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10・林檎のビアカクテル

「大将! こっちにエールのおかわり!」

「おう、ちょっと待ってくれ!」

「こっちも焼き鳥五本と、だし巻き卵を追加で頼むよ!」

「あいよ。すぐ作るからな!」


 今日も夜の『よりみち亭』は、仕事帰りの職人や農家、日々の疲れを取りに来た人たちで賑わいを見せていた。


 俺は一人で注文を取り、料理を作り、酒を出し、空いた皿を下げるという怒涛のワンオペ業務をこなしている。


 目まぐるしい忙しさだが、料理ギルドのいた時とは違う。

 客たちの楽しそうな笑い声や「旨い!」という声を聞くと、不思議と疲れが取れるいうものだ。


 一方……。


「…………」


 次々と入る注文を捌きながら、ふとカウンターの隅へ視線を向けてみると、すっかり常連客となった銀髪の美少女──エリシアの姿があった。


 彼女は今日も上質な外套を羽織り、少しだけ頬を赤く染めながら、一人で静かにジョッキを傾けている。


 最近では、こうして夜に顔を出し、お酒とつまみを口にするエリシアの姿をよく見ることが多くなった。


 最初は上品すぎて正直ちょっと浮いていたが、この騒がしい大衆居酒屋の空気に、すっかり馴染みつつある。


 ただ、少し気がかりなこともあった。


「いつも一人なんだよなあ……」


 エリシアに聞こえないように、ぽつりと呟く。


 夜は客が多く、厨房と客席を行ったり来たりで、俺がどうしても彼女の話し相手になってやれない時間が長くなる。


 それでもエリシアは文句を言うでもなく、周囲の客のどんちゃん騒ぎをBGMにちびちびと酒を飲んでいるが、このまま一人でポツンとさせてしまっているのは店主として少し心苦しい。


 もちろん、誰にも邪魔されず、一人で酒を飲むのが好きな人もいるだろう。

 だが、エリシアと出会ってそこそこな時間を過ごすうちに、彼女がそういう人種であるとは思えなかったのだ。


 なにか、気分を変えられるようなものを出してやれないだろうか……。


 そう考えた俺は、ちょうど注文が一段落したタイミングを見計らって、厨房の奥からとある瓶を取り出した。


「エリシア、ちょっといいか?」


 俺が声をかけると、エリシアはパッと顔を輝かせてこちらを向いた。


「もちろんよ。でも……今日も忙しそうね。私のことなんか、気にしなくてもいいのよ?」

「そういうわけにもいかないさ。ずっと一人にさせてしまって、悪かった」

「謝る必要なんてないわよ。私は一人で飲んでいても平気だから。それに、みんなが美味しそうにご飯を食べているのを見ているだけでも、なんだか楽しくなってくるわ」


 ふんわりと微笑むエリシア。


「そう言ってもらえると助かるよ。でも、せっかく来てくれたんだ。お詫びと言っちゃなんだが、ちょっと新しいお酒を試してみないか?」

「新しいお酒?」


 コテッと首を傾げるエリシアの前で、俺は空のグラスを用意した。


 そこに注ぐのは、果物屋で安く仕入れた林檎を絞り、発酵させて作った自家製の林檎酒だ。


 グラスの半分ほどまで澄んだ琥珀色の林檎酒を注ぎ、残りの半分には、いつもの冷えたエールを勢いよく注ぎ込む。


 シュワシュワと細かい泡が立ち上り、エールの麦の香りと、林檎のフルーティーな甘い香りが混ざり合ってふわりと漂ってきた。


「エールに甘い林檎酒を合わせた、ビアカクテルだ」


 名付けて、林檎のビアカクテルといったところか──。


 俺がグラスを差し出すと、エリシアは興味深そうにそれを受け取った。


「へえ……こんな洒落たものもあったのね」

「普段は出さないんだがな。ここの連中の舌には、冷えたエールとかの方が合うみたいだから」


 苦笑する。


「王都の料理ギルドにいたって、言ったことがあったろ? 王都の人には、こういう上品なお酒の方が好まれるみたいだったんだ」

「そうかもしれないわね」

「だから、王都育ちのエリシアも気に入ると思ってな。エールの苦味もマシで、ジュースみたいに飲める。まあ、試してみてくれ」


 俺の説明を聞いて、エリシアが瞳をキラキラと輝かす。


 そして、小さな口をグラスの縁につけ、こくりと一口飲んだ。


「美味しい……っ!」


 瞬間、エリシアが頬に手を当て、感嘆の声を漏らす。


「エールの苦味が林檎の甘さと酸味で消えていて、すごく爽やかだわ。炭酸が弾けるたびに、口の中に林檎の香りが広がって……本当に、果物のジュースみたい!」

「どうだ? 気に入ってくれたか?」

「ええ、とっても!」


 新しい味覚に感動したのか、エリシアはグラスを両手で持ち、ごくごくと喉を鳴らしてビアカクテルを飲み進めた。


 いつもは上品に少しずつエールを飲んでいる彼女にしては、珍しくハイペースだ。


「お、おい、大丈夫か……?」


 思わず声をかけてしまう。


 こういうカクテルは飲みやすい分、アルコールが入っていることを忘れがちになって、いつの間にか酔い潰れてしまうところがある。


 いつも冷静な彼女のことだから大丈夫だと思うが……悪酔いしてしまわないだろうか?


 しかしエリシアは俺の言葉にも答えず、あっという間にグラスを空にしてしまった。


「──ぷはぁっ! 最高ね! もう一杯お願いできるかしら?」


 とろんとした目で、空になったグラスを前に突き出すエリシア。


 その頬は先ほどよりもさらに赤く染まり、口調も普段より少しだけふにゃりとしていた。


「わ、分かったけど……あんまりペースを上げすぎないようにな。飲みやすいけど、しっかりとした酒だから」

「ふふっ、平気よ。私、お酒には強い方だから」


 エリシアにしては珍しく、ドヤ顔で答える。


 その隙だらけの無防備な表情は、いつもの上品さがなりを潜め、ただの年相応の少女のようだと感じた。


 俺は苦笑しながら、二杯目のビアカクテルを作り始める。


 まあ……彼女も毎日、貴族の重圧と戦っているんだろう。たまにはこうやってハメを外すのも悪くないはずだ。


 そう思って、エリシアに二杯目のグラスを渡そうとすると──。



「なんだと、てめえ!」



 突然、店内の奥のテーブルから、怒声が響き渡った。


「ああ!? やんのか、コラ!」

「表へ出ろ!」


 ガタンッ! と乱暴に椅子が蹴り倒される音が続く。


 驚いて視線を向けると、酒の入った男二人が立ち上がり、互いに胸ぐらを掴み合っていた。

 今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうだ。


 先ほどまで和やかだった『よりみち亭』の空気が、一瞬にして騒然となる。


 ほろ酔いだったエリシアも、突然の騒ぎに驚いて目を丸くした。

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