他人事
「……間違いありません。この呪いをかけた魔力の波長は――」
ナルニエルの声が、静かに、その名を告げた。
「ジェルナドーレ伯爵夫人、ミレイユ様のものと、完全に一致します」
部屋の中が、しんと静まり返った。
しばらくの沈黙の後、ラルローディアは深いため息をついた。
「……義母が」
その事実の重さが、じわじわと体全体に広がっていった。
「すでに、王宮には報告済みです。逮捕状も、発行されています」
ナルニエルの声には、迷いがなかった。
「今から、屋敷へ向かいます。隊長殿も同行を」
ラルローディアは、しばらく、何も言えずにいた。だが、現実を見て、ナルニエルに向き合った。
「わかりました。調査いただき、ありがとうございました」
ナルニエルを先頭に、衛兵を伴った一行がジェルナドーレ伯爵邸へと向かった。レオンも心配そうな顔で、その後ろに続いた。
屋敷に到着すると、突然の訪問に、使用人たちが慌ただしく動き回った。応接間に呼び出された伯爵は、事の次第を知ると、驚愕に目を見開いた。
呼び出されたミレイユは、優雅な微笑みを崩さなかった。だが、ナルニエルが調査結果を淡々と読み上げるにつれ、その笑みが、少しずつ、引きつっていった。
「……何を、根拠のないことを」
「魔力の波長は、指紋と同じです。誤りはありません」
ナルニエルの淡々とした声が、逃げ道を、一つずつ塞いでいく。
「私は、知らない…そんなこと、していないわ」
ミレイユの声が、次第に上ずっていった。優雅さの仮面が、音を立てて崩れていく。
「言い逃れは、できませんよ」
「…うるさいわね!」
ついに、彼女は叫んだ。整えられていた髪が乱れ、上品だった顔立ちが、憎悪に歪んでいく。
「ははうえ??」
その時、廊下の方から、小さな声が聞こえてきた。
騒ぎを聞きつけたのか、五歳の弟が、扉の隙間から、中の様子を覗き込んでいた。その後ろで、三歳の弟も、状況が分からないまま、不安そうな顔をしている。
「母上、なにしてるの……? どうして、怒鳴ってるの……?」
その声に、ミレイユの表情が、初めて、大きく揺らいだ。
「あなたたちは、下がっていなさい!」
少しだけ、冷静に、そう叫んだ。だが、その声はどこか優しさを持っていた。
慌てた使用人たちが嫌がる子供達を無理矢理連れて行った。
それを見届けた伯爵が、青ざめた顔で、震える声を絞り出した。
「ミレイユ……なぜ、そんな」
「なぜ!?」
ミレイユは、伯爵を睨め付け、詰め寄った。
「あなたが、この人形みたいな男を、後継ぎにするからでしょう!」
そのまま、彼女は、ラルローディアの方を、憎々しげに睨みつけた。
「あなたはずっと私を軽蔑していたんでしょう⁈何を言っても、何をされても、顔色一つ変えない!その態度に虫唾が走るのよ! 」
激情のまま、彼女はまくし立てた。
「黙れよ」
低く、これまでにないほど硬い声で、レオンが割って入った。
「感情がない? ふざけるな。こいつがどれだけ……お前らが知らないところで、どれだけのものを抱えてきたか、少しでも知ってんのか」
睨みつけるレオンの目には、隠しきれない怒りがあった。だが、ミレイユは、その言葉にすら、鼻を鳴らすだけだった。
「私の子供たちを、差し置いて… あなたみたいな、心のない出来損ないが、この家を継ぐなんて――許せないにきまってるでしょう!」
肩で息をしながら、ミレイユは、涙さえ滲ませていた。だが、それは後悔ではなく、抑えきれない怒りの涙だった。
「疑われるから、すぐに殺せない。たから少しずつ弱らせて……じわじわと、死んでいくようにしてたのに!」
その言葉に、ラルローディアは、何も言い返せなかった。
――ああ、そうか。
自分に向けられていたのは、これほどまでの憎悪だったのか。だが、それを聞いても、なぜか心は静かなままだった。憤りよりも先に、どこか他人事のような、乾いた感覚だけがあった。
「残念です。」
ラルローディアは、ミレイユを真っ直ぐ見て伝えた。
「……っ、」
ミレイユの言葉が、そこで途切れた。そしてガックリと肩を落とし、その場に膝を落とした。
「連れていけ」
衛兵の号令とともに、ミレイユは屋敷から連れ出されていく。その姿をどこか他人事のように感じながらも、目の前に見たことのない父親の憔悴した姿で現実に戻されていくのだった。




