↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/41

35・勝負の裏側

(オズワルドSIDE)



『よりみち亭』を後にして。


 私──オズワルドは屋敷に帰り、一人静かに微笑を浮かべていた。


「実に、バカな男です」


『よりみち亭』の店主──タクミ。

 エリシア様を誑かし、毒の味を覚えさせた極悪人。


 元より学のない男だと思っていたが、まさかあそこまであっさりと、私の挑発に乗ってくるとは。


 そもそも、エリシア様を屋敷に軟禁同然にしたのは、彼女をあの店から引き離すためだけではない。


 きっと、エリシア様が『よりみち亭』に来なくなれば、あのタクミとかいう料理人は心配するだろう。

 彼女になにがあったんじゃないか……と。

 それこそが、私の狙いだった。


 頃合いを見て『よりみち亭』に足を運び、『安っぽい餌』だの言って挑発すれば、自分の料理に誇りを持っているであろうタクミは憤る。


 もし仮に彼が冷静さを貫いても、周りのバカな客たちは憤怒するだろう。その怒りの爆発を抑えられるものは、誰もいない。


 エリシア様が屋敷を抜け出したことは、少々想定外だったが……問題ない。なんなら、演出として際立ったくらいだ。


 結果的にエリシア様が涙を流し、それを見た彼が勢(・)い(・)のまま料理対決をすると宣言したのだから。


「くっくっく……しかも料理人を辞める、ですか。青臭いですねえ。身分も違う女一人のために、まさか自分から賭け金を釣り上げてくれるとは」


 そもそも私の本当の狙いは、別にある。

『よりみち亭』という店そのものを潰し、タクミを完全に屈服させることだ。


 私は先日、旧友であるグレゴール殿と密約を交わした。



『タクミを料理ギルドに連れ戻してやる。それだけではない。完全に彼を屈服させ、あなたの手足となって動く奴隷にしてさしあげましょう』



 ……と。


 私は一介の執事だ。グランフォード公爵家の多額の資金を動かす権限は持たされていない。

 それでも裏で手を回すことは可能だが……露呈した時のリスクがでかすぎる。横領という選択肢は取りたくなかった。


 そこで私は、料理ギルドの資金力を頼ることにしたのだ。


 旧友のグレゴールの劣等感を煽り、『タクミ』という料理人を賭け金として差し出す。


 タクミから言い出さなくても、私は彼に料理勝負を持ちかける気でいたが……勝負の場に必要な審査員は、こちらですでに買収している。


 つまり、ヤツはどう足掻いても、一週間後の勝負に勝てないのだ。審査員はこちらが握ってしまっているので、「ヤツの料理を食べるな」とでも言うことも出来る。


「もっとも……まともにやっても、三流料理人は負ける気はしませんがね。念のための保険……というものです」


 そう言って、私は引き出しから一本の包丁を取り出す。


 私はかつて、『銀刃のオズワルド』と呼ばれていた。

 正確無比な包丁さばきを見せた私を、いつしか周囲の人がそう呼び出したのだ。これはその頃、愛用していた包丁である。


 包丁はまだ錆びついていない。執事になってからは料理をする機会も減ったが、今すぐにでも厨房の第一線に立つことが出来るだろう。


 まともに戦わなくても、すでに私の勝利は確定しているが……わざと手を抜くことは、微かに残っている料理人としての矜持(プライド)が断じて許さない。

 料理人人生の全てを一撃に乗せて、彼を完膚なきまでに叩きのめそう。


「料理の腕に自信はあるかもしれませんが……若さゆえの浅はかさですね。盤面を支配しているのは、常にこの私だというのを理解していない」


 一週間後。あのタクミという男は、全てを失って絶望の底に沈むことになるだろう。


 彼から全てを奪い取った後、行き場を失った彼を料理ギルドへ差し出す。気をよくしたグレゴールはますます私に依存し、私の手持ちの駒に無事加わるだろう。


 そして──エリシア様もまた、あのような下賤な場所ではなく、本来いるべき高貴な世界へと戻ってこられる。

 全てが上手く回るのだ。


「待ち遠しいですね」


 低く冷たい私の声は、夜の闇に溶けていった。



 ◆ ◆



 一方、その翌日の『よりみち亭』──。


 昼の営業を終え、店を閉めた後のフロアでは、深刻な顔をした面々がテーブルを囲んでいた。


「……やっぱり、無茶よ」


 重苦しい沈黙を破るように、エリシアが眉を八の字に下げて声を零した。


「タクミ、あなたの料理の腕は確かだけれど……今回の勝負、どう考えてもあなたに不利すぎるわ」

「お嬢様の言う通りです。オズワルドは、絶対に自分が勝てる算段があるからこそ、この勝負に乗ってきたのです」


 エリシアの隣で、リネットも不安そうに眉の八の字にする。


 勝負までの一週間、特例としてエリシアは外出を許されたが、それと同時にリネットも同伴することになったのだ。


 これは、オズワルドの俺に対する優しさではなく、「エリシア様のお世話係も必要ですから」とのことだったが……なんにせよ、味方が一人でも増えてくれるのは有り難い。


「まあ、そうかもな」


 あっけらかんと答えると、エリシアはもどかしさを感じながら、少し語気を強める。


「あのね──タクミ。問題は二つあるのよ。あなたはそれがなんなのか、分かってるのかしら?」

「ん? まあ一つ目は、料理のテーマがステーキだったってことか?」

「あ、あなた、分かってるじゃない……」


 エリシアは少し意外そうに。


「ステーキは、肉そのものの『質』が味を大きく左右する料理よ。オズワルドは公爵家の財力とコネを使って、最高級の幻の魔獣肉や、希少な部位を確実に用意してくるわ」

「だろうな」

「でも、タクミ……あなたには、そんな高級食材を手に入れるツテはないんでしょう?」

「確かにベルナードの肉屋じゃ、手に入るのは普通の豚や牛くらいだからな」


 この肉の質そのものが、第一の問題である。


 どうして、オズワルドがあれだけ絶対の自信が持っているのかは分からない。

 しかし、わざわざステーキを料理のテーマに選んでくるということは、なにか考えがあるのだろう。案外、執事をやる前は高級料理店で料理人でもやってたかもしれないな。


 明らかに、俺に不利な条件であった。


「そして、もう一つの問題……こちらの方がもっと厄介でしょう」


 次にリネットが、二つ目の問題を挙げる。


「相手側が用意する審査員が、公平なジャッジをしてくれるとは限りません。事前に審査員たちに手を回して、絶対にタクミ様に票が入らないよう工作しており──最悪の場合、料理を食べずに評価を下す可能性があります」

「かもな」


 その可能性については、俺も考慮していた。


 これだけ有利な条件を呑ませるために、勝負の場を『よりみち亭』にしたり、エリシアの外出禁止を解いて、俺に譲歩したのだろう。


「料理のテーマはともかく、審査員だけでもなんとしなくちゃいけないわよ」

「そうです。──あっ、そうです。アンナリーナ様を頼りますか? アンナリーナ様なら、公正な審査員を用意してくれるかもしれません」


 表情を明るくし、手を叩くリネット。


 アンナリーナ──俺が先日、『よりみち亭』の新メニューを披露したところ、実力を認めてくれた王立美食評議会の審査長だ。


 彼女からもらった名刺は今も、店内に大切にしまっている。

 確かに彼女に言えば、少なくとも公正なジャッジには期待できるかもしれない。


 だが。


「……いや、それは今回やめておこうと思う」


 俺がそう言うと、エリシアとリネットは揃って目を丸くした。


「どうして? もしかして、この期に及んで、なるべく彼女に迷惑かけたくないと思ってるわけ?」

「んー、まあそれもあるんだが……俺が危惧しているのは、もっと別の問題だ。なんなら、そっちの方が厄介だと思っている」

「え?」

「アンナリーナには、そっちの問題に対処してもらおうと思う。勝負が終わった後を見据えて……な」


 俺の言わんとしていることが理解できないのか、エリシアは首を傾げた。


 ……なんにせよ、まともに考えれば絶望的とも言える状況だった。

 肉の質で圧倒的に不利な上に、審査員まで相手の息がかかっている可能性があるのだから。


 リネットにいたっては、もう泣き出しそうな顔をしている。


「まあ……なんとかなるだろ」


 そう言って、椅子から立ち上がる。


「相手がどんな肉を使ってこようが、どんな審査員を連れてこようが関係ない。俺は俺のやり方で、最高に美味い『ステーキ』を作って、あいつらを黙らせるだけだ」

「なにか、考えがあるの?」

「それなりにな」


 そうと決まれば、話は早い。


 勝負まで一週間という期間をもらったのだ。勝負当日までにどんな料理を出すか、試作しておくか。


「タクミさん! 言われていたお肉、買ってきました!」

「おう、ハンナ。ありがとう」


 買い出しから帰ってきたハンナが店内に駆け込んできて、俺に袋を手渡す。


 その中には、買ってきたばかりの安価な牛肉の塊が入っていた。


 確かに、始まる前からオズワルドに有利な条件が整っているかもしれない。

 しかし高級肉には高級肉の、安い肉には安い肉の戦い方がある。


 俺が前世の定食屋と、ブラックな料理ギルドの下働きで培ってきた、肉を極限まで美味くする技術。

 それを、あいつらに存分に見せつけてやる。


「よし。まずは、肉の仕込みから始めるか」


 俺は包丁を手に取り、決戦に向けての試作に取りかかった──。

【作者からのお願い】

「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、

下記の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。