26・海鮮お好み焼き
「お待ちどう──俺の故郷の料理、『海鮮お好み焼き』だ」
客席へ運ばれたそれは、ジュージューと食欲をそそる音を立て、濃厚なソースの香りを店内に撒き散らしていた。
分厚く焼かれた生地の上では、熱で踊るように削り節が揺れ、海鮮の豊かな風味がソースの甘辛さと見事に調和している。
「こ、これは……! なんとも豪快で、いい匂いのする料理ですね」
店主がごくりと喉を鳴らして見つめる中、俺はコテを使って海鮮お好み焼きを切り分け、客たちの皿へ取り分けていく。
「さあ、冷めないうちに食べてみてくれ」
俺の声に促され、帰りかけていた客たちがおずおずとフォークを伸ばす。
そして、一口食べた瞬間──彼らの目の色が急変した。
「う、うめえええっ! なんだこれは! 外はサクサクなのに、中はふわっふわじゃねえか!」
「中に入ってるエビやタコがプリプリだ! それに、この甘辛いソースがクセになる……!」
「たまらん!」
一口、また一口と、客たちは取り憑かれたようにお好み焼きを口へと運んでいく。
魚介の旨味が凝縮された熱々の生地と、パンチの効いたソースの味は、港町にいた人々の胃袋をがっちりと掴めたようだな。
「お待たせいたしました。追加の海鮮お好み焼きです」
エリシアも持ち前の気品と愛想の良さで、テキパキと店内を立ち回ってくれている。
慣れない給士の仕事で戸惑うことも多かったはずだが、
「こんないい女に給仕してもらえるなんて、今日は最高の夜だ!」
「だな! それにしてもあんた、どこかで見たことがあるような……」
エリシアの美貌に、客の男たちもすっかり上機嫌のようだ。
エリシアの正体がバレるんじゃないか……そうヒヤヒヤしていたが、まさか客も公爵令嬢が給士をやっているのだとは夢にも思っていないのだろう。
みんな、エリシアを受け入れ、疑問に感じている者もいなさそうだった。
「海鮮お好み焼き、おかわり!」
「タクミ、追加が入ったわよ!」
「おう!」
慌ただしく、厨房とホールを行ったり来たりする。
料理長が倒れてどうなることかと思われていたレストランは、俺の『特別メニュー』の提供により、かえって普段以上の活気と賑わいを見せていた。
通りを歩いていた人々も、店から漂う強烈な匂いと賑やかな声に誘われ、次々と新しい客として吸い込まれてくるほどだ。
「すごい……! こんな短時間で、これだけの量の料理を完璧に捌き切るなんて!」
店主も次から次へと来店してくる客を見て、感心したように声を漏らした。
……マルセナにまで来て、こんなことになるとはな。
怒涛の忙しさであったが、不思議と楽しい気持ちになった。
俺はただひたすらに海鮮お好み焼きを作り続け、客たちの期待に応えるのであった。
◆ ◆
それから数時間後。
厨房に残っていた大量の食材を使い切ったところで、無事にレストランの営業も終了した。
「この度は本当にありがとうございました! なんとお礼を申し上げてよいか……!」
店を閉めた後、店主と見習い料理人が、俺たちに向かって深々と頭を下げる。
「せっかくの食材を腐らせずに済んだばかりか、今日は普段以上の売り上げです!」
「力になれてよかったよ」
「しかも、あの海鮮お好み焼きという料理、とても驚きました。もしよろしければ、作り方を教えていただけないでしょうか?」
「ああ、別に構わないよ。隠すほどのもんじゃないしな。材料とソースの作り方は……」
俺が快諾し海鮮お好み焼きの作り方を教えると、店主たちは「ありがとうございます!」と何度も何度もお礼を言ってくれた。
彼らと別れを告げ、俺とエリシア、そしてアンナリーナは、夜の港町へと歩き出す。
潮風が火照った体を心地よく冷ましてくれた。
「今日は思いがけず大変だったけれど……タクミの料理でたくさんの人が笑顔になるのを見たら、不思議と疲れが吹き飛んだわ」
「俺もだよ。エリシアも給仕を手伝ってくれてありがとうな」
「ふふふ、お礼なんていらないわ。慣れない仕事だったけど、あんなに人と直に接するのは初めてだったから、私も楽しかった。ベルナードに帰ったら、あなたのお店でもやってみようかしら?」
俺が礼を言うと、エリシアは少し悪戯っぽく笑った。
──エリシアが給仕だと?
それはさすがに……いや、意外と有りだな。
レストランのホールで動き回るエリシアは、ぶっちゃけかなり似合っていた。
慣れない仕事だというのに、生来の能力の高さのためか、てきぱきこなせてたしな。
『よりみち亭』の連中も、エリシアが給仕をしてくれるとなったら、喜ぶだろうし。
「ふふふ」
そんな俺たちのやり取りを見て、アンナリーナが笑いを零す。
「本当にあなたたちは、面白いわね。見せつけてくれるじゃない」
「見せつける……って、つもりはないんだけどな。それよりもアンナリーナ、あんたにも助かった。ありがとう」
初めは『料理の知識があるから、大丈夫なはずだ』と思って手伝ってもらったが、彼女の手際は予想異常によかった。
食材の下処理に関しても、最低限の説明だけで淡々とこなした。妖艶な微笑みを浮かべながら、次々と食材を捌いていく手並みには、思わず見惚れてしまいそうになったくらいだ。
「アンナリーナがいなかったら、とてもじゃないが、上手く回り切らなかったよ」
「あら、買い被りすぎよ。私はただ、あなたの指示通りに動いただけなんだから」
「ただの食い道楽だとは、ますます思えないわね。あなた、普段はなにをしているの?」
エリシアも鋭い問いを飛ばす。
しかし。
「あらあ、本当にただの食い道楽よお。そんなことより、私はあなたのことも気になるわね。グランフォード公爵家のエリシアお嬢さん」
とアンナリーナはクスクスと笑った。
彼女の言葉を聞いて、俺とエリシアは顔を見合わせて息を吐く。
「なんだ……気づいてたのか」
「さすがに……ね。今日のところはこれで勘弁してくれないかしら? お互い事情がある……ってことで」
そう言って、アンナリーナは口元で人差し指を立てる。
そのなにげない仕草に、一瞬ドキッとしてしまう。
「……(ジーーーーーッ)」
しかし、俺の視線がアンナリーナの潤った唇に向けられていたことに気づいたのだろう。
エリシアがじーっと細目で俺を睨んできたので、すぐに顔を逸らした。
「じゃあ──私はそろそろ宿に帰るわ。これ以上、彼女さんに嫉妬もされたくないから」
エリシアの行動にどぎまぎしていると、アンナリーナはそう手を振って、俺たちが向かう反対側に歩を向けた。
「おう、今日は本当にありがとうな」
「私も面白い立ち回りを見せてくれて、得した気分だわ。──あっ、そうそうそう。あなた、確かベルナードで居酒屋をやってるって言ってたわよね?」
「そうだ」
「なんていうお店なのかしら? 今度、ベルナードに立ち寄った時に、行こうかと思って」
「『よりみち亭』だ。いつでも来てくれ」
「よりみち亭……よりみち亭……うん、覚えたわ。じゃあタクミ、いつか食べに行かせてもらうわね」
妖艶にウインクをして、アンナリーナは夜の闇へと消えていく。
彼女が何者なのか、結局最後まで分からずじまいだったが、不思議と悪い印象はなかった。
いつか……と言っていたが、何故だか再開は意外とすぐなんじゃないかという気がした。
「……ふう。これでようやく、二人きりね」
アンナリーナの姿が完全に見えなくなったところで、隣を歩くエリシアが小さく息を吐く。
「慌ただしい一日になったわね」
「そうだな。だが、楽しかったな」
「それは私も同意。アンナリーナさんが何者か気になるけど……意外と嫌いになれなかったわ」
「俺もだ」
お互いに笑い合う。
「でも……」
一転。
エリシアは少し残念そうに肩を落とす。
「色々あった一日だったけれど……肝心の目的が果たせなかったのは、残念だわ」
「目的?」
「新メニューのヒントよ。せっかくマルセナまで来たのに、結局、屋台の食べ歩きと、レストランを手伝っただけで終わってしまったから」
そう言うエリシアの表情には、俺を気遣うような感情さえ見て取れた。
「ああ、そのことか」
しかし俺は夜の海を見つめながら、ニヤリと口角を上げる。
「そうでもないぞ。さっきの出来事のおかげで、最高の新メニューを思いついたから」
「え?」
俺の言葉に、彼女は目を丸くするのであった。
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