握られた拳
出発を明日に控えた日、ラルローディアはもう一度、リーヴァに会っておきたいと神殿を訪れていた。
「面会を、お願いしたいのですが」
案内を頼んだ神官は、しかし、困ったような表情を浮かべた。
「申し訳ございません。聖女リーヴァ様は、現在、別件の討伐支援に派遣されております」
「討伐支援?」
ラルローディアの声が明らかに低くなった。
「南方で発生した、中規模の魔物被害への治癒支援です。聖女リーヴァ様の力が、近頃著しく強まっておりまして……その…優先的に、招集されることが、増えております」
その説明を終わるが早いか、ラルローディアの表情が、険しくなった。
「神殿は妊娠中の女性を、討伐地に派遣しているということですか」
「……はい。ですが、聖女としての、正式な任務ですので」
神官の、淡々とした答えに、ラルローディアの中で、抑えきれない怒りが、込み上げてきた。
――妊婦を、戦場のような場所に。
後方支援とはいえ、討伐地は、常に危険と隣り合わせの場所だ。リーヴァの身にも、腹の子にも、何かあれば取り返しがつかない。
「リーヴァ殿は、いつ戻る予定ですか」
「数日中には、とのことですが……正確な日取りは」
「その招集は、誰の判断ですか」
「それは……神殿の…通常の采配で」
歯切れの悪い答えに、ラルローディアは、拳を強く握りしめた。今すぐにでも、抗議に乗り込みたい衝動に駆られた。
だが。
――今、俺がここで騒ぎ立てたところで。
一つ深い呼吸をし、冷静に考え直す。自分にできるのは、この場で感情をぶつけることではない。今、本当に、リーヴァと子供を守るために、自分がやるべきことは、明日からのあの討伐だった。
功績を立て、聖女という立場そのものから、リーヴァを、解放すること。それが、根本的な解決に繋がる、唯一の道だった。
「……分かりました」
ラルローディアは、静かに、そう言うと、深く、息を吐いた。
「手紙を、預かってもらえますか。彼女が戻り次第、渡していただきたい」
「かしこまりました」
その場で、簡単な便箋に、短い言葉を書き記した。
討伐に出る。必ず、生きて帰る。戻ったら、また会いに来る。
短い言葉だったが、今…自分にできる、精一杯だった。
神殿を後にしながら、ラルローディアは、静かに拳を握りしめていた。こんなに、自分の中に色々な感情があることに正直驚いていた。リーヴァのことになると、冷静な特殊部隊、隊長という自分が嘘のようだ。
それに今の俺には、何も変える力がない。
その悔しさを、噛みしめながらも、同時に決意を新たにしていた。
明日からの討伐で、必ず功績を立てる。そして、二度とリーヴァが、無理を強いられることのないよう、この手で道を切り開く。
その想いだけを、胸に抱えながら、ラルローディアは、静かに、翌日の出発への準備を、整えていった。




