17・不揃いな野菜たち
「美味しいっ!」
ハンナはかき揚げ丼を見つめ、声を大にする。
「サクサクの衣の中から、お野菜の甘みがじゅわっと広がって……それに、この甘辛いタレがご飯にすっごく合います!」
「だろ?」
俺がそう胸を張ると、ハンナはそのまま夢中になってかき揚げ丼を掻き込んだ。
先ほどまでの暗い表情はすっかり消え去り、美味しそうに頬を膨らませている。
犬のような獣耳もピンと立ち、尻尾もパタパタと嬉しそうに揺れていた。
「ふう……ごちそうさまでした。とっても美味しかったです」
あっという間にどんぶりを空にしたハンナが、満足げに手を合わせる。
「さて、腹も膨れたところで本題に戻るか」
「あ……」
俺の言葉に、ハンナはビクッと肩を震わせ、再び耳をペタンと伏せてしまった。
美味しい賄い料理で少し気分が上向いたとはいえ、問題の根本が解消されたわけではない。
自信のなさを解消させてやらなければ、このようにすぐに後戻りしてしまう。
「少し待ってろ」
俺は厨房の奥から、最近店内に置き始めた木箱を持ってきた。
中に入っているのは、紙の束だ。
「これを読んでみてくれ」
俺は木箱の中から数枚の紙を抜き出し、ハンナの前に並べた。
「これは……最近、店内に置き始めたアンケート用紙ですよね?」
「ああ、うちに来てくれたお客さんたちが書いてくれた感想だ。ここには、ハンナについても書かれている」
「……っ!」
ハンナの肩が一瞬びくっとなる。
当然だ。
彼女は自分がドジをしてしまったことを気に病んでいた。アンケート用紙にも、ろくでもないことが書かれていると思っているのだろう。
「で、ですが……」
「まあ勇気を出して、読んでみなって」
俺がそう進めると、ハンナは躊躇している様子だったものの、おずおずとアンケート用紙を手に取り、そこに書かれた文字に目を落とした。
「え……」
ハンナが小さく声を零す。
そこには、こんなことが書かれている。
『新しく入った獣人族の女の子、いつも一生懸命働いていて応援したくなる』
『笑顔が可愛らしくて、接客されるとこっちまで元気をもらえる』
『あの子がいると店が明るくなった気がする』
『ドジなところもあるけど、そこがまた愛嬌があっていい。また来たいと思う』
──ハンナに対する、温かい言葉の数々だ。
彼女は震える手でアンケート用紙をしっかりと握りしめ、それを凝視していた。
「これ……全部、わたしのこと……?」
「ああ。お客さんたちはみんな、ハンナの頑張りをちゃんと見てくれてるんだよ」
俺はアンケートの内容を、事前に確認している。
本当はもっとハンナが仕事に慣れきってから、見せるつもりだった。
しかし、このままでは彼女は潰れてしまう。そう思ったゆえに、このタイミングで見せることにしたのだ。
「で、でも、わたし……注文を間違えたり、お皿を割ったりして、迷惑ばかりかけて……」
「確かに失敗はしたかもしれない。けど、それがハンナの全てじゃないだろ?」
見てみろ──。
そう言って、俺は空になったかき揚げ丼のどんぶりを指し示した。
「さっきのかき揚げと同じさ」
「同じ……?」
「ああ、このかき揚げに使われた食材が、なんなのか分かるか?」
「えーっと、野菜とかじゃないんですか?」
「そうだ。だが、ただの野菜じゃない。形が悪くてお客さんに出せなかったり、余ってしまった野菜の切れ端といった、本来なら客前に出せなかった野菜たちなんだよ」
俺は話を続ける。
「でも、だからといって価値がないというわけじゃない。不揃いの野菜には野菜で、ちゃんと価値があるんだ。料理の仕方一つで、あんなに美味しくなる」
「…………」
「人だって同じだ。誰にでも欠点や失敗はある。でも、それだけを見て『自分には価値がない』なんて決める必要はないんだ」
それは俺にも当て嵌まる。
ギルド長のグレゴールは、俺のことを庶民的な料理しか作れない無能と決めつけた。
確かに、俺の料理は料理ギルドの高級路線とは合わなかったかもしれない。
しかし、グレゴールが軽んじた料理を、ここの人たちは旨い旨いと言って食べてくれる。
だからこそ、俺は今も自信を失うことなく、こうして楽しく居酒屋の大将をやれているのだ。
俺はカウンター越しに、ハンナの目をもう一度真っ直ぐ見つめる。
「ハンナは俺の料理だけじゃなく、店の明るい雰囲気に惹かれて、働きたいと思ってくれたんだろう?」
「は、はいっ!」
「ハンナの明るい笑顔や一生懸命なところは、お客さんを笑顔にして、もっと店の雰囲気をよくしている。この『よりみち亭』にとって価値があるものなんだ。もっと自分に自信を持っていいんだぞ」
「タクミ、さん……」
ハンナは俺の言葉を噛み締めるように、アンケート用紙をぎゅっと抱きしめる。
その小さな姿からは、今までどれほどの不安と戦ってきたのか、痛いほど伝わってきた。
「わたし……わたしなんかが、本当にこのお店にいていいのか、ずっと怖かったんです。失敗するたびに、怒られるんじゃないかって……見捨てられるんじゃないかって……」
「見捨てたりなんかしないさ。ハンナはもう、うちの立派な看板娘なんだからな」
「ありがとう……ございます……」
ハンナは袖で目元の涙を拭い、顔を上げる。
「タクミさん。わたし、もっと頑張ります。もっともっと頑張って、『よりみち亭』を世界一の居酒屋にしてみせます!」
「おう、その意気だ。これからも頼りにしてるよ」
「はいっ!」
そう力強く頷くハンナには、先ほどまでの暗さは一切なかった。
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