34・勝負の条件
「……なるほど。店を畳み、料理人まで辞めると。しかも勝負に負ければ、私の言うことをなんでも聞いてくれる……ですか」
俺の覚悟を聞いたオズワルドは、ここで初めて面白そうな笑みを浮かべた。
「タクミさん……! ダメです! そんな無茶な勝負!」
「そうよ、タクミ! 私のために、あなたがそんなリスクを負う必要なんてないわ!」
背後からハンナの悲鳴のような声と、エリシアの制止する声が飛んでくる。
だが、俺は彼女たちに振り向かず、オズワルドを見据え続けた。
「俺は本気だ。そっちがエリシアの自由を賭けるなら、俺もそれ相応のものを賭けなきゃフェアじゃないだろ」
もちろん、店を畳むのも料理人を辞めるのも、絶対に嫌だ。
前世からの夢だった自分の店。温かいお客さんたち。ハンナやエリシアと過ごす居場所。それを失うなんて考えたくもない。
だが、ここで引けば、エリシアは二度とこの店に来られなくなるだろう。
それだけは、絶対に避けなければならなかった。
「……面白い。あなたがそこまで言うのなら、その勝負、受けて立ちます」
オズワルドの唇が、三日月のように吊り上がる。
「──決戦は一週間後。場所は……そうですね、ここ──『よりみち亭』にしますか。あなたも慣れ親しんだ厨房で調理をする方が、力を発揮できるでしょう?」
「ああ、それでいい。だが、随分と優しいんだな。あんたのことだからてっきり、自分に有利なフィールドで戦うと思った」
「ふっふっふ、どう転ぼうとも、私が絶対に勝てると思っているからですよ。それから──勝負までのこの一週間。特例として、エリシア様がこの『よりみち亭』へ足を運ぶことも許可します」
「いいのかしら?」
「勝負の結末を見届けるのも、エリシア様にとって良い経験になるでしょうから」
……こちらに都合がよすぎるな。
それだけ、オズワルドは料理の腕前に、絶対の自信を持っているだけ、ということかもしれないが。
オズワルドはさらに続ける。
「なんでも作っていい……となれば、審査をする側も困るでしょう。そうですね……一つ、料理のテーマを決めるのはいかがでしょう。私が決めても?」
「構わない」
「では──テーマは『ステーキ』。幅を持たせるため、テーマはシンプルな方がいいでしょう」
「ステーキ……か」
俺は即座に、頭の中で作戦を組み立てる。
ステーキというのは一見シンプルな料理ながら、だからこそ料理人の腕が直接問われる料理だ。
ステーキなら、料理ギルドで肉の仕込みもやっていたことがある。一見、対等な条件のように見えるが……。
「いけませんか?」
黙りこくった俺に、オズワルドは見下すような響きの声を浴びせる。
「いや……問題ない。料理テーマはステーキにしよう」
「では、決まりですね。繰り返しますが、勝負は一週間後。場所は『よりみち亭』。料理テーマはステーキ。審査員については、私が用意いたします。確かな舌を持った美食家を招きましょう」
俺が首を振ると、オズワルドは「それでは」と言い残して、『よりみち亭』を後にした。
……ヤツにとって、エリシアが屋敷を抜け出すのは想定外だったようだが、特に無理やり連れ帰るような真似はしなかった。
果たして、どこまでが計算だったんだろうな。
「……タクミ」
震える声で呼ばれ、俺は振り返った。
すると──大粒の涙をぽろぽろと零しているエリシアが、俺の胸に飛び込んできた。
「どうして……どうして、あんな無茶な条件を飲んだのよ……! 私のために、あなたの料理人人生を賭ける必要はないのに……!」
エリシアは俺の胸の内で、しゃくり上げながら泣き崩れる。
ハンナも隣で、「タクミさん……」と涙ぐんでいる。
「心配するなって」
俺はエリシアの頭を優しく撫でる。
「俺が勝てばいいだけだけだろう?」
「で、でも……」
「それとも、俺の料理がヤツに負けると思ってるのか? あんなにいつも、楽しそうに食ってくれたのに?」
そうニカッと微笑みかけると、エリシアは涙で泣き濡らした顔を上げてくれた。
俺の力強い言葉に、店内にいた客たちも沸き立つ。
「そ、そうだ! グランフォード家の執事だかなんだか知らねえが、あんなヤツに大将が負けるわけねえよ!」
「大将、勝ってくれよな! このお店がなくなるなんて、ごめんだぜ!」
「アタイは、ここの店の料理が世界一美味しいと思ってる! 自信を持って、勝負に挑みな!」
先ほどのオズワルドの理不尽な振る舞いは、腹に据えかねるものがあったらしい。
みんな、俺のことを応援してくれていた。
「タクミさん……絶対に負けないでください。タクミさんならきっと勝ってくれるはずって、信じてますから!」
「おう、任せとけ。俺は絶対に勝つ。だから……一週間後、一番特等席で俺の勝利を見ていてくれ」
俺は決意を込めて、みんなにそう言い切った。
──オズワルドもオズワルドなりに、考えがあるんだろう。
しかし俺には、俺の料理を信じてくれる人たちがいる。
その思いを肌で感じたら、仮にヤツがどんな汚い手を使ってきても、不思議と負ける気はしなかった。
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