21・黒蜜きなこアイス
それはある日の、夜の営業も終わりに近づいた頃。
「大将! 今日も美味かったよ! ごちそうさん!」
「おう、気をつけて帰れよ」
客を見送り、俺はほっと一息吐いた。
ハンナは手際よくテーブルを拭き、空いたジョッキや皿を厨房へと運んでくれている。
彼女もすっかり仕事にも慣れてきたな。
そんな中、俺は厨房の片隅で腕を組み、考え込んでいた。
「うーん……どうしたものか……」
「どうしたの? タクミ。そんなに眉間にシワを寄せて」
カウンター席で食後の甘味である『黒蜜きなこアイス』を幸せそうに頬張っていたエリシアが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
彼女が今食べている黒蜜きなこアイスは、バニラアイスに『よりみち亭』特製の黒蜜をかけたものだ。
バニラアイスの甘味の中に、コクのある黒蜜が混ざり合って、甘すぎない渋みのある味を実現している。このお店の人気メニューの一つでもあった。
「いや、なに。ちょっと新しいメニューの開発に行き詰まっててな」
「新しいメニュー?」
エリシアは首を傾げる。
「ああ。唐揚げやだし巻き卵、焼き鳥なんかはすっかりうちの定番として定着しただろ?」
「そうね」
「お客さんたちも喜んでくれてるんだが、いつも同じ料理だったら、さすがに飽きてくる。そこで新しい驚きを、みんなに提供したいんだ。だが……なかなか良い案が浮かばないんだよ」
前世の記憶があるとはいえ、どんな料理でもこの異世界で再現できるわけではない。
手に入る食材や調味料には限りがあるし、あまりにも突飛なものを出しても、受け入れられない可能性があるからな。
なので、新メニューを作ろうにもなかなか上手くいかず、ここ何日かはずっとそのことについて頭を悩ませていた。
「なるほどね。タクミの料理はどれも美味しいから、私も色々なものを食べてみたいわ」
「そう言ってくれて、嬉しいよ」
微笑む。
それに対して、エリシアは少しだけ考える素振りを見せ、やがてハッとしたように顔を上げた。
「だったら、タクミ──確か、もうすぐで週に一度の定休日よね?」
「ん? まあ、そうだな。それがどうしたんだ?」
「実は来週、領地の仕事で隣の港町マルセナへ視察に行く予定があるの。日帰りで行けるし……一緒に行かない?」
「マルセナへ?」
突拍子もないことを言われ俺が聞き返すと、エリシアは「ええ」と頷いた。
「マルセナは海に面しているから、このベルナードでは見かけないような新鮮な魚介類や、珍しい海産物がたくさんあるはずよ。タクミがそこへ行けば、きっと新しい料理のヒントが閃くかもしれないと思って」
「……なるほど。確かに、海沿いの町なら、今まで手に入らなかった食材が見つかるかもしれないしな」
ベルナードは内陸寄りの町なので、手に入る魚といえば川魚か、塩漬けにされた保存用の魚くらいだ。
もし新鮮な海の幸が手に入るルートを開拓できれば、料理の幅はぐっと広がるだろう。
それに……やっぱり元日本人の俺としては、マルセナで手に入るであろうマルセナの新鮮な海鮮類は純粋に興味があった。
「よし、行こう。エリシアがそう言ってくれるなら、俺も同行させてもらえると助かるよ」
「本当っ? 嬉しいわ!」
エリシアがパッと顔を輝かせた。
マルセナ……か。そういや、ここに引っ越してきて以来、町の外に出るのは初めてかもしれない。
マルセナでは、どんな食材をお目にかかることが出来るのだろうか。
俺が来週のマルセナ行きに思いを馳せていた、その時だった。
「おやぁ〜? タクミさん、今のお話、聞こえちゃいましたよぉ〜?」
片付けを終えて厨房の入り口からひょっこりと顔を出したのは、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべたハンナだった。
「なんだよ、盗み聞きか?」
「盗み聞きだなんて人聞きが悪いです! それより……お二人で、港町へ小旅行に行くんですよねぇ?」
「まあ、仕事のついでだけどな。食材の仕入れも兼ねてってところだ」
俺が何気なく答えると、まだ店内に残っていた常連客の一人も、ニヤニヤしながら会話に割って入ってきた。
「なんだよ大将! それって、どう見ても『デート』じゃねえか!」
「えっ!?」
その言葉に、エリシアの肩がビクッと跳ねた。
「デ、デートだなんて、私はただ、視察のついでに……っ!」
「ひゅーひゅー! 大将も隅に置けねえなぁ! エリシアちゃんみたいなとびきりの別嬪さんを連れて、港町でしっぽりお忍びデートかよ!」
「そういや、最近の二人はやけにいい雰囲気だと思ってたんだよなー!」
「こりゃあ、近いうちに『よりみち亭』でカップル誕生のお祝い宴会を開かなきゃいけねえな!」
「いやいや、結婚式の方がいいんじゃねえか?」
「ちょ、ちょっと、あなたたち……」
他の客たちも一斉に囃し立て、ハンナにいたっては「タクミさん、男を見せてくださいね!」と親指を立ててウィンクしてくる。
「はあ……。お前ら、好き勝手言いやがって」
俺は溜め息を吐く。
確かに、見方を変えればデートだと言うことも出来るだろう。
だが、俺とエリシアには『平民』と『貴族』という身分の隔たりがある。しかも相手は高位も高位、公爵貴族だ。まず釣り合わない。
エリシアは視察。一方の俺は食材の調達と、新メニューのヒントを得るため。
双方の利益が、たまたま合致しただけなのだ。
それに。
「エリシアも困ってるだろ。……って、エリシア?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
エリシアを気遣って声をかけると、何故かエリシアは顔をリンゴのように真っ赤に染め、両手で頬を押さえていた。
「顔が真っ赤だけど……どうした? 酒の呑み過ぎか?」
「ち、違っ……。私をそんな、いつも酔っ払ってるみたいな言い方はやめてちょうだい!」
いや、最近のエリシアは『よりみち亭』に来たら、そこそこの割合で酔っ払ってると思うが……。
「でも、私は迷惑なんかじゃなくって……タ、タクミは迷惑だと思ってるのかしら? 私とデートに行くって思われることが」
「そんなことはないさ。恐れ多いくらいだ。俺にはもったいないくらい、エリシアは魅力的な女性だしな」
だからこそ、客観的に見てこれがデートなわけがないと言い切れる。
もっと身分も近くて、釣り合いの取れる女性なら別だったかもしれないけどな。ここの連中ならともかく、事情を知らない人間から見て、俺とエリシアが歩いていても「従者と主かな?」とくらいしか思わないだろう。
しかし。
「う、うぅ……魅力的だなんて……不意打ちはやめてよぉ。恥ずかしいわ」
恥ずかしさのあまり、エリシアはカウンターに突っ伏してジタバタと身悶えし始めた。
「はははっ! 大将も言う時は言うなあ」
「エリシアちゃん、照れちゃって可愛い!」
「大将、デート当日はしっかりエスコートしてやれよ!」
客たちの笑い声が店内に響き渡り、俺も思わず苦笑してしまった。
次の定休日は色々な意味で、賑やかな日になりそうだな。
俺は少しだけ鼓動が早くなっていくのを感じながら、来週のマルセナ行きを楽しみにするのであった。
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