パラダマ村のバンシー
交易都市連合リベルタへの道中、俺たち一行は森で何種類かの獣系の魔物に遭遇したが、揃いも揃って敵ではなかった。あっさりと蹴散らし、何事もなかったかのように歩みを再開する。
「さすがに、俺も合わせて前衛が三人もいると余裕すぎるよなぁ……まあ、楽でいいんだけどさ」
歩きながら、俺はそんな軽口を叩いた。
「確かに暇だよなぁ、アレンの兄貴。んで、ケイトの姉貴ぉ~、まだ目的地に到着しないのかよ~」
「……よく、その態度で騎士団の副団長になれましたね」
呆れた様子のケイトに、五明丸が深々と頭を下げる。
「面目次第もございませぬ。……ロイド、少しは慎め」
「はぁ……。そうですね……このペースだと、あと二日ほどでしょうか。あ、今日はこの先にあるパラダマという村で、泊まることにしましょう」
「二日か。じゃあ、その村で一泊でもしようか」
俺たちは森を抜け、中規模の村――パラダマ村に到着した。
村は静かだった。夕暮れ時の光が、薄暗い木々の間から差し込み、古びた家々の影を長く伸ばしている。人通りは少なく、どこか寂しい雰囲気が漂っていた。
「ふむ、以前来たときは、もっと活気があったような」
五明丸が疑問を口にすると、村の奥から一人の老人が、ゆっくりと歩いてくるのが見えた。老人は俺たちに気づくと、微笑みながら近づいてくる。
「なんだ、ちょっと不気味な感じじゃねぇか」
ロイドが、小声でそう漏らした。
不気味さを感じながらも、俺は村の様子を観察する。老人は俺たちの前まで来ると、深いため息をついて話し始めた。
「ようこそ、パラダマ村へ。寂れてはいますが、歓迎しますぞ」
「おお、村長殿か、お久しぶりだな。王国エリュシオン騎士団、団長の五明丸だ。覚えておるか? 某たちは先ほど森を抜けてきたところでな。ここに一泊させてもらえぬか」
「ああ……騎士団……。こりゃ、ちょうど……。ゴホン。もちろん、どうぞどうぞこちらへ。村には宿屋がないんで、ワシの家でおもてなしをしましょう」
村長に案内され、俺たちは村長の家に到着した。家は外こそ古びていたが、中は不思議と暖かみのある雰囲気が漂っていた。
夕食の準備が整うと、村長は食卓に豊かな料理を並べてくれた。村で栽培された野菜や肉料理が並び、香りが食欲をそそる。
「どうぞ、召し上がれ」
村長の招待に感謝しながら、俺たちは夕食を始めた。
「美味であった。……して、村長殿。この村には、巡回や視察で幾度か騎士団の者が訪れたことがあるが、前回の報告書に書いてある内容よりも、活気が少なく寂しい感じがするな」
五明丸が再び疑問を口にすると、村長は深いため息をついた。
「実は最近、この村では夜な夜な、バンシーという幽霊系の魔物が現れるようになりましてな。村の家畜が次々と殺されておるのです。それに伴い、いつ人が襲われるか分からないという不安が広まり、村の雰囲気が悪くなってしまったのじゃ」
「ほほう、バンシーか……それは厄介ですな。はて、巡回に来る騎士は何をしておるのか」
「実は、バンシーが出る数日前から、来なくなってしまって……」
(おい、五明丸……今、面白いって言おうとしてなかったか? 戦いたいの、滲み出てるぞ)
バンシーが人を襲う、か。俺もその話を聞いて、少し考える。
俺がティムラルトで知っていたバンシーは、自分から人を襲うような魔物ではなかったはずだ。
通常、女性の姿をしており、白髪や長い黒髪を持つことが多く、白い衣装をまとった幽霊系の魔物。バンシーの最も有名な特徴は、悲しげな嘆き声――この叫び声は、近いうちに家族や親しい者が亡くなることを予告するものと言われている。バンシー自身は、直接的に人々に危害を加えることはない。ただ、その出現や叫び声が死の前兆とされるため、非常に恐れられている――そんな魔物だったはずだ。
大方、小心者の村人がバンシーを見て驚いたんだろう。だが、だとすれば、家畜が襲われているのは、一体何故だ。
「バンシーは、必ず最初に村の井戸から出現し、村の中をさまよっておるそうじゃ。今夜もまた、現れるかもしれん」
「それなら、今夜にでも、俺とロイド、五明丸の三人でバンシーを討伐だな」
「本当ですかな? それは助かりますぞ。井戸の近くに古い家がありますので、そこに待機して、出現するのを待つのがよろしいかと」
夕食を終えた俺たちは、村長の指示に従い、井戸の近くにある古びた家へと移動した。
家の中は、長い間使われていない様子で、埃が厚く積もり、空気はひんやりと冷たかった。夜の静寂が、一層の不気味さを加えている。窓から漏れる月明かりが、青白い影を家の中に落としていた。薄暗い室内の家具や壁の隙間からは、時折ひんやりとした風が吹き込み、不気味な音を立てている。
「ここで待っておれ。バンシーが、現れるはずだ」
五明丸が静かに言った。
「お兄さま、バンシーが来る前に、準備を整えておきましょう」
ケイトが、小声でそう告げる。
俺たちは家の中を手分けして調べ、隠れる場所や攻撃の準備を整えた。外はすでに真っ暗で、月の光だけが弱々しく窓から差し込んでいる。
しばらくして、井戸の方向から、微かな声が聞こえてきた。それは確かに女性の嘆き声で、耳を澄ませると、悲しみを含んだメロディーのように響いていた。その声が徐々に大きくなり、夜の静寂の中で、不安を募らせていく。
「来たみたいだな」
俺は緊張感を隠せないまま、窓から外を覗き込んだ。
井戸の辺りに白い影が浮かび上がり、その影が徐々に形を持ち始める。黒い長髪と白い衣装をまとった女性の姿――バンシーだ。その姿は月明かりに照らされ、霧のように儚げだった。
「よし、みんな。行こうか」
俺たちは家を飛び出し、バンシーの方へと向かった。
バンシーは俺たちに気づくと、悲しげな叫び声を上げる。耳をつんざくようなその声に、一瞬足がすくんだが、俺たちは躊躇わずに攻撃態勢に入った。
だが――バンシーの様子が、何かおかしい。
攻撃しようとした瞬間、バンシーの視線が、井戸の方へと向いた。その動きに攻撃の意図はなく、何かを伝えようとしているようだった。その目には、深い悲しみと絶望が宿っている。
「お兄さま、バンシーは何か言いたいことがあるみたいですね」
俺たちは構えを解き、バンシーの動きを観察した。バンシーは何度も井戸の方向を見つめ、再び悲しげな嘆き声を上げる。その声が、夜の静寂に溶け込んでいくように感じられた。
「井戸の中に、何かあるのか」
俺はバンシーの視線に従い、井戸の中を覗き込んだ。
そこで見つけたのは、朽ち果てた人間の骨と、古びた衣服だった。白く晒された骨の周りに、傷んだ布地が散らばっている。井戸の底には、長い間放置された痕跡があった。
「これは……」
その瞬間、バンシーの叫び声が、悲しみから怒りへと変わる。空気が重くなるような感覚があった。バンシーは俺たちに何かを訴えるかのように、強く声を響かせる。そして次の瞬間、霧のように姿を消した。
「お? バンシーが消えたな」
ロイドが、拍子抜けしたように呟く。
「ふむ。井戸で死んだ女子の怒りと悲しみ、後悔などが原因で、この村に現れ続けていたのでございましょう。さて――これで終わりではなさそうですな」
五明丸が、刀の柄に軽く手を添えながら、そう告げた。




