遠い
王都に到着したリーヴァを待っていたのは、これまで見たこともないような壮麗な神殿だった。高い天井、磨き抜かれた石床、色鮮やかなステンドグラス。パフェド村の暮らしとは、あまりにもかけ離れた世界だった。
案内されるがまま、聖女としての手続きが進められていく。何よりも一番驚いたのは、聖女の数がとても少ないことだった。下は子供から上はお年寄りまで、全部を数えても両手の指で収まるほどしかいない。
慌ただしく日々が過ぎていく中、ある日、神官の一人から、思いがけない話を告げられた。
「本日、王城にて、碧き英雄様の生還を祝う式典が催されます。聖女様は癒しの力でお救いいただいた功績により、出席いただくことになりました」
「私が……ですか?」
「ええ。これも含め、聖女がいかなる場に立ち会うことになるか、学ぶ良い機会でしょう」
理由はどうであれ、ラルの姿を見られるかもしれない、その嬉しさと、聖女としてこれからも働かなくてはいけないという複雑な思いが絡み合っていた。
聖女の正装に着替え、移動した大広間は、想像を遥かに超える規模だった。
きらびやかな装いの貴族たちが、大勢集まっている。豪奢なシャンデリアの下、話し声と笑い声が、幾重にも重なって響いていた。リーヴァは、末席に近い場所へと案内され、そこに、ただ立っているだけだった。
「碧き英雄、ラルローディア• ジェルナドーレ様のご入場です!」
その声とともに、広間中の視線が、一斉に一点へと集まった。
人垣の向こうに現れたラルローディアの姿に、リーヴァは、思わず息を呑んだ。
騎士としての正装に身を包んだ彼は、村で見ていた姿とは、まるで別人のようだった。艶やかな黒髪はきっちりと整えられ、鋭さの中にも気品を纏った青い瞳が、真っ直ぐに前を見据えている。長身に纏う漆黒の礼服は、鍛え上げられた身体の線を余すことなく際立たせていた。
――こんなに、綺麗な人だったんだ。
見慣れているはずの顔なのに、その姿にリーヴァの心臓は、思いがけず跳ねた。
「あの方が、噂の……」
「まさか、生きて戻られるとは」
「さすがは碧き英雄、死線を潜り抜けても、傷一つ残さないとは」
「それに、なんてお姿…まだ決まった方はいらっしゃらないらしいわ」
近くにいた令嬢たちが、頬を染めながら、そう囁き合っている。
周囲から次々と称賛の声が上がった。誰もが、彼を見上げ、称え、その名を誇らしげに口にしていた。
リーヴァはその輪の外側から、ただ人垣越しに、彼の姿を見つめることしかできなかった。
――ラル…
(ラルローディアって名前だったんだね)
リーヴァはまず一番にそう思った。村での彼は、いつも、手を伸ばせば届く距離にいた。粥を運べば「旨い」と笑い、剣を怖がれば、そっと寄り添ってくれた。
だが今は、大勢の人々に囲まれて称賛を浴びる彼は、まるで別の世界の住人のようだった。
ラルローディアが、貴族の一人に何かを話しかけられ、丁寧に応じている。その表情は、村で見せていたものとは、どこか違う、公的な顔だった。
リーヴァは、精一杯、背伸びをして、彼の姿を探した。だが、人波に阻まれ、その顔すら、はっきりとは見えなかった。
自分がここにいることに、彼は全く気づいていない。当然なんだ、これが本当の彼の居場所なんだから。
そう思うと、なぜか胸の奥が、小さく軋んだ。
華やかな式典の喧騒の中で、リーヴァは、ただ一人、静かに立ち尽くしていた。




