交易都市連合リベルタ
交易都市連合リベルタへの道中、風景を楽しみながら順調に進んでいたが、昼過ぎには空が曇り始め、雨が降り出した。最初は小雨だったものが、次第に強くなってくる。遠くの空が、低く鈍い音を立てて唸った。仕方なく俺たちは、途中の森で野宿することに決めた。
大きな木の下にテントを張り、その周りで焚き火を起こした。木の広がった枝が雨をしっかりと遮ってくれたおかげで、焚き火の周りは比較的乾燥しており、心地よい暖かさが広がっていた。パチ、パチ、と薪の爆ぜる音が、雨音に交じって響く。簡単な料理を作りながら、ロイドは雨に濡れた髪を拭きつつ、火を囲んで元気な声を上げた。
「アレンの兄貴、肉が焼けるまでちょっと鍛練してくるぜ!」
ロイドが上裸になり、小さな丘に登っていく。筋骨隆々の背中が、雨に濡れてぬらりと光った。雨の中でブンブンと大剣を振り回し、彼が大剣を振るうたびに、雨粒がキラキラと輝き弾け、まるで雨の中で演武を行っているようだった。
「ロイド、楽しんでるねぇ」
呆れ半分、感心半分でそう呟く。寒くないのかと聞きたくなるが、あの図体なら、多少の雨など気にもならないのだろう。
「某もやってくるといたしましょう。……ロイド、手合わせしようぞ」
五明丸も上裸になって飛び出る。細身に見えて、しなやかな筋肉がついた体躯が、雨の下で妙に様になっていた。
「うおっ、五明丸の兄貴!? ちょっ!」
雨の音に合わせて、剣撃の音が混じる。木剣の代わりなのか、鞘に収めたままの刀と大剣が、乾いた音を立てて打ち合っていた。
俺も焚き火の周りで温まりながら、ケイトが手際よく食事の準備を進めていくのを眺めていた。携帯用の鍋に、干し肉と根菜を放り込み、香辛料を振りかける手つきに、迷いがない。湯気と共に、ふわりと食欲をそそる匂いが漂ってきた。火の中で薪がパチパチと弾ける音が心地よく、雨の音と相まって、まるで自然のシンフォニーを聞いているようだ。
「雨の中でのキャンプも、たまにはいいもんですね、お兄さま」
「そうだねぇ、野宿には慣れてきたと思うけど……雨の日の野宿も乙だよねぇ」
丘の方からは、相変わらず賑やかな打ち合いの音と、ロイドの「おらおら!」という掛け声、それに五明丸の落ち着いた応酬が聞こえてくる。二人とも、全力ではないのだろう。それでも、時折響く衝撃音には、素人目にも分かる重みがあった。
夜が深まるにつれて雨は上がり、雲の切れ間から、星空が顔を出した。焚き火の明かりの下で、俺たちは雑談をしながら、しばしの休息を楽しんだ。
「うむ……良い満月でございますな。明日は交易都市連合リベルタに着きますので、今日はこのまま、のんびり過ごしましょう」
五明丸の言葉通り、俺たちは星空と満月の下で静かな夜を過ごし、心地よい眠りについた。風に揺れる木の葉の音と、焚き火の微かな匂いが、夜の静けさを一層引き立てていた。
翌朝、早めに起床した俺たちは、晴れ渡る空の下、交易都市連合リベルタへの道を歩き始めた。昨夜の雨のおかげか、空気はいつもより澄んで、草木の匂いが濃く香る。途中の風景が次第に変わり、やがて交易都市連合リベルタの景色が視界に広がってきた。
交易都市連合リベルタへと続く街道を進んでいくと、視界の先に巨大な城壁が姿を現した。
王都のように白く整えられた美しい城壁ではない。
石造りの古い壁に、金属製の補強板や増築された塔、用途の分からない魔道具らしき装置までが無秩序に取り付けられている。場所によって使われている石の色や形さえ違っており、まるで異なる時代の建物を継ぎ接ぎして、一つの都市へと仕立て上げたような姿だった。
その城壁の向こうからは、遠く離れていても、人々のざわめきが聞こえてくる。
門をくぐった瞬間、その喧騒はさらに大きくなった。
「いらっしゃい! 今日採れたばかりの新鮮な魚だよ!」
「ドゥルガン産の魔導具なら、うちが一番安い!」
「そこの兄ちゃん! 珍しい魔石があるんだけど、見ていかないか?」
「護衛なら任せろ! 腕利きが揃ってるぞ!」
通りの両側には露店や商店が隙間なく並び、食材、武器、防具、魔道具、装飾品、薬品と、ありとあらゆる商品が所狭しと並べられている。魚の生臭さ、香辛料の刺激的な匂い、鍛冶場から漂う鉄の匂いが、入り混じって鼻を突いた。
しかも、売り手も買い手も人間だけではない。
大きな荷物を軽々と担いで歩く獣人。小柄な身体で店先の商品を熱心に眺めるドワーフ。長い耳を持つエルフが魔道具を手に商人と値段を交渉し、その隣では角を持つ魔族が何食わぬ顔で酒を飲んでいる。
見渡すだけでも、王都では滅多に見かけないような種族が次々と目に入ってくる。
服装も、言葉も、持っている品物もばらばらだ。それなのに、この街ではそれが少しも不自然に感じられなかった。むしろ、違うものが集まっていることこそが、この街の日常なのだろう。
「賑やかですねぇ」
ケイトが、目を輝かせながら周囲を見渡す。見慣れない品を並べた露店を、ちらちらと気にしている様子だった。
大通りには大小様々な看板が並び、その中には商人ギルドや傭兵ギルドの名前だけでなく、見たこともない紋章を掲げた店まである。
通りを一本外れれば、雰囲気はさらに変わった。
表通りほど明るくはなく、建物と建物の間には細い路地が伸びている。昼間だというのに日陰になった路地では、誰かが小声で商談を交わし、別の場所では怪しげな袋を抱えた男が、周囲を気にしながら歩いていた。
そんな光景を、街を歩く人々は特に気にする様子もない。
ここでは、表の商売と裏の商売。合法と非合法。金で買えるものと、金では買えないもの。それらすべてが、同じ街の中で当たり前のように混在している。
街の中心部へ進むにつれて、建物はさらに巨大になっていった。
何階建てなのか分からないほど高い商館や、巨大な市場、各国の旗を掲げた交易所が立ち並び、その間を馬車や荷車がひっきりなしに行き交っている。
空を見上げれば、遠くにはいくつもの塔がそびえ立っていた。
王都の城のような、一つの象徴ではない。
商人ギルドの塔。冒険者ギルドの塔。魔道具を扱う商館。巨大な競売場。そして、どこのものとも知れない古びた塔。それぞれが好き勝手に空へ伸び、街全体を形作っている。
リベルタには、王都のような統一された美しさはない。
だが、そこには世界中から人と物と金と情報が集まり、それらが絶え間なく行き交うことで生まれる、独特の活気があった。
――自由。
この街を一言で表すなら、そんな言葉が似合うのかもしれない。
ただし、それが本当に自由なのか。それとも、金と契約によって成り立った、別の形の秩序なのか。その答えを知る者は、この街のどこかにいるのだろう。
そんなことを考えながら、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。
リベルタのギルドは大きく、立派な建物だった。中に入ると、多くの冒険者たちが忙しそうに動き回っている。依頼票を抱えた職員が足早に行き交い、カウンターの前には既に短い列ができていた。
掲示板で関連ありそうな依頼を探していると、突然背後から、元気な声が聞こえた。
「アレン兄さんとケイト姉さん、それに五明丸兄さんとロイド兄さんですよね!?」




