『三つ星ギルド』の称号を、獲得しようとしているんですって? 笑止千万だわ」
「どうだろうな」
怒り続けるエリシアに、俺は苦笑する。
「まあ、あいつらのことを考えてばかりだと、酒が不味くなるぞ。ほら、エリシア。出来た。これ以上は悪酔いするし、そろそろ昼酒の『締め』にしよう」
俺はエリシアを宥めるように言うと、エリシアの前に締めの一品を置いた。
「お待ちどう。俺の故郷の料理で『出汁茶漬け』っていうんだ。よく混ぜて、掻き込むように食べてみてくれ」
調理方法はシンプルなものである。
茶碗に軽く炊きたてのご飯をよそい、その上にほぐした焼き鮭と、刻んだネギ、海苔を乗せる。
そしてその上から、昆布と鰹で丁寧にとった熱々の特製出汁をたっぷりと注ぎかけた一品だ。
俺が出汁茶漬けの入った茶碗を差し出すと、エリシアはまだ少し怒ってはいたものの、湯気と共に立ち上る出汁の香りに思わず喉を鳴らした。
彼女は箸を持ち、言われた通りにさらさらと音を立ててお茶漬けを口に運ぶ。
「はわぁ……」
怒りで尖っていたエリシアの表情が、みるみるうちに柔らかくなっていく。
「美味しい……。出汁の旨味と、鮭の塩気、それに海苔の風味が一体となって口の中に広がっていくわ。お酒を飲んだ後に、こんなにほっとする料理を食べられるなんて……」
あっという間に茶碗を空にしてしまった彼女は、ほっとと満足げなため息をついて箸を置いた。
「気に入ってくれたか?」
「ええ、とても」
頷き、空になった茶碗を見つめた後、再びエリシアは俺に視線を向けた。
「でも……ますます、納得いかないわ」
「ん?」
「私はこれでも公爵令嬢として、様々な美食に触れてきたの。その中でもタクミの料理は、群を抜いている」
「大袈裟だなあ」
「大袈裟じゃない。料理ギルドでは雑用のほかに、食材の仕込みもやっていたのだったわね?」
「ああ」
「だったら……タクミの料理の腕は、目立たないところにも及んでるはず。それなのにあなたみたいな優秀な料理人がいなくなって、今頃、料理ギルドはどうなってるのかしらね?」
エリシアは真剣な眼差しで、呆れたようにそう言い放つ。
今頃の料理ギルド……どうだろうか。
新聞で『三つ星ギルド』の称号を獲得するために躍進している、と記事を読んだばかりだったが。
腑に落ちなさそうなエリシアの顔を見ながら、俺は首を傾げるのであった。
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