41・料理ギルドの末路(グレゴールSIDE)
王都の中心にそびえ立つ、巨大な料理ギルド本部。
その最上階にあるギルド長室で私──グレゴールは苛立ちを隠せないまま、高価なワイングラスを暖炉の壁に叩きつけた。
「クソッ……! あの役立たずめ! なにが『銀刃』だ! なにが『私にいい考えがある』だ!」
床に散らばったガラスの破片が、私の怒りをさらに増幅させる。
先ほど、オズワルドから秘密裏に送られてきた書簡には、信じられない事実が記されていた。
そこには田舎の居酒屋で行われた料理勝負で、彼が用意した白銀牛のステーキが、あのタクミの作った安肉のハンバーグステーキに敗れたということ。
しかも、私が資金を提供して買収しておいたはずの審査員たちが、あろうことか全員タクミに票を入れたというではないか。
「そんなバカなことがあってたまるか! あの男の料理は、ただの庶民の餌だ! どうして、我が料理ギルドで伝説の料理人が負け……しかも、買収した審査員も自分の役目を忘れただとぉ!? なにが起こっている!」
無論、オズワルドに提供した資金は、利子をつけて返ってきた。だが、それだけでは当然私の怒りが治るわけがない。
今回の勝負──オズワルドが勝てば、タクミから店と料理人としての誇りを奪い、料理ギルドの地下で死ぬまで奴隷として働かせるはずだった。
認めたくないが、タクミの仕込みの技術はそこそこだったらしいからな。
そうすれば、今ギルドで起きている味の低下という致命的な問題も解決する。念願の『三つ星ギルド』の称号も確実なものとなるだろう。そういう計画であった。
だが、オズワルドの失策のせいで、その計画は全て水泡に帰した。
「ちっ……構わん。あんな男など、最初から必要なかったのだ」
舌打ちをし、自分自身に言い聞かせるように続ける。
「今の料理人たちに、もっと厳しく仕込みをさせればいいだけのこと。高級食材を惜しみなく使えば、客の舌などいくらでも誤魔化せる! 私は必ず、このギルドを三つ星にしてみせる!」
それに客足が遠のいたことにより、売り上げの低下という問題も、ある一手を打っている。
いずれ、客足も戻るだろう。それが反撃の狼煙となる。我がギルドの料理を虚仮にしてくれた氷の令嬢にも、吠え面をかかせてやる!
あらためて、そう思った時であった。
「──あらあ、随分とご機嫌斜めなのね。ギルド長」
ノックの音もなく、ギルド長室の重厚な扉が開いた。
「誰だ! ノックもなしに入ってくるとは……──っ!?」
勢いのまま顔を向け怒鳴り声を上げるが、そこで途切れる。
入ってきたのは、ゆったりとしたドレスを身に纏い、優雅な笑みを浮かべた妖艶な女性だった。
その背後には王都の衛兵たちが数人、険しい顔で控えている。
「ど、どうして、衛兵が……?」
先頭に立つ女が何者かは分からないが、その物々しい雰囲気に、私は言葉に詰まる。
彼女は唇を指でなぞり、まるで捕食者のような視線を向ける。
「ごきげんよう──私はアンナリーナ。王立美食評議会の審査長なのよ」
「な、なんだと!? 貴様──いや、あなた様が!?」
慌てて居住まいを正し、冷や汗を拭った。
王立美食評議会──。
言わずもがな、『三つ星ギルド』の認定権を持つ組織である。
しかも、その審査長となれば、王国内の料理会における絶対的な権力者だ。その正体は謎に包まれていたはずで、私も目にするのは初めてのことであったが……。
「ほ、本当に、王立美食評議会の審査長なのか? 疑う気ではないが、身元をはっきりさせておきたく……」
「本当よお。ほら、これが名刺。王都有数の高級店を従える料理ギルドの長なら、これがどういう意味か分かるわよねえ?」
彼女──アンナリーナから、黄金色の名刺を受け取る。
……本物だ。滅多に手に入ることがない、高級な紙があてがわれている。偽造も簡単に出来ないはずだし、ここで身分を偽ることになんの意味が?
審査長本人だと思うのがいいだろう。
「確認が取れた……いや、取れました。しかし、どうして王立美食評議会の審査長がここに? ──ま、まさか……」
そこで、私はある可能性に思い至る。
王立美食評議会が我が料理ギルドの功績を認めて、『三つ星ギルド』の認定をしにきたのではないか。
そうだ、そうに決まっている。
「ふふふ、察しがいいわね。ご名答──このギルドの『評価』を下しに来たのよ」
私の推論を裏付けるかのように、アンナリーナが口角を吊り上げる。
やっぱり……だ! ようやく、私の努力が認められたのだ!
思えば──ここまで長かった。
氷の令嬢に冷徹な判断を下され、オズワルドがタクミとの勝負に負けてどうなることかと思っていたが、神は私を見放していなかったのだ!
期待に胸を膨らませアンナリーナの言葉を待つと、彼女は何故か紫色の瞳を冷ややかに細めた。
「あなたの評価は……これよ」
そう言って彼女は一歩前に出て、手にした数枚の書類を私のデスクの上に放り投げた。
「これが……『三つ星ギルド』の認定証……」
「はあ? なにを言ってるのかしら」
アンナリーナが顔を歪ませる。
「しっかりと見なさいよ。その紙になにが書かれているのかを」
「え……」
促され書類に目を通すと、全身から血の気が引いていくのを感じた。
私がオズワルドと交わした密約の証拠、そして料理勝負の審査員たちを買収するために料理ギルドの裏金を使った記録。
そのような裏工作の証拠が、事細かに記されていたのだ。
「密約に審査員の買収。……あなた、王都の名に泥を塗るような真似をしてくれたわね」
そう語るアンナリーナの声は、どこまでも冷たかった。
「ど、どうして、あなた様がこれを……?」
「オズワルドが自白したのよ。『料理人の魂を売った自分は、相応の報いを受ける必要がある』……って。まあ、その他にも情報提供元はあるんだけど」
オズワルドめ……!
今回のことが露呈すれば、グランフォード公爵家の執事長とて、処分は免れない。
グランフォード公爵当主は氷の令嬢以上に、冷ややかな人間だと聞いていた。ゆえに、オズワルドが口を割るはずがないと思っていたが……ヤツめ、裏切ったか!
それにしても、これだけの証拠。集めるためには相応の時間がかかるはずだが……早すぎる。
その他の情報提供元とは、なんだろうか? 王立美食審査会は事前にこの情報を知っていたのでは……疑問は山積みだが、問いかけても答えは返ってこないだろう。
「ち、違う! これはなにかの間違いで……」
「言い逃れは無用よ。……それに、あなたのギルドの問題は、これだけじゃない」
アンナリーナは、さらに冷酷な事実を突きつけてきた。
「ここの料理。最近、味が落ちているらしいわねえ」
「お、お恥ずかしいばかりです。ですが、今は全力で味の向上に努め……」
「だけど、経営が苦しくなってきたんじゃない? ただでさえ、金に糸目をつけずに高級食材を仕入れまくってるんだから」
「それは……」
「あなた、やったわね。食材の使い回し。現場への無茶な営業の強要。食材の管理まで疎かになった」
ギクッ。
それは私にとって心当たりのあることばかりだったので、反論の言葉を紡げない。
「そして昨日……系列店のレストランで提供した料理から、ついに『食中毒』が発生したのよ」
「なっ……!?」
食中毒。
それは、料理店にとって絶対に起こしてはならない、致命的な失態だった。
「幸い命に別状はなかったけれど、被害に遭ったのは他でもない、王族に近い高位貴族の方よ。最早、料理ギルドの信用は地に堕ちたわね」
「そ、そんな……」
私は膝から崩れ落ち、床にへたり込んだ。
──高級路線へ舵を切り、『三つ星ギルド』の称号を獲得しようとした。
しかし、結果がこれだ。
組織は内側から腐り果て、オズワルドとの密約で行った裏工作もバレ、食中毒を出した。
一体、どこから私は間違っていたのだろうか……。
「料理ギルドには、本日付けで無期限の『営業停止処分』を下すことが決定したわ。それだけじゃない。数多の不正に手を染めていたあなたにも当然、逮捕状が出てるの」
「た、逮捕状……っ!?」
逮捕? 高尚なギルド長である私が、薄暗い牢屋で冷飯を食わないといけないのか──!
それだけは避けなければならない。私は無様にも床に這いつくばり、アンナリーナのドレスの裾のすがりつく。
「お、お待ちください! 私が悪かった! あっ、そうだ──田舎のベルナードという町に、タクミという料理人がいるんです。料理ギルドがおかしくなったのは、ヤツがいなくなってから!」
「…………」
「だから……ヤツを連れ戻せば──タクミが戻ってくれば、全てが元に戻るはずです! どうか、もう少しだけ猶予を……!」
だが、そんな私を衛兵たちが取り押さえる。
羽交い締めにされる私に、アンナリーナは憐憫の視線を向ける。
「タクミはもう、あなたのような人間の下へは戻らないわ。彼にはもう、彼を受け入れてくれる居場所があるのだから」
アンナリーナは背を向け、扉の方へと歩き出す。
そして最後に肩越しに振り返り、私にこう告げた。
「さようなら──ギルド長。これに懲りたら、牢屋の中で反省しなさい」
バタン、と。
扉が冷徹な音を立てて閉まり、アンナリーナが部屋からいなくなる。
「ああ……ああああああああああっ!」
全てを失った。
権威も、名声も、三つ星の夢も。
そう──いつから歯車が噛み合わなくなったのか、私は薄々気づいていた。
タクミだ。
私が『無能』と見下し、切り捨てたあの男のせいで……いや、違う。私自身の傲慢さが、全てを壊したのだ。
後悔の念が、遅すぎる絶望となって私を包み込んだ。
──こうして王都の中心で栄華を極めた料理ギルドは、完全に崩壊したのだった。
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