28・魚のあら汁
「さて、それじゃあ早速、新メニューの試作に取り掛かるとするか」
俺が腕まくりをして気合いを入れると、カウンターに並んで座ったエリシア、リネット、そしてハンナ。
三人が、期待に満ちた目でこちらを見つめてきた。
「タクミさん、マルセナで閃いた新メニューって、一体どんなものなんですか?」
「もしかして、あの港町のレストランで振る舞っていた、海鮮お好み焼きかしら?」
「海鮮お好み焼き? 名前から美味しそうです」
ハンナとエリシア、リネットがそう推論を口にするが、俺は首を横に振る。
「いや──違う。海鮮お好み焼きも悪くないと思ったが、あれだとどうしても港町から新鮮な魚介を大量に仕入れなきゃいけないからな。ベルナードの立地を考えると、毎日安定して出すのは難しい」
「なるほどね。じゃあ、あなたはなにを?」
「これだよ」
俺は冷蔵用の魔石箱から、布に包まれた大きめのボウルを取り出した。
そして、その中身を一気に調理台の上へ広げる。
「えっ……? こ、これって……魚の骨? それに、頭や尻尾も……」
それを見たハンナが、目を丸くした。
彼女がそういう反応をしてしまうのは仕方がない。
俺が取り出したのは、町中の商人からに安く……というか、ほぼタダ同然で譲ってもらった『魚のアラ』だったからだ。
大きな白身魚を三枚におろした後に残る、頭や中骨、カマなどの部分。身はほとんどついておらず、血合いや内臓の処理もまだされていないものだ。
「あ、あの……タクミ様。もしかして、それを新メニューに使うんですか?」
リネットも不思議に思ったのだろう。
戸惑ったように、そう尋ねる。
「ああ、そうだ。マルセナのレストランで厨房を借りた時、このアラの部分を大量に捨てられているのを見てな。もったいないってずっと気になってたんだ」
「でも、タクミ」
エリシアがこう口を動かす。
「そんな骨や頭ばかりの部位、普通は食べられないんじゃないかしら? マルセナのレストランの人が、料理に使わずに廃棄したのも無理はないわ」
確かに──この世界では魚の身の綺麗な部分だけを使い、アラは捨てるか、せいぜい家畜の餌にするのが一般的だ。
だが、前世の日本の食文化を知る俺からすれば、これほど贅沢な出汁の塊を捨てるなんてあり得ない。
「まあ、見ててくれ。ハンナは俺が今からなにをしようとするのか、なんとなく分かるんじゃないか?」
「え?」
「こういう捨てられがちな部分こそ、ちゃんと手間をかければ化けるってことだ」
首を傾げるハンナを尻目に、俺は包丁を手に取る。魚の頭を半分に割り、アラを適当な大きさにぶつ切りにしていく。
ここからが重要だ。アラをザルに乗せ、上から熱湯を回しかけて表面の汚れや血合い、臭みの原因となるぬめりを白く凝固させる作業を行う。
その後、冷水に取って、血合いや残ったウロコを指で丁寧に洗い落としていった。
「意外と地味な作業ね……」
「まあ、否定はしないよ。だが、ここを怠るとただ生臭いだけの汁になっちまう」
俺が淡々と下処理を進める様子を、三人は不思議そうな顔で見つめていた。
「下処理はこんなもんかな。よし、煮込んでいくぞ」
キレイになった魚のアラを大きな鍋に入れ、たっぷりの水と昆布、それに臭み消しの酒と生姜の薄切りを加えて火にかける。
沸騰してきたら弱火にし、丁寧に灰汁をすくいながら、じっくりと魚の旨味を抽出していった。
やがて、厨房に魚の濃厚な出汁の香りが漂い始めた。
「んっ……! お嬢様。なんだか、すごく深みのある良い匂いがしてきましたね」
「ええ、魚の生臭さなんて全く感じないわ」
鍋から立ち上る香りに、リネットとエリシアの二人も感嘆の声を漏らす。
出汁が十分に出たら、あとは仕上げだ。
あらかじめ下茹でしておいた大根やニンジン、ゴボウなどの根菜類を鍋に投入し、柔らかくなるまで煮込んでいく。
そして仕上げに、火を止めてから特製の自家製味噌をたっぷりと溶き入れた。
「よし、完成だ」
俺はお玉で具沢山なあら汁をすくい、大きめの器に三つ注ぎ分けた。
最後に刻んだ青ネギを散らし、三人の前に並べる。
「お待ちどう──『魚のあら汁』だ」
湯気を立てるあら汁を前に、三人は顔を見合わせた。
「匂いはすごく美味しそうだけど……見た目はただのお味噌汁よね?」
「少し具だくさんというくらいで……本当に、あの魚の骨や頭から作られたのでしょうか? タクミさん」
味噌汁は『よりみち亭』で昼の定食だけではなく、夜の営業でも締めの一品として定着している。
エリシアとハンナは、魚のあら汁が味噌汁とよく似た料理であることを、すぐに見抜いたのだろう。
一方のリネットも不思議そうに、器の中を覗き込んでいる。
「まあ、見た目より味だ。エリシアとハンナは知ってると思うが、お椀に直接口を付けて飲んでみてくれ」
俺がそう促すと、三人は恐る恐るお椀に手をつけ、魚のあら汁を口へ──。
「ふふっ──私を仲間はずれにするなんて、つれないじゃなぁい」
その瞬間。
深夜の静かな店内の扉が開き、不意に艶やかな声が響いた。
俺とエリシアたち、全員が動きを止めて、思わず入り口の方へ視線を向けると──。
「ア、アンナリーナ? どうして、あんたがここに?」
そこには、どこか愉快そうなアンナリーナが立って、こちらを見ていたのだ。




