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7・休日の昼酒と焼き鳥

 まだ薄暗い店内に入り、窓を開けて風を通す。

 暖簾の出ていない、完全貸し切り状態の『よりみち亭』だ。


 エリシアはいつもの定位置であるカウンター席に、ちょこんと腰を下ろした。


 外から差し込む柔らかい日差しが、彼女の美しい銀髪をきらきらと照らす。


「少し待っててくれ。今、火を起こすから」


 俺は厨房に入ると、手早く炭に火をつけ始めた。


「なにを作ってくれるの?」

「ちょうど鶏肉が余ってたんだ。これで、焼き鳥でも作ろうと思う」

「焼き鳥? 肉串のことかしら」

「まあ、そんなところだ」


 エリシアが興味深そうに、カウンターから身を乗り出してくる。


 俺は鶏肉と一口大に切ったネギを交互に竹串に刺し、特製の焼き鳥の準備を進めていく。

 それを、パチパチと音を立て始めた炭火の上へ並べた。


 ジューッ、と鶏肉の脂が炭に落ち、食欲をそそる香ばしい煙がふわりと立ち上る。


「……んっ」


 早くも、エリシアが小さく喉を鳴らした。


 彼女はほんとに、料理をしている時の匂いが好きなんだな。


「そういえば、エリシアは仕事の方は忙しくないのか?」


 鶏肉の焼け具合を確認しながら、俺はふと疑問に思ったことを尋ねた。


「ってか、グランフォード公爵家って王都にあるんだよな? どうして、こんな田舎まで来てるんだ」

「領地関係の仕事で、しばらくこの町に滞在することになったのよ」

「なんだ、そうだったのか」

「ええ。理由はそれだけじゃないんだけど……」


 そう言って、エリシアは少し顔を暗くする。


 どうして、そんな顔をするんだ? そう疑問を覚えたが、すぐに彼女は表情をいつものに戻して、こう続けた。


「このベルナード周辺はね、グランフォード公爵家が管理しているのよ。知ってた?」

「いや……俺は、そういうのに疎くてな。知らなかった」

「そう。まあ、あなたのことだから、毎日料理ばかりしてそうだものね」


 クスクスと楽しそうに笑うエリシア。


「だから今は、ベルナード周辺の視察や、特産品の流通経路の確認、あとは溜まった書類の決裁なんかをしているわ」

「なるほど、お偉いさんは大変だな」

「そうかもしれないわね。でも……今日は私も、久しぶりの丸一日休日なの」


 と、エリシアはほっととしたような表情を見せた。


 普段は冷たい仮面を被って、貴族としての義務や責任を一人で背負い込んでいるのだろう。

 俺は想像することしか出来ないが、公爵令嬢という肩書きは重たいものに違いない。

 面倒なしがらみも多そうだしな。


 そこで俺はふと、良いことを思いついた。


「丸一日休日、か。だったら……昼間から一杯、どうだ?」

「えっ?」


 俺は氷の魔石でキンキンに冷やしておいた木樽から、ジョッキにたっぷりとエールを注いだ。


 表面にはもこもことした白い泡が浮き上がり、ジョッキの側面には冷たそうな水滴がびっしりとついている。


「ひ、昼間からお酒だなんて……!」


 エリシアは目を丸くして、慌てて首を横に振った。


「公爵令嬢たるもの、こんな時間からアルコールを口にするだなんて、みっともない真似は許されないわ。それに、私はただお昼ご飯を食べにきただけだから……!」


 真面目な彼女らしい反応だ。

 しかし、その視線は目の前に置かれたキンキンに冷えたエールに釘付けになっている。


 くくく、理性と欲望の狭間で揺れ動いているみたいだな。

 しかしエリシアよ、俺はあんたの弱点を知ってるんだからな!


 俺はニヤリと笑い、炭火で焼いている焼き鳥に、自家製の甘辛い醤油ダレをたっぷりと塗った。


 ジュワァァァッ!


 タレが炭火で焦げ、強烈に香ばしい匂いが店内に充満する。


「……っ!」


 先ほどよりも大きく、エリシアの肩が跳ねた。


 やっぱりだ。彼女はこの魅力的な匂いには勝てない。


 彼女の視線が、ジョッキのエールと、網の上で美味しそうに煙を上げる焼き鳥との間を激しく往復し始める。


「今日くらい、肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」


 俺は焼き上がったばかりの焼き鳥を皿に乗せ、エールの横に並べた。


「ここには俺とエリシアしかいないんだ。あんたのことを咎める人なんて誰もいないし、貴族の作法なんて気にする必要もない。ただ美味しいものを食べて、好きに羽を伸ばせばいいんだよ」

「タクミ……」

「ほら、冷たくて美味しいエールだぞ? タレの染みた熱々の焼き鳥と一緒に流し込むのが、最高なんだ」

「うぅ……っ」


 俺からの悪魔の囁きに、エリシアはぎゅっと目を閉じ、拳を強く握りしめた。


 しかし、炭火で焼かれた鶏肉とネギの暴力的なまでの匂い、そしてジョッキから伝わってくる強烈な冷気の誘惑には抗えなかったのだろう。


「……はあ。きょ、今日だけだからね」


 観念したように息を吐くと、エリシアはゆっくりとジョッキに両手を添えた。


 コクリと一口、冷えたエールを喉に流し込む。


「……ああ……」


 エリシアの口から、幸せそうな吐息が漏れた。


 そのまま次に彼女は、竹串に刺さった熱々の焼き鳥をかじり取る。

 今、エリシアの口の中はプリプリとした鶏肉の食感と、甘辛いタレの濃厚な旨味。それにネギの甘さが合わさり、至高の味が広がっているだろう。


「美味しい……っ!」


 すかさず、もう一口エールを煽る。

 タレの濃い味を、冷たい炭酸が爽快に洗い流していく、唐揚げとエールの組み合わせに劣らない、定番の最強コンボだ。


 一口、また一口と食べ進めるうちに、エリシアの顔からは貴族としての緊張感が完全に抜け落ちていった。

 ほんのりと頬を朱色に染め、心の底から楽しそうな表情を見せている。


「ふふっ……昼間からこんなに美味しいものを食べて、お酒まで飲めるなんて。悪いことをしているみたいで、なんだかドキドキするわ」

「だが、たまにはこういう息抜きも、いいもんだろ?」

「ええ、そうね。ありがとう、タクミ」


 すっかりリラックスした様子のエリシアは、空になった串を皿に置き、ジョッキを傾けた。


 外からは小鳥のさえずりが聞こえ、店内にはのどかな時間が流れている。


 彼女ために、締めの一品でも作ってやろうか……そう手を動かし始めた時だった。


「そういえば……」


 エリシアが、ふと思いついたようにこう口を動かした。


「タクミは、ここを始める前はなにをしていたの?」

「え?」


 突然の質問に、俺は手を止めた。


「こんなに素晴らしい料理の腕を持っているのだから、王都の有名店からスカウトが来てもおかしくないわ。どこでこの料理の腕を磨いたのかも気になるし……どうしてこの田舎町で、大衆居酒屋なんて開こうと思ったのかしら」


 エリシアの声音からは、他人の事情を詮索するような無遠慮さは感じない。

 純粋な好奇心に押されて、なにげなく聞いたことだろう。


 どうしようか……。

 俺がここに来る前、王都の料理ギルドにいたこと。そして、そこでどんな扱いを受けていたのか。


 それはまだ、この町で誰にも話していないことだった。

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