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犯人の正体は

 俺たちは一旦その場を後にし、朝を迎えてから村長に報告した。


 井戸で発見された白骨死体は、数年前に行方不明になった村長の娘、セレナのものだという。身に付けていた衣類やアクセサリーで判別できたそうだ。致命傷と思われる頭蓋骨の割れた痕、衣類には鋭い爪で引き裂かれた痕があった。セレナを襲ったのは、村で家畜を襲っている魔物の仕業かもしれない。


 村長は、セレナのものと判定された頭蓋骨を抱え、その場にうずくまった。その顔には、深い悲しみと、数年も気づいてやれなかったことへの悔しさが浮かんでいた。


 これ以上、悲劇が起きないように、対策を急がなければならない。


 村長に頼んで、家畜が襲われた現場を教えてもらい、向かった。現場に着くと、腐臭が鼻を突いた。木の柵には、鋭い爪痕が刻まれている。辺りには、恐怖と混乱の痕跡が残されていた。


「これらの跡は、ただの動物のものじゃないな。サイズがおかしいけど、人間の爪みたいな痕跡がある」


 俺は爪痕を見て、眉をひそめた。


「確かに、もしかしたら強い魔物の仕業に違いないな」


 ロイドが、わくわくした様子で同意する。


 俺たちはさらに周囲を調べることにした。地面には散らばった骨の破片や、血の痕も見つかる。それらの痕跡を辿るうちに、森の奥へと続く小道を見つけた。鬱蒼と茂る木々の間からは、薄暗い光が差し込んでいるだけで、まるで何かが待ち伏せしているかのような不気味さがあった。


「この小道を進んでみよう」


 森の奥へと進むと、腐敗したゾンビのようなアンデッドの魔物――グールの姿があった。死臭を漂わせながら、辺りを徘徊している。目に映るその姿は、まさに悪夢そのものだった。腐り落ちた皮膚、曇った目。かなりグロテスクな有様だ。


「コイツが元凶っぽいね」


 俺は拳を握りしめる。


 グールは、アンデッドの魔物として知られる存在で、特に腐敗と死臭が特徴的だ。外見は腐敗した死体そのもので、皮膚は剥がれ落ちている。鋭い爪を持ち、家畜や人間の身体を引き裂くほどの力を持つ。曇った目は、生気が感じられない、死んだような目つきをしていた。


 俺たちは、グールに気づかれないように、茂みの陰から慎重に接近する。


 気配を探る限り、大した強さではない。村の自警団あたりなら手こずるだろうが、騎士が一人いれば十分に片がつく程度の相手――そんな肌感覚があった。だからこそ、巡回の騎士さえ村に来ていれば、ここまで被害が広がることもなかったはずだ。


「お兄さま、どこから攻撃します?」


「まずは遠距離から牽制しようか。俺が引き付けるから、その隙にケイト、お前は後ろから薬品で攻撃してくれ」


 そう指示を出した、その時だった。


「行くぞぉぉ!」


「某が先陣を」


 競い合うように、ロイドと五明丸が同時に飛び出した。


「お、おい、二人とも! せめて作戦くらい聞けって!」


 俺の声も虚しく、二人は既にグールへと肉薄していた。


 先に仕掛けたのは、ロイドだった。大剣を大上段から叩きつける。グールは避ける素振りも見せず、腐った両腕を交差させて受け止めようとするが――骨ごと両腕が砕け散り、そのまま頭まで叩き割られた。異臭を伴う体液が、周囲に飛び散る。


「一匹目、仕留めたぜ!」


 その直後、五明丸の抜刀が走った。横手から現れたもう一体のグールが、何が起きたかも分からぬまま、胴を薙がれて絶命する。一閃。刀身にはほとんど汚れもついていない、綺麗な斬り口だった。


「見事――というには、あまりに呆気ないものでしたな」


 確かに、ここまでは圧倒的だった。


 だが、茂みの奥から、ガサガサという音と共に、さらに数体のグールが姿を現す。一体、二体では済まない。十体近い群れが、死臭を撒き散らしながら、こちらへと迫ってきた。


「――来るぞ!」


 俺は叫びながら、地を蹴った。


 先頭のグールが、腐った爪を振りかざして襲いかかってくる。俺は半身を捌いて躱しながら、その胴へ掌底を叩き込んだ。腐敗した肉体は、人間のそれよりも脆い。鈍い音と共に、グールの体が真っ二つに千切れて吹き飛んだ。


 だが、数が多い。躱した隙間を縫うように、別の個体が横から爪を振るってくる。


「お兄さま、下がってください!」


 ケイトの声と同時に、瓶が宙を舞った。グールの群れの中心で砕け、紫色の煙が立ち上る。酸を含んだ薬液らしい。煙に触れたグールの皮膚が、じゅう、と音を立てて溶けていった。


「うげ、えげつねぇな、ケイトの姉貴」


「褒め言葉として、受け取っておきます」


 ロイドが、怯んだグールの一体に大剣を叩き込みながら、感心したように言う。その横を、五明丸が音もなく駆け抜け、二体のグールを同時に斬り伏せた。抜刀から納刀まで、瞬き一つの間もなかったように見える。


 俺も、負けてはいられないよね。


 左右から同時に迫る二体に対し、体を低く沈めて間合いを潰す。右の肘で一体の顎を撥ね上げ、流れるように左の掌底をもう一体の鳩尾へ。腐肉の潰れる、湿った感触が拳に残った。


 数は多いが、一体一体の力は、さほど脅威ではない。問題は、囲まれないよう立ち回ることだけだ。


「こっちに集まってきてるぞ、気をつけろ!」


 俺の声に合わせ、四人の立ち位置が、自然と背中合わせの陣形に近づいていく。ケイトの薬品が群れを怯ませ、ロイドの大剣が力押しで数を減らし、五明丸の剣技が死角から迫る個体を的確に刈り取る。そして俺は、群れの中心を割るように立ち回り、密集した敵をまとめて崩していった。


 腐臭と、断末魔ともいえない呻き声が、森の中に満ちる。


 どれほど打ち合っただろうか。最後の一体――ひときわ体の大きいグールが、俺の正面に立ち塞がった。他の個体よりも、明らかに膂力が強い。振り下ろされた爪を、俺は紙一重で躱しながら、懐へ飛び込む。


 この程度の相手に、気功を持ち出すまでもないな。


 腰の回転をそのまま伝えた拳を、腹の中心へ叩き込んだ。衝撃がそのまま貫通し、グールの体が、内側から弾けるように崩れ落ちる。


 それを最後に、辺りは静寂に包まれた。


「よし、終わったな」


 俺は深く息をつく。


「お見事です、お兄さま」


「さすが兄貴だな」


「流石にございます」


 三人のそれぞれの反応に、俺は小さく笑って応えた。


 戦闘が終わり、俺は、比較的損傷の少ないグールの死骸を一体担ぎ、パラダマ村へと持ち帰った。見せなければいけない相手がいたからだ。


 夜が訪れると、俺たちは再び村の井戸へと向かった。村長も同行したいというので、一緒に向かう。井戸の周囲には、夜の闇に包まれた、不気味な雰囲気が漂っていた。風が吹き抜け、木々のざわめきが、一層不安を煽る。


 突然、女性の悲鳴が聞こえたかと思えば、井戸の中からバンシーの姿が浮かび上がった。彼女の姿は前回と変わらないが、不安げでありながらも、どこか安堵の表情を浮かべているように見える。


 村長がその姿を見つめ、少し震える声で呟いた。


「セレナ……本当に、セレナなんじゃな」


「………」


 バンシー――セレナは、父である村長の方へ顔を向けるが、何も話さない。


「これが、君の心残りだったんだよね」


 俺はグールの死体を井戸の前に置きながら、セレナに話しかけた。


「………」


 セレナは無表情でグールの死体を見つめていたが、やがてその表情が、少しだけ和らいだように見えた。そしてこちらに振り向くと、一言、そう告げた。


「ありがとう」


 そう語り、彼女の姿がゆっくりと消えていく。消えていく一瞬、彼女の姿はバンシーの姿から生前の姿になって消えたように見えたのは気のせいか。


 井戸の周囲には穏やかな静寂が戻り、夜の闇も、少しだけ安らかになったように感じられる。気づけば、空は少しずつ明るくなってきていた。夜明けだ。


 村長は静かに井戸を見つめながら、心の中で祈りを捧げる。


「セレナ、どうか安らかに」


 しばらく祈りを捧げた後、村長が立ち上がり、俺たちを見た。


「本当に、ありがとうございました」


 村長は俺たち一人一人に深く頭を下げ、感謝の意を示した。


「何年も、村の井戸から夜ごと聞こえてくるあの声に怯えていたんじゃ。夜闇に浮かぶバンシーの姿が、ただ恐ろしくてな……。だけど、まさかバンシーが、ワシの娘だったなんて。バンシーになって、ずっと苦しんでいたのに、気づけなかった。気づいてやれなくて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいじゃ。でも、お前さんらがセレナを救ってくれたおかげで、ようやく娘は解放されたんじゃな。本当にありがとう。あの娘が安らかに眠れるようになったことが、ワシには何よりの救いじゃ。心から、感謝している」


「そんなに感謝されるほどのことはしてないよ。俺たちがしたのは、ただやるべきことをやっただけだからさ」


 村長としばらく話した後、俺たちは村長の家に戻り、少し休むことにした。


 日が高く昇る頃、村長の家で身支度を整え、旅への準備を済ませる。再び俺たち四人は、交易都市連合リベルタへ向けて、歩き出すことにした。


「よし、さぁ、行こうか」


 俺は三人に声をかけ、再び旅路に出発した。村の人々が見送る中、俺たちは歩き始める。村の道を抜け、再びリベルタへと続く道を進んでいく。


「アレンの兄貴、リベルタに行ったら酒と美味い飯、食いに行こうぜ」


 ロイドが言う。


「美味な料理、ですか。リベルタには、様々な食堂や屋台があると聞きます。何か、美味いものが見つかるでしょうな」


「あと、色々な薬品の材料もありそうですね」


 ケイトが、目を輝かせながらそう付け加えた。


 ほんと、賑やかな道中だ。

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