13・ソース焼きそば
今夜も『よりみち亭』は、仕事終わりの職人や農家、商人たちで満席に近い賑わいを見せていた。
「大将! こっちにエールのおかわり!」
「焼き鳥も追加してくれ!」
「おう! 順番に作るから、ちょっと待っててくれ!」
次々と飛び交う注文を一人で捌き、ジョッキや皿を持って厨房と客席を行き来する。
相変わらず目まぐるしい忙しさだが、客たちの楽しそうな笑い声を聞いていると、疲れが吹き飛んだ。
しかし……ほんと忙しいな。
今まで一人でやってきたが、そろそろ従業員を雇うべきかもしれない。
とはいえ、ベルナードは小さな田舎町。人口だって、それほど多くない。
それなのに、『よりみち亭』で働きたいって言ってくれる人が果たしているだろうか……?
そんなことを考えている時だった。
「なぁ大将。今日はエリシアちゃん、来ないのか?」
カウンター席でエールを飲んでいた常連の職人が、周囲を見回しながら、ふと尋ねてきた。
「ああ。彼女なら、公爵家の仕事でしばらく町を離れてるらしい。王都に戻ってるらしいぞ」
それを俺は、事前にエリシアから聞いていた。
最近では毎日のようにここを訪れていたので、町を離れなければならないと語った時の彼女は、とても残念そうだった。
肩を落とした彼女のことを、今でも鮮明に覚えている。
「なんだって!? そりゃあ寂しくなるな……」
「全くだ。せっかく一緒に飲めるようになったのによ。あのキレイなお嬢ちゃんと酒を飲むのが、最近の俺の楽しみだったってのに!」
他の客たちもその会話を聞きつけ、一様に残念そうな顔をした。
酔っ払いたち喧嘩をエリシアが一喝したあの日以来、彼女はすっかりこの店の常連客として町の人々から親しまれている。
公爵令嬢という身分でありながら、気さくに町民たちとグラスを合わせる彼女の存在は、今や『よりみち亭』に欠かせない飲み仲間のような扱いになりつつあった。
「まあ、しばらくって言っても、二週間ほどらしい。その頃には、また『よりみち亭』に来てくれるだろ」
それともなにか──。
そう続け、俺はにやりと笑う。
「俺の飯じゃなくて、エリシア目当てで店に来てたのか? やめとけよ。叶わない恋をしても、あとが辛いだけだぜ」
「バカ言うなよ大将。そりゃあ、エリシアちゃんもいてほしいが……ここの飯も酒も最高だって!」
「そうそう! でも、やっぱり華があった方が酒も進むってもんだろ?」
「はははっ、違いねえ!」
「それにエリシアちゃんが来なくなって、一番残念がってるのは大将の方なんじゃ……」
俺の冗談めかしたやり取りに、店内はどっと笑い声に包まれる。
とはいえ、一瞬だけ少し湿っぽい空気が流れてしまったのは事実だ。
俺は腕まくりをすると、気合いを入れ直すように厨房の奥に据え付けた大きな鉄板の前に立った。
「よし。エリシアがいない間も、俺の料理でしっかり楽しんでもらうぞ。今日は特別に、あれを振る舞ってやる!」
「おっ! あれか!」
俺がなにを作ろうとしたのか分かったのか、客たちがパッと顔を輝かせる。
そんな彼らの表情に気分を良くしつつ、熱した分厚い鉄板の上に油を引き、ざく切りにしたキャベツ、豚肉、モヤシなどの具材を一気に放り込む。
ジャァァァァッ!
激しい音が響き、食欲をそそる匂いが漂い始める。
具材に火が通ったところで、茹でておいた太めの中華麺──この世界にある小麦粉と卵を使って自作したものだ──を投入し、豪快に炒め合わせる。
そして仕上げに、野菜と果物を煮込んで作った自家製の濃厚な『ソース』をたっぷりと回し入れた。
ソースが熱い鉄板で焦げ、強烈に香ばしい匂いが爆発的に店内に広がった。
「お待ちどう。ソース焼きそばだ。熱いうちに、エールと一緒に流し込んでくれ!」
大皿に山盛りにした焼きそばを客席に運ぶと、待ちきれない様子で客たちが一斉に箸を伸ばす。
「う、うめええええっ!」
「そうそう! これこれ。ソースの甘辛い味と、太い麺が絡み合って最高じゃねえか!」
「大将! こっちにもエール。それから焼きそばをもっと作ってくれ!」
ソース焼きそばの強烈な旨味とエールの組み合わせに、先ほどまでの湿っぽい空気は完全に吹き飛んでいた。
みんなは口の周りをソースで汚しながら、満面の笑みで料理を頬張っている。
そう──これだ。
身分も素性も関係なく、美味い飯を腹いっぱい食べて笑顔になる。それが俺の目指した理想の居酒屋だ。
エリシアが戻ってきたら、彼女にもこの焼きそばをご馳走してやろう。
そんなことを考えながら、俺が鉄板の上で追加の焼きそばを炒めていると。
──カラン、カラン。
入り口のベルが鳴り、新しい客が店内に入ってきた。
「いらっしゃい! 空いてる席に……ん?」
入り口に目を向けた俺は、思わず手を止めてしまった。
暖簾をくぐって入ってきたのは、大人の客ばかりのこの店には不釣り合いな、小柄な少女だった。
歳は十代前半だろうか。頭からはピンと立った犬のような獣耳が生え、腰のあたりでふさふさとした尻尾が揺れている。
「獣人族……」
そう呟く。
この異世界には様々な種族がいる。
彼女ら獣人族も、人間と一見よく似た見た目をしているが、獣耳や尻尾などに特徴的な違いがあった。
こういう異世界では、獣人族というのは差別されている……というのがありがちだが、この世界ではそんなことがなく、普通に町に受け入れられていた。
少女は喧騒さに気後れしたのか、緊張した面持ちで周りを何度も何度も店内を見回す。
しかし、カウンターの奥で料理をしている俺と目が合うと、意を決したようにギュッと拳を握りしめ、一直線にこちらへ歩いてきた。
「どうした? 迷子か? それとも、お使いか?」
「わ、わたしを……っ!」
俺が優しく声をかけると、少女はカウンターの前に立ち、やがて──。
「わたしを、このお店で働かせてください!」
「……へ?」
予期せぬ言葉に、俺は手にしたヘラを握ったまま、固まってしまうのであった。
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