39・ハンバーグステーキ
「お待ちどう──『よりみち亭』特製、ハンバーグステーキだ。熱いうちに食ってくれ」
俺がドンッとカウンターに皿を置くと、三人の審査員たちは揃って怪訝な顔を見合わせた。
「ふんっ、ハンバーグステーキか」
「せっかくの牛肉を細かく挽いて丸めるなど、正気の沙汰とは思えん。これでは肉の旨味が逃げてしまう」
「所詮は三流料理人が思いつきで作った、安っぽい餌だ。食べる価値など……」
彼らは鼻で笑い、手をつけようとしない。オズワルドに買収されている彼らは、最初から俺の料理をまともに評価するつもりなどないのだ。
しかし。
「これだけで終わりとは思わないでほしいな。その小皿に入った特製ソースを、ハンバーグにかけてみてくれ」
「ソースだと? ふんっ、ソースをかけたくらいで、どうこうなるものではないと思うがな。このようなもの……」
眉をひそめながらも、審査員たちは特製ソースをハンバーグにかけていく。
その瞬間──強烈な香りが爆発した。
「な、なんだこの匂いは……っ!」
審査員の一人が、思わずごくりと喉を鳴らす。
ハンバーグを焼き上げたフライパンには、肉から溢れ出た極上の肉汁が残っていた。
そこに、すりおろした玉ねぎ、ニンニク、俺の特製醤油、そしてたっぷりのバターを加えて煮詰めたのが、この特製ソースだ。
焦げた醤油の香ばしさとバターのコク、そしてニンニクのパンチの効いた匂い。それらが湯気と共に立ち上り、人間の根源的な食欲を呼び起こす──。
「な、なんだこの匂いは……!?」
「さっきの高級肉の匂いも凄かったが……もっとこう、腹の底から食欲を鷲掴みにされるような匂いじゃねえか!」
周りの人たちも、審査員の前に並べられた皿から放たれる強烈な旨味の香りに、涎を垂らす。
「…………」
一方、オズワルドは後ろで手を組み、じっと事の成り行きを見守っていた。
「ええい! 匂いだけで誤魔化せると思うなよ」
「そ、そうだそうだ。庶民の餌などに手を付けるつもりはなかったが……まあいい。一つ、味見をしてやろう」
「どうせ、匂いだけに決まっている。三流料理人の不出来な点を、指摘してやろう」
香りの誘惑に抗いきれなくなったのか、一人の審査員が言い訳を口にしながら、ハンバーグにナイフを入れた。
「なっ……!?」
サクッとした小気味よい音と共に割れた表面から、閉じ込められていた透明な肉汁が、まるで泉のようにジュワァァッと溢れ出す。
「こ、これほどの大量の肉汁が……っ!」
驚愕しながらも、審査員は切り分けたハンバーグを特製ソースにたっぷりと絡め、震える手で口へと運んだ。
「……っ!」
彼の動きが、ピタリと止まる。
そして、信じられないといった様子で目を見開き、すぐさま二口目、三口目と貪るように肉を口に運び始めた。
「お、おい! どうしたんだ!?」
「むんっ……! こ、これは……旨いっ! 旨すぎるぞおおおおっ!」
他の二人の審査員もたまらずハンバーグを口にし、絶叫に近い声を上げた。
「外側は強火で香ばしく焼き上げられているのに、中は驚くほどふっくらとしている! 硬くて筋の多いはずの安肉が、舌の上でほどけていくようだ!」
「細かく挽いた肉に、じっくりと炒めて甘味を引き出した玉ねぎ、卵、そしてパンを絶妙な配合で混ぜ合わせているのか! これらがスポンジの役割を果たし、肉の旨味と脂を一切逃さずに内部に閉じ込めているのだ!」
「そしてこの特製ソース! 醤油とニンニク、バターの濃厚な旨味が、肉の味を何倍にも引き立てている! ま、まさかこの安い赤身肉から、これほどまでに暴力的な旨味を作り出せるとは……!」
彼らはもう、自分が買収されていることすら完全に忘れているようだった。
高級な白銀牛とトリュフの余韻など一瞬で吹き飛び、ただひたすらに目の前のハンバーグステーキに魅了されているのだ。
皿に残ったソースまで付け合わせの野菜で拭い取るようにして、童心を帰ったかのように食べ進めている。
先ほどまでの強固な態度はどこにいったのか、今はまるで童心に帰ったかのようである。
「やった……! やったわ!」
「タクミさん、すごいですぅぅぅ!」
客席から、エリシアとハンナの歓声が上がる。リネットや見守ってくれる人々も、割れんばかりの拍手と歓声を俺に送ってくれていた。
「バ、バカな……」
オズワルドだけは、信じられないものを見るような目で、審査員たちと空になった皿を見つめていた。
「あなたたち、自分がどのような立場か、忘れたのか!」
「い、いえ……当然、忘れてはいけません。しかし、食欲には抗えず……」
「もういい!」
今まで、冷静さを崩さなかったオズワルドの表情が、初めて怒りで歪んだ。
「白銀牛とトリュフのステーキが、あんな安肉の塊に負けるはずがない! そんなバカなことがあってたまるか……!」
あらら。
ギリッと奥歯を噛み鳴らし、余裕のあった仮面が完全に剥がれ落ちている。
三流料理人など、庶民の餌など散々好き放題言った彼にとって、俺の作った一皿は認めたくないのだろう。
だが。
「そう言うなら、あんたも食べてみな」
彼の前に──自分の試食用に作っておいたもう一枚のハンバーグステーキの皿を、トンッと差し出した。
「……なんのつもりですか」
「なあに、食べてみたら審査員がどうしてああ言うのか、分かると思ってな。料理人の勝負はあくまで、皿の上で決めるべきだ。それとも、あんた……」
俺は息をすーっと吸って、こう告げる。
「俺の料理が怖いのか?」
「……っ!」
俺がニヤリと笑って挑発すると、オズワルドは料理人としての矜持を刺激されたのか、奪うようにハンバーグが載った皿を手に取る。
「──いいでしょう。どうせ、勝敗はもう決まっていますし、最後に一口だけ食べてあげましょう。不味すぎて、吐いてしまうかもしれませんがね」
そう言いながら、ハンバーグにゆっくりとフォークを入れた。
肉汁滴るハンバーグを一切れ、口に運ぶ。
「な……っ!」
その一口を食べた瞬間。
オズワルドは雷に打たれたように全身を硬直させ、その冷徹なメガネの奥の目を、限界まで見開いた。
「な、なんですか、このハンバーグは……っ!」
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