22・港町への小旅行
週に一度の定休日。
今日は、エリシアと一緒に隣の港町マルセナへ視察──もとい、新しい食材探しへ向かう日だ。
俺は朝の気持ちい空気を吸い込みながら、待ち合わせ場所である乗り合い馬車の発着所で彼女が来るまで待っていた。
「それにしても、あのエリシアと二人で出かけることになるなんてな……」
呟く。
先日、常連客たちから「デートだ」と囃し立てられたことを思い出すと、少しだけくすぐったいような気分になる。
もちろん、俺の本来の目的は新メニューのヒントを得るためだし、彼女も公爵家の仕事の一環として視察に行くわけだから、デートというわけではない。
だが、それでもエリシアみたいな女性と二人きりで遠出をするとなれば、「意識するな」と言う方が無理な話だった。
「俺、変な格好になってないかな?」
発着所にあった鏡で自分の姿を見る。
現在──俺は外出用の服にを袖を通している。
いつもの服で向かってもいいと思ったが、さすがに彼女に恥はかかせられないと思ったからだ。
とはいえ、ファッションにはあまり自信がなかったので、ハンナに聞きながらの模索になってしまったが……笑われないかな?
そんなことを心配しながら待っていると、向こうの方から銀髪の美少女が小走りに駆け寄ってきた。
言わずもがな、エリシアである。
「はあっ、はあっ……おはよう、タクミ。ごめんなさい、少し遅れたわ。待った?」
「いや、ほとんど待ってないぞ。それに『遅れた』って言って、時間通りじゃないか。走ってこなくてもよかったのに」
時間通りに来たというのに律儀な謝ったエリシアに、俺は苦笑する。
「それにしても……」
「え?」
エリシアが目を丸くする。
今日の彼女が身に纏っているのは、いつもの上質な外套や、公爵令嬢らしい華美なドレスではなかった。
淡い水色のシンプルなワンピースに、動きやすそうな薄手の上着。銀髪は邪魔にならないように後ろで一つにまとめられている。
それは、どこにでもいる少し……というか、かなりキレイめな町娘というような、とても親しみやすい格好だった。
「ど、どうしたのかしら? さっきから固まって……やっぱり、変かしら?」
俺がなにも言い出さないことに不安を覚えたであろうエリシアが、自分の服の裾を掴んで俯く。
ほんのりと頬を染め、上目遣いでこちらを窺う様子は、素直に可愛いと思ってしまった。
「いや、変なんかじゃない。すごく似合ってるよ」
彼女を安心させるように、そう微笑む。
「いつもの格好もキレイだけど、そういう服も似合うんだな」
「あ、ありがとう」
俺が素直に褒めると、エリシアはさらに顔を赤くして、嬉しそうにはにかんだ。
「その……マルセナの視察はあくまでお忍びだから、あまり目立つ格好は避けたかったのよ。公爵令嬢だと知られたら、騒ぎになってしまうでしょう?」
「なるほどな。確かに、その格好なら誰も公爵令嬢だとは気づかないだろう。ただの『可愛い町娘』にしか見えないし」
「か、可愛いって……もう、タクミったら! そういうことは、さらっと言うものじゃないわよ!」
エリシアは照れ隠しのように俺の腕を軽く叩き、プイッとそっぽを向いてしまった。
だが振り向きざま、その口角がだらしなく緩んでいたのを、俺は見逃さなかった。
「そ、その……タクミも似合ってるわね。いつもお店で見ているあなたしか知らないから……そういう姿もなんだか新鮮で……」
腕を組みながらこちらの様子をチラチラ窺って、彼女は口を動かす。
「ありがとう。俺の方こそ、変じゃないか?」
「全然変じゃないわ。それどころか素敵なくらい」
「おう、エリシアにそう言ってもらえて、安心したよ。数日前から服装について考えていて、よかった」
「数日前……から? 今日のために?」
「ん? まあ、そうだな」
当たり前のことを言っただけのつもりだったのに、そう言うエリシアの顔は何故かきょとんとしていた。
「エリシアみたいなキレイな女性と外出するんだ。自然と気合いが入るというもんだ。ボサボサの頭と汚い服で、エリシアの隣を歩くわけにはいかないだろ?」
「…………」
言うと、エリシアは俺の言葉を噛み締めるように、顔の前でぐっと握り拳を作った。
「キレイ……キレイ……今日のために……うん。私だけが気合いを入れてたわけじゃなかったようね。リネットに聞いて、服を選んだ甲斐があった……」
「エリシア?」
「……っ! なんでもないわ」
声をかけると、エリシアは肩をびくっと上下させ、慌てて表情を取り繕った。
「さあ、そろそろ馬車が出る時間よ。これを逃したら王都行きの馬車はもうないのだし、早く乗り込みましょう」
「だな」
そんな会話をしていると、御者が馬車の出発を知らせる鐘を鳴らした。
俺たちは急いで、馬車に乗り込む。乗り合いの少し窮屈な馬車だが、エリシアは文句一つ言わずに俺の隣に座った。
「大丈夫か? 狭くないか?」
「いいえ、平気よ。それに、これはこれで役得だし……」
いつもエリシアが乗っているであろう豪奢で広い馬車じゃなかったので、心配して声をかけたが、何故かエリシアはにやついていた。
やがて、馬車がガタゴトと揺れながら走り出す。
狭い車内では肩が触れ合うほど距離が近かったが、居心地の悪さは感じなかった。
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