23・港町での食べ歩き
ベルナードから馬車に揺られること、しばらくして。
俺とエリシアは、ようやく目的地である港町に到着した。
「ほお……ここが港町マルセナか」
海に面したこの町は、ベルナードとはまた違った活気に満ちている。
カモメの鳴き声が空に響き、通りには網を繕う漁師や、荷物を運ぶ屈強な男たちの姿が行き交う。
そしてなにより、辺りを漂う潮の香りが、ここが港町であることを強く実感させてくれた。
「すごい活気だな。王都ともベルナードとも違う、独特の雰囲気がある」
周囲をキョロキョロと見回してしまう。
「タクミはマルセナに来たことがなかったのかしら?」
「ああ。ってか、王都とベルナード以外の町に立ち寄ったのは、初めてだったりする」
「そうだったのね」
「エリシアは──って、聞くまでもないか。旅行なんて、数え切れなくらいやってきただろうし」
なにせエリシアはここら一帯を統治している、グランフォード公爵家の令嬢なのである。
世間知らずの俺とは違って、今まで数々の町や村を見てきたのだろう。
しかし、エリシアは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「あら、私だって、ベルナードに来る前はほとんど王都から出たことがなかったのよ?」
「ほお? 意外だな」
「自分で言うのもなんだけど、箱入り娘だったからね。しかも、男性と二人きりで出歩くなんて……」
そこでエリシアは少し顔を伏せて、体をもじもじとさせた。
耳たぶが朱色に染まっている。
「エリシア?」
「な、なんでもないわ。さあ、行きましょう。『よりみち亭』の新しいメニューを考えるため、町を練り歩くつもだったのよね。私の視察の内容も町の様子を見ることだから、付き合うわ」
エリシアは誤魔化すように言うと、先を歩き出した。
彼女に案内されてまず向かった場所は、町の中心にある巨大な魚市場だ。
魚市場に一歩足を踏み入れると、あちこちから威勢の良い漁師や商人たちの声が飛んでくる。
「さあさあ、獲れたて新鮮な魚だよ! 奥さん、今日の晩飯にどうだい!」
「こっちの貝も身が詰まってるよ! 買っていきな!」
店先に並べられているのは、ベルナードでは絶対にお目にかかれないような多種多様な魚介類だった。
「おお……これはすごいな!」
俺は目を輝かせて、木箱の中に並んだ魚たちを覗き込んだ。
前世の日本でもあった、アジやイワシといった青魚。見たこともないような奇抜な色をした巨大な魚。それに手のひらほどもある大きな牡蠣やホタテのような貝まで、まさに海の恵みの宝庫だ。
「タクミ、なんだかすごく楽しそう」
そんな俺を見て、エリシアが楽しそうに笑う。
「まるで子どものように目がキラキラしているわ」
「そりゃあ……な。料理人にとって、未知の食材がこれだけ揃ってる市場なんて、宝の山みたいなもんだから」
そう言って、俺は木箱の中にあるでかいエビに視線を移す。
「これはなにかしら? ただのエビにしては、サイズが大きいみたいだけど……」
「それはな、『鎧エビ』だ。深海でしか獲れない、珍しいエビなんだ。殻は硬いけれど、身は甘くてプリプリしてる」
「へえ……そうなのね。私も料理に使われる食材は詳しいつもりだったけど、タクミには負けるわ」
「まあ、俺は歴が長いからな」
料理ギルドでは食材の下処理ばかりやらされて、料理の完成品に手を付けられなかったが、これでも多種多様な食材を触ってきた自負がある。
そのため、大体の食材の知識は頭に入っているのだ。
「まあ……それでも、ここには俺も知らない海鮮物が多いみたいだけどな。どういう味がするのか、めっちゃ気になる」
「ふふふっ、ほんと料理のこととなったら、子どもみたいになるんだから。あっ、タクミ。この魚は──」
その後、市場を歩きながら、気になる食材を一つずつ手に取って確認し、エリシアに知識を披露していく。
まるで本当にデートで買い物に来ているみたいだな……と一瞬思いかけるが、勘違いしてはいけないと自分を諌めた。
「よし──せっかく港町に来たんだ。食材を見るだけじゃなく、実際に味も確かめてみようぜ」
「そうね」
エリシアも賛成してくれて、俺たちは次に市場のすぐ外に並ぶ屋台街へと向かった。
そこでは、新鮮な魚介を使った手軽な料理が売られていた。
俺たちはまず、甘辛い醤油ダレのようなものを塗って香ばしく焼かれた『イカの丸焼き』を購入する。
「はい、エリシアの分だ。熱いから気をつけてな」
「ありがとう」
イカの丸焼きを手に取ったエリシアは、ふーふーと息で冷まして。
「……んっ! 噛めば噛むほど旨味が出てきて、すごく美味しいわ!」
「だな。イカについてるソースも濃いめだし、エールのつまみに合いそうだ」
串に刺さったイカを食べて、お互いに感想を言い合う。
公爵令嬢であるエリシアが庶民のようにイカの丸焼きを頬張っている姿は可愛らしく見えたが、そこでふとあるものに目が向く。
「おっ、エリシア。口元にソースが付いてるぞ」
「あら……」
「ちょっと待ってろ」
エリシアが口元の汚れに手を伸ばそうとする前に、俺は胸元からハンカチを取り出して、さっと拭き取る。
「ほら、拭き取れたぞ。せっかくキレイな顔をしてるんだから、もったいな……」
そこで気が付く。
ハンカチで汚れを拭き取られたエリシアの顔が、真っ赤に染まっていたのを。
「す、すまん」
すぐに謝る。
「いきなりは、まずかったよな。ハンカチ越しとはいえ、女性の顔に触れるのは、あまり褒められたことじゃないし……」
「い、いえ」
顔を赤くしたまま、即座に否定するエリシア。
「気にしないでいいわ。私が悪いんだし。それよりも、意外とキレイな手をしてるなとか、男らしいなとか思っちゃったり……って、私はなにを言ってるのかしら!?」
二人してモジモジする。
……エリシアって、意外と感情表現が豊かだよな。
初対面時の印象は、決してそうじゃなかったというのに。
「つ、次に行こうか。まだまだ腹は減ってるし」
「そ、そうね」
俺は話題を変えるために、食べ歩きを再開することにした。
それから、白身魚を串に刺して塩焼きにしたものや、貝柱と野菜を炒めて丸パンに挟んだサンドイッチのようなものなど、目についたものを次々と買っては二人で食べ歩いた。
「この魚の串焼き、塩加減が絶妙ね。パンに挟んだ貝も、ソースの酸味が食欲をそそるわ」
「ああ、どれも素材の鮮度がいいから、シンプルな味付けでも十分に美味い。さすが港町の屋台だ」
先ほど一瞬感じた気まずさはどこにいったのだろうか、エリシアにも自然な笑顔が戻っていた。
楽しいひと時だ。
しかし……。
「肝心の新メニューは、思いつかないんだよなあ」
ここの町の料理は旨い。
確かにどれも美味しい……が、これらをそのまま『よりみち亭』で出しても、ただの『港町の模倣品』にしかならない気がした。
それなら時間はかかるが、マルセナまで食べにくればいいだけである。わざわざ客が『よりみち亭』を選ぶ理由にはならない。
「うちの店らしい、安くて、腹に溜まって、安心できて……お客さんがあっと驚くような新メニュー……そういうのがなくっちゃ」
「タクミ? なにか言ったかしら?」
「いーや、なかなか難しいものだと思っただけだ」
無意識にぶつぶつ呟いてしまったみたいで、俺がそう答えると、エリシアは不思議そうに首を傾げた。
その後もエリシアと町中を歩き回ったが、やっぱりこれだという決定的な閃きには、あと一歩届かなかった。
そうしていると、太陽も西へ傾き始める。
「ふぅ……さすがに、少し歩き疲れちゃったわね」
エリシアが小さく息を吐き、ハンカチで頬の汗を拭った。
市場や屋台街の人混みを抜けてきたのだ、無理もないだろう。
「そうだな。どこかで少し座って休もうか。……おっ」
俺が周囲を見渡すと、港を一望できる見晴らしの良い場所に、ちょうど一軒のレストランが建っているのが目に入った。
白壁に青い屋根の、少しお洒落な雰囲気の店だ。窓越しに、客たちがナイフとフォークを使って食事をしているのが見える。
「あそこの店で、ちょっと休憩していかないか? 喉も渇いたしな」
「そうしましょう。雰囲気も良さそうなお店だし」
俺たちはそう頷き会って、そのレストランへと歩を進めた。
この時はまさかあんなトラブルに遭遇するなんて……思いもしていなかった。
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